第51話 選別──魂の境界
──王都崩落。
地上に穿たれた巨大な洞は、底知れぬ闇へと続いていた。そこは王都の真下に築かれた“冥府反転層”。
生者と死者、魂と虚無の境を侵す黒い脈動が、地中から世界へと滲み出し始めていた。
王国軍の抵抗はほぼ壊滅。
最奥へ続く昇降路を焼け焦げたまなざしで見下ろしながら、蓮は右腕に絡む黒い紋章を押さえ込んだ。
──遅い。
脈は、彼自身の鼓動を上回る速さで脳髄を侵す。
無数の声が囁く。
『喰エ。喰ラエ。喰ライ尽クセ。』
蓮は頭を振る。
意識が、薄い。
背後で足音。
ミリアが血に濡れた杖を抱え、蓮の影に寄り添う。
「……だめ、もっと深く侵食されてる。蓮、このままじゃ──」
蓮は笑った。
「わかってるさ。今さら止まれねぇ」
闇の脈動が腕から肩、胸へ。
生者の色が、ひとつずつ奪われていく。
──彼はもう、人ではない。
◇
最奥。
王国の核──魂炉(ソウル・クルーシブル)。
冥府の裂け目から溢れる死者の力を、国家のために循環・精製する巨大装置。
その中心に立つ男──
黒髪の青年、ルシアン。
笑う。
「来たね、蓮。いや……冥王の胚(はい)」
ミリアが震えた。
「……胚?」
ルシアンは軽く杖を振り、魂炉に浮かぶ無数の“子供の魂”を示す。
そのひとつひとつが、黒く、歪んだまま蠢いている。
「ミリア。君は“鍵”だ。
冥府を開き、王国を喰わせるために生まれた娘。
蓮はその“器”。
王国は、最初から冥王の到来を望んでいたのさ」
ミリアの表情が凍る。
「私が……開いた……?」
「そう。君の祈りが、魂を呼び、冥王を育てた。
ほら──見てごらん」
振り返る。
蓮の腕が裂け、黒い翼めいたものが生え始めていた。
骨がねじ切れ、灰が舞う。
『ミリア……ミリア……どこだ。
おまえの魂……味を……覚えた……』
「ダメッ! 蓮──!」
ミリアが駆け寄る。
しかし、その足をルシアンが杖の一振りで止める。
魂炉が吼えた。
「さあ、選べ──ミリア。
蓮を救うか、世界を救うか」
嘲り。
それは、あまりにも残酷な選択。
◇
蓮は目を開く。
焦点は歪み、視界は黒に染まる。
身体の奥。
膨張する“冥王の魂”。
理性は細い糸ひとつ。
『喰エ……全テヲ……喰ラエ……』
蓮は歯を食いしばる。
「ミリア……俺は……」
血の涙が頬を流れる。
「──世界なんてどうでもいい。
おまえを、守りたかった」
次の瞬間、背から黒い羽が咲いた。
天井を突き破る勢いで広がる。
魂圧で空間が砕ける。
冥王胎動・蓮 vs ルシアン(魂炉制御)
ルシアンが魂炉と同調し、無数の死者の亡霊を放つ。
蓮は咆哮し、影を振るう。
触れた亡霊が次々と霧散し、魂の残滓が蓮の体へ吸収される。
『喰ラウ。喰ラウ。喰ラウ──ッ!』
蓮は加速。
影の剣を形成し、ルシアンへ切りかかる。
金属ではなく、魂と魂が衝突する音。
魂炉が悲鳴を上げる。
ルシアンは笑い続ける。
「いいぞ──もっと、堕ちろ!」
ミリアが震えながら叫ぶ。
「蓮!! 戻って──!」
◇
その声だけが、
蓮の“最後”の理性を繋ぎ止めていた。
『……ミリア』
影が霧散。
蓮は膝をつき、胸を押さえる。
──が。
「遅いよ、ミリア」
ルシアンの掌が蓮の胸を貫いた。
魂を抉り取る光。
蓮の目が見開かれる。
『ァ──ァァァァァ!!』
黒い魂が噴出し、天へ。
影が王都全域を覆っていく。
◇
ルシアンは囁く。
「ミリア。君が選ぶのは──
蓮の魂を、刺し貫き解放するか。
あるいは、蓮と共に冥王として世界を喰らうか」
杖がミリアの足元に転がる。
選べ、と。
迫る。
ミリアは震える指で杖を拾った。
涙は、止まらない。
「……蓮」
蓮はもう、かろうじて人の形を保つだけ。
その目は、涙の記憶を探している。
「……おれは……
おまえが、笑っていれば……
それだけ、で……」
ミリアは嗚咽した。
「ごめん……
こんな世界で……
あなたを好きになって……」
杖を──
彼の胸へ向ける。
「──大好きだった」
光が、世界を裂いた。
◇
世界、崩落
冥王、顕現
王国──滅
──物語は、次の“世界”へ。
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