元暗殺者、海の家で異世界人姉妹(アイドルスキル持ち)の護衛やってます

綾乃姫音真

プロローグ。ある日の営業終了後のこと

プロローグ1 元貴族令嬢と、異世界人姉妹

「ありがとうございました」


 丁寧なお辞儀で本日最後のお客さんを見送ったカナリアが店内に戻ってきた。今日は世間的には休日ということもあって、ピークのお昼時以外も常に複数のグループが居たから少しお疲れのご様子だ。


「お疲れ」


「酔っぱらい客の相手をしていたクーヤ様こそお疲れ様でした」


 逆に俺を労ってくれるカナリア。俺たちの中で最年少なのに1番しっかりしている女の子。精神年齢最年長の勇者様がアレなので余計にそう感じてしまう。貴重な常識人だしな。しかしそんな常識人だからこそ彼女の心情が心配になる。


 カナリアのことを考えていたからか、自然と彼女に視線を走らせてしまう。この海の家の制服として指定されているビキニ水着(カナリアの色はネイビー)に白色エプロンという姿。前から見ると文字通りエプロンしか見えないし、後ろから見ると布地はお尻の部分しかない。トップスとエプロンの紐はあるものの、間違ってもカナリアに――伯爵家の次女にさせていい格好じゃないと思うんだ。


 社交場でドレスなんかを着て腕や肩を出すことはあっても、脚を出したがらないのが貴族の女性だ。まして俺みたいな男も一緒に住んでるんだぞ? 一応家ではミニスカメイド服だけど……そっちは更に別の意味でも貴族的にダメだろ……勇者様も精霊たちも面白がって着せているけど……正直、同情してしまう。同時に彼女には折れずに頑張ってほしい。主に俺の精神安定と、愚痴を言い合う仲間として。なにしろ価値観が最も近い……なぜに世間の常識から遠そうな貴族のお嬢様と元暗殺者の俺が1番価値観が近くて、更には他のメンバーから常識人扱いされているのか疑問でしかないんだが……その答えは残りの店員ふたりと、経営者である勇者様が異世界人だからとしか言えない。


「っ」


 俺の視線に気づいて頬を染めエプロンの裾を引っ張って太ももを隠そうとするカナリア。しかしそうすることで彼女の豊満な胸が強調されてしまう結果に。当然カナリアもわかっていて顔色のうち、赤の濃度が増していく。精霊情報ではGカップらしい。単位が全くわからない……理解できている異世界人組は「歳下に負けたーっ!」「羨ましい!」「ネムちゃんたちのメイドだからみんなのおっぱいですネー!」「あの……人の胸を見て騒ぐのやめてほしいのですが」なんて騒いでいたこともあったな……。


 祖先を遡れば王家の血も混ざっているらしいく非常に整った顔立ちと、本人も手入れに気を使っているらしい艶のある金髪。髪型も勇者様や精霊たちにツインテールを強制されているが、それがマシに思えてしまうほどに現状が酷い。そのせいか鑑定スキルを持っている精霊曰く『転落人生』なんて称号が付いているとか。このまま闇落ちせずに頑張ってほしいものだと本気で思ってしまう。まぁ、本人はなんだかんだいまの生活が嫌いじゃないみたいだし、心配する必要ななさそうだけどな。


「ふぅ疲れたぁー」


「りーな肩揉んでくれない?」


 ふたりの異世界人がそんな会話をしながら近くのテーブル席を示す。こちらの反応を待つことなくさっさと座ってしまうふたり。ついカナリアを見ると頷きが返ってきた。それを確認してから俺たちも席につく。ふたりが並んで座り、その対面に俺とカナリアだ。


「姉をなんだと思ってるのよ!」


「便利な家政婦」


「ふざけんな! 未衣奈みいなこそ疲れてるお姉ちゃんにマッサージぐらいする気遣いはないわけ?」


「あるわけないじゃん! 馬鹿なこと言ってないで足揉んで」


 姉の太ももに白いソックスに包まれた足を乗せる妹。ちなみに足元は全員がお揃いのくるぶし丈のスニーカーを支給されている。ソックスは自由だが、みんな白を選んでいる。


「臭いからヤダ」


 払いのける姉。


「適当なこと言わないでくれるかな!?」


 まーた始まった。これでお客さんがいる間の接客は完璧だからな……二重人格なんじゃないかと疑ってしまうほどに裏表が激しい。言い換えれば俺たちには素を見せていることになるわけで――気を許しているとも受け取れる。


「1日中靴を履いてたらそりゃ臭うだろ……今日は比較的暑かったし、いくら精霊製の通気性のいい靴だって蒸れるに決まってる。もちろんふたりともな」


 だからこそ今日は海の家があんなに混んだんだろうけどな。ここは建設中の街――じゃなかった。建設中の村で、まだ娯楽が少ないしな……このトチギ村。元々大陸の南側に位置して1年を通して温暖な海沿いの国ってこともあって海水浴の習慣あるし、そりゃこうなる。


