第35話 王国へ──沈黙する城下
風が静かだった。
あの激闘の余韻を引きずったまま、
レン、リヴィア、ルガロスの三人は
王国へ向けて歩みを進めていた。
森を抜け、緩やかな丘を越えると──
遠くに城壁が見える。
巨大な塔、白銀の石壁、
かつてレンが“追放”された場所。
胸の奥が、重く疼いた。
(戻ることになるなんてな……)
だが、もう迷いはない。
冥府で見た魂、
帰らなかった者たちの声。
あの痛みを無駄にはできない。
リヴィアが腕を抑え、
少し不安げに呟く。
「……ねぇ、レン。
あの人──レオは大丈夫かな?」
「命に別状はないよ。
でも……彼の魂は、もう傷だらけだ」
「そう、だよね……」
リヴィアは瞳を伏せる。
彼女は“魂の痛み”を知っている。
だからこそ、レオの苦しみも
ひどく鮮明に伝わるのだろう。
ルガロスが低く言った。
「王国は、魂を喰って生き永らえている。
その仕組みがある限り……
苦しむ者は増え続ける」
「だったら、壊すしかない」
レンの声は静かだけど、鋼のように固かった。
◆
城下町の門が見えてくる。
だが──
その景色は、レンの記憶とはまるで違っていた。
通りは静まり返り、
行き交う人の姿がほとんどない。
家々は閉じられ、
窓辺からは怯える瞳が覗く。
(まるで……何かを恐れているみたいだ)
「おかしいな……」
リヴィアが小声で呟く。
「いつもならもっと……
人がいて、笑ってる場所なのに」
「気をつけろ。
何かが、始まっている」
ルガロスが警戒する。
レンは歩きながら周囲を見渡した。
落ちたままの荷車。
放置された露店。
割れた陶器。
どれも“不意に捨てられた”痕跡。
まるで──
この街に突然、
恐るべきことが起こったかのよう。
レンはひとつの家の前で足を止めた。
扉がわずかに開いている。
「……誰かいますか?」
ノックすると、
中から怯えた声。
「……去れ……
王国の者なら、入らないでくれ……!」
「違う! 俺は──」
言い切る前に、
その一家の声はかすれた。
「……魂を……奪われたく……ない……」
その言葉に、
レンたちは顔を見合わせた。
「魂を……奪われたくない?」
「やはり……始まっているな」
ルガロスが低く唸る。
「何が起きてるの?」
リヴィアが震える声で問う。
「<魂徴収(ソウル・コレクト)>だ」
レンの脳裏に、
冥王の声がよぎる。
“王国は魂を喰らい、
それを力へ変えている”
今、王国は──
それを公然とやり始めたのだ。
◆
その時、
静寂を切り裂く悲鳴。
「きゃああああッ!!」
三人は一斉に声の方へ駆けた。
路地裏。
倒れた女性。
その上に立つ黒装束の男。
仮面。
そして──
魂を吸う禍々しい器。
(あれは……!)
冥府の底で見た、
魂喰らいの道具。
「やめろ!!」
レンが飛び込む。
黒刃が閃き、
男の腕が弾かれた。
男は低く唸り、
後退する。
リヴィアが倒れた女性を抱き起こす。
「大丈夫……?!」
女性はかすれた声で呟く。
「……たす……け……て……
娘を……さらわれて……
王城へ……」
レンは息をのむ。
王城。
魂徴収。
さらわれた娘。
それは──
ひとつの答えに繋がっていく。
「レン!」
リヴィアが叫ぶ。
黒装束の男が、
禍々しい器を掲げる。
その瞬間、
黒い霧が噴き出し、
影が形を成す。
影獣(シャドウビースト)
「チッ、冥府の残滓か!」
ルガロスが前へと躍る。
影獣が咆哮し、
路地全体を飲み込む黒が揺れた。
◆
レンは黒刃を構え、
男に斬りかかる。
火花を散らし、
魂の衝突が起こる。
男は無言。
その瞳は空洞。
人間の理性を感じない。
(こいつ……
まるで魂を抜かれたみたいだ)
つまり──
人形。
王国が作った、
“魂だけを動力にした器”。
◆
「リヴィア、援護!」
「うん!」
リヴィアの青い炎が、
影獣を包む。
その瞬間、
レンが黒刃を薙いだ。
【魂喰い──断】
影獣が裂け、
黒霧が霧散する。
男は一瞬動きを止め──
崩れ落ちた。
魂は……
もう、残っていなかった。
◆
レンは女性の手を握る。
「娘さんは、必ず助ける。
だから……信じてくれ」
女性の瞳から涙があふれた。
「お願い……
あの子を……
どうか……」
力尽きるように眠る女性を、
リヴィアがそっと抱きとめる。
◆
レンは静かに立ち上がる。
「――行こう。
王城だ」
ルガロスとリヴィアが頷く。
魂を守るため。
奪われたものを取り戻すため。
そして……
帰らざる者たちの願いに応えるため。
すべての答えは、
王城にある。
三人は歩き出す。
沈黙の街を抜け──
魂を喰らう王のもとへ。
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