第37話 魂断ちの刃──王城決戦
仮面の男は、一歩も踏み込まぬまま、ただ静かに黒剣を下げていた。
だが――その剣先が向いただけで、空気が裂ける。
魂が震える。
視界が歪む。
仮面の奥から発せられる“気配”は、冥府の奥底に棲まう獣の咆哮のようだった。
「来い」
その一言と同時――
ユウトは地を蹴った。
クロが影から疾駆し、黒獣の牙を剥く。
疾風の如し――!
「――ギィルルルァ!!」
黒く圧縮された魂牙が、仮面の男へ襲いかかる。
だが。
「遅い」
黒剣が、ほとんど動かぬ。
ただ、小さく払われただけだった。
瞬間――。
クロの巨体が、宙へ舞う。
魂が裂ける音。
クロは壁に叩きつけられ、獣の影が噴き散る。
「クロ!!」
ユウトが叫ぶよりも早く、男の影が伸びる。
魂を引き裂くような冷気が迫る。
ユウトは魂剣を展開。
術式を重ね、黒刃へと叩き込む。
――衝突。
刹那、光が迸り、回廊が砕ける。
「ほう。冥府の力を扱うか」
仮面の男が、初めて興味を示した口調になる。
「誰だ……お前は」
「名など不要。
だが――そうだな。
かつては、王国騎士団第一隊――」
黒剣が、魂を震わせるほどの気配を放つ。
「“オルヴァ”と呼ばれていた」
「……王国、騎士……!?」
「今は冥府の従僕。
王の望みを叶える影だ」
ミリアが息を飲む。
ユウトはすぐに理解した。
こいつはただの敵ではない。
王国と冥府――両者に繋がる“鍵”だ。
「魂返しの少女を渡せ。
王は、その魂を必要としている」
「断る!!!」
ユウトが駆ける。
地を裂き、魂を燃やし、黒刃を振るう。
オルヴァの姿が消える。
――背後。
ユウトは反射的に振り返り、剣を合わせた。
――刹那の火花。
「悪くない」
低く呟き、オルヴァが剣圧をさらに上げる。
魂が押し潰される。
息ができない。
ただ交差した刃から伝わる圧だけで、膝が沈む。
「まだ足りぬ」
その時――
数十の黒槍が周囲に展開される。
「――ッ!!」
ユウトはミリアへ叫ぶ。
「伏せろ!!」
黒槍が一斉に射出。
空間すら悲鳴をあげる速度。
ユウトは〈魂壁〉を展開し、身を盾にして受け止め――
――貫かれた。
全身を黒が裂き、血が舞う。
「ユウト!!」
ミリアが駆け寄ろうとするが――
黒い鎖が足を絡め取り、引き止める。
「動くな。
傷が深くなる」
オルヴァが静かに歩み寄る。
殺意ではない。
ただ、任務を遂行するためだけの冷たい歩。
「やめろ……ミリアに、触るな……!」
ユウトは立ち上がろうとするが、脚が震える。
魂が砕けそうだった。
「諦めろ。
魂返しは、冥府に属す。
冥府の門が開かれた時点で――
この世界における“存在”は保証されない」
「……存在……?」
ミリアの瞳が揺れる。
「いずれ、お前はこの世から“消える”。
魂が形を保てぬのだ。
冥府の法に従うなら、今すぐ眠るのが最善だ」
優しい声だった。
だが、残酷だった。
ミリアの肩が震え――
その瞳が、決意の色で満ちる。
「……イヤ」
小さく、しかし確かな声。
「私は……消えない」
鎖を握り――引き千切った。
「……!」
暗い回廊が震えた。
ミリアの翼が、ほの青く輝き――
魂光が、弾けた。
「――ァァァァァ!!」
封じられていた魂が解き放たれ、周囲に光が散る。
身体が浮き上がる。
髪が、淡い蒼へと染まる。
瞳は冥府と同じ深き蒼。
ミリアの唇が静かに動く。
祈り。
それはまだ不完全な言葉。
だが確かに――冥府に届く響き。
「――返して」
囚われた精霊族の少女。
魂涙の壁が砕け、囚人の魂が救われる。
オルヴァが剣を構え直す。
「その力……
まさか――“冥王の血”」
驚愕。
仮面の奥の目が、わずかに揺れる。
ユウトは血を拭い、笑った。
「……立つぞ、クロ」
瓦礫の影から、黒獣が起き上がる。
魂を舐め、傷を塞ぎ、再び牙を剥く。
「行くぞ……ミリア」
ミリアは頷いた。
「一緒に、帰るために――」
ユウトの剣が、蒼く染まる。
ミリアの魂と共鳴する。
オルヴァは静かに黒剣を掲げた。
「証明しろ。
その魂に――価値があると!」
――閃光。
三者が、ぶつかった。
◆
戦いは熾烈を極めた。
魂が、刃が、祈りが、交錯する。
最終――
ミリアの蒼光が、ユウトの刃を包む。
蒼黒の斬撃が、冥府の剣を打ち破り――
仮面が割れる。
露わになった顔――
若い騎士のものだった。
傷だらけの、悲しい瞳。
「……ようやく……会えたな」
「……え?」
ミリアが息を飲む。
その声に――
オルヴァは、微笑んだ。
「ミリア……
俺は……お前の……」
その言葉は最後まで届かなかった。
胸から溢れた黒が、彼を飲み込む。
冥府の呪い。
ユウトは手を伸ばす。
だが、間に合わない。
「――ありがとう」
そう言って、彼は霧となり、消えた。
残されたのは――
割れた仮面と、黒剣の欠片。
ミリアは泣き崩れた。
ユウトは、その肩を抱き寄せる。
「行こう」
その一言で、ミリアは顔を上げた。
涙は止まらない。
それでも、立ち上がる。
ユウトとミリア、そしてクロは――
崩れ始めた王城回廊を、駆けた。
冥府の囁きが背を押す。
魂の灯が導く。
出口へ――。
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