「クーヤ様……それを言ってはダメですよ」


 カナリアが隣で大きなため息を吐く。このお嬢様もいまじゃ平気で人前でため息吐くよな。実家でそんなことしたらお説教間違いないだろうに。つうか貴族のお嬢様に『クーヤ様』とか呼ばれるのいまだに落ち着かねぇ……それでいて本人は呼び捨てにしろって言ってくるし……。新入りだし従うが、違和感がすごい。


「クーヤさん! デリカシーなさすぎ!」「クーヤくん! デリカシーなさすぎ!」


 バッと身を乗り出すようにして怒る姉妹。ちなみに俺の向かい正面に座っているのが姉でその隣が妹だ。俺の呼び方が違うだけで息がピッタシだった。直前まで怒鳴り合って次の瞬間には取っ組み合いが始まりそうな雰囲気だったとは思えないくらいだ。流石、双子だけあって呼吸というか間があってるな。二卵性どころか父親違いらしいから容姿は全然似てないが性格はそっくりだ。性格の遺伝元は母親か?


「カナリアを巻き込まない分別はあるぞ」


「クーヤさん! 未衣奈はどうでもいいけど、私は普通に傷つくからね!?」


 さん付けして呼んでくるのが姉のリィナ。茶髪のポニーテールがトレードマークで目つきがやや悪い美人系。カナリアよりひとつ上の17歳と聞いたが、年齢より若く見えるのは異世界人特有かもしれない。手足がスラッと長く健康的に日焼けしており、無駄な脂肪がない。


「クーヤくんはおっぱいのある女の子に優しいみたいだよ? 莉衣奈りいなお姉ちゃん?」


 くん付けして呼んでくるのが妹のミィナ。この世界では珍しい黒髪をショートにしている。姉が美人系なら、妹は可愛い系と称される顔立ちをしている。姉の胸のサイズを見下していることからわかるように、バストサイズはミィナの方が大きかった。つまり目の前で行われているのは、姉のコンプレックスを躊躇いなく抉る妹の図。って訳だ。


 ちなみに精霊によると、CとDでワンサイズしか変わらないらしい。となるとカナリアのGとやらは何サイズ上なんだ? そう思ってしまう俺は悪くないと思う。


「こういうときだけ『お姉ちゃん』呼びしやがるし……そういうあんたは全体的に脂肪がついてるだけじゃない?」


 姉とは対照的に肉付きが良いことを気にしているミィナの目が鋭くなる。


「は?」


「あ?」


 再度睨み合う姉妹。当然ながら姉妹も店員の制服という名の、ビキニにエプロン姿だ。姉のリィナが水色で、妹のミィナがピンク。ただカナリアと違いボトムスにショートパンツを重ね穿きすることを許されている。その格差がお嬢様の羞恥を見事に煽っていたりするんだよなぁ……俺の雇い主ながら勇者様の性格の悪さが窺える。まぁ姉妹が勇者様に取って気に食わないことをするとあっさり剥ぎ取られるんだけどな。つい昨日も実行されてたりする。それも連帯責任で姉妹揃って。顔を合わせれば喧嘩するような姉妹に連帯責任って最悪の組み合わせを面白がりながら導入する勇者様よ……。


 ちなみに。男視点だと――ミィナの水着に包まれたお尻のボリューム感はつい目で追ってしまうし――小柄なのに誰よりも大きくエプロンを突き上げる膨らみを持つカナリアは目の保養になるし――全体のバランスで言ったらふたりにも決して負けてないリィナはいくらでも見ていられる。


 任務に失敗して勇者の下僕になったときはどうなるかと思ったが、案外楽しんでいる俺が居た。ああいう恥ずかしい格好とかを強制されるどころか俺は好きにしていいと言われてるし、気楽なもんだ。


「俺は誰にでも優しいつもりなんだけどなー」


 わざとらしく言ってみた。


「優しいのは認めるけど、けど!」


「優しいなら音結ねむ先輩が暴走したときに助けてくれてもいいよね!?」


「女の子同士のスキンシップに割り込むわけにいかないだろ?」


「あれのどこがスキンシップなの!?」


「どこからどう見てもただのセクハラじゃん!!」


 この姉妹はいくらイジればイジるほど負けじと言い返してくるから正直楽しい。なんだかあいつを思い出す……そっか、俺が殺してなければリィナたちと同い歳だっけな……。


 ちっ……楽しい時間が増えれば増えるほど、あいつともこんな時間を過ごしたかったって後悔が溢れてくる……もう少し勇者様と出会えていたら――そう思ってしまう。それだけが欠点だな。

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