第40話 冥王の間──魂喰らう玉座
黒い扉が軋みを上げ、ゆっくりと開いていく。
まるで、深い穴の底へ誘われるかのように。
蓮、ミリア、リリア、そして黒獣王ルガは
慎重に、その奥へと足を踏み入れた。
息を吸うと、肌を刺すような冷気が肺に沈む。
重苦しく、どこか湿った──
“死”の匂い。
しかし不思議と、恐怖だけではない。
懐かしさに似た感覚が──蓮の魂を揺らす。
ミリアが震えながら口を開く。
「……ここ……
わたし、ここで……
たくさんの“声”を聞いたの……」
リリアが小さく頷く。
怯えているが、それ以上に、何かを感じている。
「……呼ばれてる」
広間にたどり着いた瞬間、
蓮たちの視界は暗闇に飲み込まれた。
だが次の瞬間──
黒の炎が柱のように灯り、
四方に広がる。
その中央。
──玉座。
黒曜石のごとき素材で組まれたそれは、
かつて王が座していた気配を残している。
いや──今なお“居る”。
玉座の上、
濃黒の煙が溜まり、形をつくる。
それは人の形をしながら、
明らかに人ではなかった。
王冠を戴き、
深い闇を纏う影。
冥王。
『よく来たな、来訪者よ──魂の継承者』
蓮の心臓が高鳴る。
言葉ではなく、魂へ直接響く声。
ミリアが息を呑む。
「……冥王……」
冥王は蓮を見下ろし、薄く笑む。
『まずは礼を言おう。
器を逃がし、ここまで導いたことを』
蓮
「……器なんかじゃない。
ミリアも、リリアも、“人”だ!」
冥王
『人、か。
滑稽な言葉だ。』
王が指を鳴らすと──
黒い霧が膨らみ、
巨大な魔獣の影が彼らを囲む。
牙を持ち、四肢が異形に捻じれた黒獣たち。
ミリアは震えた。
リリアの腕を強く握る。
蓮は一歩前へ出る。
「この子たちを……利用したのは、お前か」
冥王
『利用?
創ったのだ。
冥府の王を再びこの世へ顕現させるため』
蓮
「……ミリアとリリアを……!」
冥王は淡々と語る。
『二人は冥府の核──“王魂”の器。
我が魂の欠片を宿し、生まれた存在。
本来ならば、片方は喰われ、片方は王となる』
ミリア
「……わたしが……
リリアを喰う……?」
リリア
「おねえ、ちゃん……?」
ミリアは泣きそうに首を振る。
蓮
「ふざけるな……!
そんな未来、認めない!」
冥王は冷笑を漏らす。
『選べ、継承者よ』
“愛する者を殺し、王となるか”
“拒み、己と共に朽ちるか”
蓮
「どっちも選ばない」
冥王
『では力づくで決めよう──』
広間が歪み、黒き闘域が展開される。
次の瞬間、冥王の影が消え──
蓮の背後へ。
「ッ──!」
振り返ると同時、
暗黒の刃が振り下ろされる。
ルガが飛び込んで受け止める。
『吠えろ、雑種が』
ルガ
「──がァッ!!」
刃がルガの黒炎を切り裂く。
蓮
「ルガ!」
ミリアが光を放ち、
ルガの傷を癒そうと手を伸ばす。
だが冥王の視線がミリアに向く。
『器よ──戻れ』
その一言で、ミリアの身体が震え、
魂が引きずり出されるような苦痛が走る。
ミリア
「ぁ──ッ……!」
蓮
「ミリアを──離せ!!」
蓮は召喚陣を展開し、
全ての魂力を流し込む。
『召喚──解放!』
黒炎が爆ぜ、
ルガが更なる形態へ変貌する。
“黒獣王──第二形態”
骨格が伸び、
黒炎が翼のように広がる。
『
冥王へ向けて黒炎が奔り、
影と衝突する。
冥王の腕が焦げる。
だが、すぐに再生。
『良い……
その魂、やはり素晴らしい』
冥王が蓮を指さす。
『王魂は、彼と混ざり始めている』
ミリアが叫ぶ。
「蓮を……取らないで……!」
リリアも泣き叫ぶ。
蓮
「俺は──俺だ!!
誰の器にもならない!!」
蓮の胸が焼け、
魂が弾ける。
召喚陣の紋様が、
これまでにないほど輝きを放ち──
蓮の影から、さらに別の存在が姿を現した。
──黒炎の大剣。
それは形を変え、蓮の腕へ溶け込む。
『第二解放──
黒炎の剣が顕現し、
蓮は握りしめる。
『面白い……!
王器を超え、剣と化したか!』
蓮は一気に駆け出す。
ルガの影を踏み台に跳躍し──
冥王へ斬りかかる。
黒刃と黒炎が衝突し、
轟音が広間を揺らす。
『人の身で、王に届くか!』
「届かせるッ!」
刃が冥王の腕を裂く。
黒い血が飛び散り──
冥王の影が揺れる。
『……っ、これは……“拒絶”の力』
「俺は、誰の運命も──
望まなきゃ背負わせない……!」
冥王は押し返しながら問う。
『何故だ。
ミリアもリリアも、王となり得る』
「そんなの……
望んで生まれたわけじゃないだろ!」
『生まれとは、そういうものだ』
「違う。
選ぶんだよ──“自分で”」
冥王は無言。
一瞬、眸に揺らぎが走る。
だがすぐ、
影が濃くなる。
『ならば証明しろ──
運命を壊す力があると』
「上等だ!!」
ミリアが手を伸ばす。
リリアも、その手に重ねる。
「蓮……」
「……たすけて」
その瞬間、
蓮の黒炎が淡い銀光を帯びた。
魂が三つ、重なり合う。
『王魂が……揺らぐ?』
「これは──
俺と、ミリアと、リリアの……“絆”だ!」
黒炎が銀光へと変質し──
蓮の大剣がさらなる形態へ変わる。
《魂装・銀冥刀》
『まさか──
三魂融合だと……?』
「いくぞッ!!」
剣が冥王を斬り裂き、
王の闇を削る。
冥王の身体が崩れ、
闇が吹き散る。
◆◆ 決着──しかし
冥王は片膝をつき、
静かに笑った。
『認めよう……
“冥府の王”は、
もう私ではない』
蓮は構えを解かない。
『だが──
魂喰らいの“芯”は、王座には残ったままだ』
黒い玉座が脈動する。
『冥府はまだ、継承者を求める』
ミリアとリリアの身体が光に包まれ、
魂が揺らぎ始める。
「また……わたしたちを……!」
『救いたくば、王座を壊せ──
その時、冥府は滅び、
失われた魂は還る』
「王座を……壊す……?」
『選べ──蓮』
『冥府を滅ぼし、
魂を解き放つか』
『冥府を継ぎ、
魂を救い続けるか』
蓮は言葉を失った。
どちらの道も──
代償を伴う。
『選べ──継承者』
闇が揺れ、
冥王が消失していく。
残されたのは、
脈動する黒き玉座。
そして──
震えるミリアとリリア。
冥府の運命は、
蓮の“選択”に委ねられた。
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