第42話 魂鎖──三人の誓い

黒い玉座が叫んでいた。

血肉を求める獣のように、空間そのものを噛み千切る咆哮。


ドクン──ドクン──

音は次第に速く、荒くなる。

まるで冥王そのものが再誕を望んでいるかのように。


蓮はミリアとリリアの手を固く握りしめた。

三人の魂が、ゆっくりと重なり合う。


「いくぞ……絶対に離れるな」


ミリアが震えながらも頷く。

リリアは小さな手に決意を宿した。


刹那──

王座から黒霧が溢れ、姿を成した。


冥王の残滓。

それはもはや生者でも死者でもない、

ただ世界に怨嗟を撒き散らす影。


一度見た本体とは異なる。

瘴気は濃く、形は不安定。

無数の顔が浮かんでは消えていく。


「……邪魔を、するなァアア」


言葉なのか、呻きなのか。

ただ、圧は確かに“殺意”を孕んでいた。


蓮は一歩前へ出る。

剣に魂が共鳴し、銀光が奔る。


「来い──相手になる」


黒影が瞬時に迫った。

地を滑るような動きではない。

空間そのものが歪んだ。


蓮は反射で剣を構える。

そのまま一閃──!


火花と黒霧が弾ける。

刹那の均衡。

だが、冥王の残滓は物理を超えた速さで

蓮の死角に回り込む。


視界が追いつかない。


「っ……!!」


腕をかすめ、黒炎が肉と魂を焼く。

蓮は歯を食いしばりながら、その勢いを利用し地を蹴った。


空気が裂ける。

黒影の腕が、刃となって振り抜かれる。


蓮は剣で弾き返し、叫ぶ。


「ミリア、結界!」


光が走る。

ミリアが両手を重ね、祈りを紡ぐ。

澄み渡る蒼光が、蓮の周囲を包んだ。


「護る、絶対に……!」


冥王の残滓が咆哮し、

黒炎を叩きつける。


結界は軋む。

砕ける寸前──

リリアが闇を重ねた。


影が結界を補強し、

歪む力を吸収する。


「こわくない……!

 みんなと、いるから……!」


蓮が飛び込む。

銀光と黒影が絡み合い、

火花と霧が弾けた。


冥王の腕を斬り落とす──

が、すぐに再生する。


「やっぱ……再生かよ!」


まともに相手すればキリがない。

だが、蓮の目はすでに王座へ向いていた。


「王座を封じる……それが勝ち筋だ!」


ミリアが頷き、リリアが影を伸ばす。

三人の魂がひとつへ収束していく。


冥王の残滓が膨張し、形を変えた。

巨大な獣のようなシルエット。

背から無数の腕が伸びている。


全てが殺しに来る。

ただの力。

ただの破壊。


ミリアが詠唱を始める。

リリアの影がミリアを包む。


蓮は跳ぶ。

獣の顎が開く。

中は虚無。

触れれば、魂ごと消える。


蓮は剣を逆手に持ち替え、

顎の内側へ突き刺した。


「おらあああああッ!!」


爆ぜる銀光。

獣が悲鳴を上げ、のたうつ。


蓮は一瞬で体勢を整え、

腕を振り抜く。


「砕けろォッ!!」


顎が割れる。

黒霧が噴出し、残滓が縮む。


今だ。

ミリアの詠唱が完成に近い。


淡い光翼が背に浮かぶ。

その姿は女神にも似て──

だが、違う。


「わたしは……誰かの力じゃない。

 わたし自身の意思で、ここに立つ……!」


光が燦然と走る。

魂が震える。


リリアも続く。


「なら、わたしも……!

 ミリアを守るために……!」


影が燃えた。

漆黒が紫へと変わり、

魂が開く。


リリアの奥義──

《影魂顕現(エクリプス・リリス)》

小さな身体からは想像もできないほど、

濃密な闇が空間を埋め尽くす。


冥王の残滓が動きを止めた。


「……な、に……?」


影が絡み、引きずり、

形を封じる。


蓮が走る。

剣を構え、魂を燃やす。


「終わらせる──

 三人で!」


ミリアの光が王座へ注ぎ込まれる。

リリアが影で縫い止める。


蓮は魂を解き放つ。

銀光が黒炎を焼き払う。


王座がうめき、

冥王の残滓が悶える。


「……やあああああああッ!!」


ミリアの叫びと共に、

光が爆ぜた。


王座が割れる。

冥王の残滓が悲鳴を上げ、

形を失っていく。


蓮が刃を突き立て、

最後の光を叩き込む。


魂と魂がひとつに結ばれる。


──魂鎖(たましいくさり)

それはただの封印ではない。

三人の魂が互いを縛り、

守り合う誓い。


黒い玉座は光の中へ沈み、

冥王の残滓は消え──


静寂が訪れた。


ミリアが崩れ落ち、

リリアが涙を浮かべながら支える。


蓮は剣を地に突き立て、

荒い息を吐く。


「……終わった、のか……」


ルガが近づき、

静かに頷く。


「いや……

 これは“始まり”だ」


蓮は顔を上げた。

そして──気づいた。


自分の魂が、少し黒く染まっている。


冥王の力。

王座の残滓。

それが、蓮の中に流れ込んでいる。


ミリアが弱々しく手を伸ばし、

蓮の頬に触れた。


「……大丈夫……?

 蓮……」


蓮はその手を、そっと握る。


「……大丈夫だ。

 俺は……俺だ」


けれど、その瞳の奥で

別の何かが微かに笑った。


──選んだのは、守る道。

だがその代償は

すでに蓮の魂を侵し始めていた。


闇と光が混じり合い、

新たな力が芽生える。


蓮は立ち上がる。

ミリアとリリアの手を取り、

前を見据える。


「行こう。

 まだ終わっちゃいない」


三人は、静かに歩き出した。


闇を抱えたまま──

それでも、共に。

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