第35話 王国へ──沈黙する城下

風が静かだった。


あの激闘の余韻を引きずったまま、

レン、リヴィア、ルガロスの三人は

王国へ向けて歩みを進めていた。


森を抜け、緩やかな丘を越えると──

遠くに城壁が見える。


巨大な塔、白銀の石壁、

かつてレンが“追放”された場所。


胸の奥が、重く疼いた。


(戻ることになるなんてな……)


だが、もう迷いはない。

冥府で見た魂、

帰らなかった者たちの声。


あの痛みを無駄にはできない。


リヴィアが腕を抑え、

少し不安げに呟く。


「……ねぇ、レン。

 あの人──レオは大丈夫かな?」


「命に別状はないよ。

 でも……彼の魂は、もう傷だらけだ」


「そう、だよね……」


リヴィアは瞳を伏せる。


彼女は“魂の痛み”を知っている。

だからこそ、レオの苦しみも

ひどく鮮明に伝わるのだろう。


ルガロスが低く言った。


「王国は、魂を喰って生き永らえている。

 その仕組みがある限り……

 苦しむ者は増え続ける」


「だったら、壊すしかない」


レンの声は静かだけど、鋼のように固かった。



城下町の門が見えてくる。


だが──

その景色は、レンの記憶とはまるで違っていた。


通りは静まり返り、

行き交う人の姿がほとんどない。


家々は閉じられ、

窓辺からは怯える瞳が覗く。


(まるで……何かを恐れているみたいだ)


「おかしいな……」


リヴィアが小声で呟く。


「いつもならもっと……

 人がいて、笑ってる場所なのに」


「気をつけろ。

 何かが、始まっている」


ルガロスが警戒する。


レンは歩きながら周囲を見渡した。


落ちたままの荷車。

放置された露店。

割れた陶器。


どれも“不意に捨てられた”痕跡。


まるで──

この街に突然、

恐るべきことが起こったかのよう。


レンはひとつの家の前で足を止めた。

扉がわずかに開いている。


「……誰かいますか?」


ノックすると、

中から怯えた声。


「……去れ……

 王国の者なら、入らないでくれ……!」


「違う! 俺は──」


言い切る前に、

その一家の声はかすれた。


「……魂を……奪われたく……ない……」


その言葉に、

レンたちは顔を見合わせた。


「魂を……奪われたくない?」


「やはり……始まっているな」


ルガロスが低く唸る。


「何が起きてるの?」


リヴィアが震える声で問う。


「<魂徴収(ソウル・コレクト)>だ」


レンの脳裏に、

冥王の声がよぎる。


“王国は魂を喰らい、

それを力へ変えている”


今、王国は──

それを公然とやり始めたのだ。



その時、

静寂を切り裂く悲鳴。


「きゃああああッ!!」


三人は一斉に声の方へ駆けた。


路地裏。

倒れた女性。

その上に立つ黒装束の男。


仮面。

そして──

魂を吸う禍々しい器。


(あれは……!)


冥府の底で見た、

魂喰らいの道具。


「やめろ!!」


レンが飛び込む。

黒刃が閃き、

男の腕が弾かれた。


男は低く唸り、

後退する。


リヴィアが倒れた女性を抱き起こす。


「大丈夫……?!」


女性はかすれた声で呟く。


「……たす……け……て……

 娘を……さらわれて……

 王城へ……」


レンは息をのむ。


王城。

魂徴収。

さらわれた娘。


それは──

ひとつの答えに繋がっていく。


「レン!」


リヴィアが叫ぶ。


黒装束の男が、

禍々しい器を掲げる。


その瞬間、

黒い霧が噴き出し、

影が形を成す。


影獣(シャドウビースト)


「チッ、冥府の残滓か!」


ルガロスが前へと躍る。


影獣が咆哮し、

路地全体を飲み込む黒が揺れた。



レンは黒刃を構え、

男に斬りかかる。


火花を散らし、

魂の衝突が起こる。


男は無言。

その瞳は空洞。

人間の理性を感じない。


(こいつ……

 まるで魂を抜かれたみたいだ)


つまり──

人形。


王国が作った、

“魂だけを動力にした器”。



「リヴィア、援護!」


「うん!」


リヴィアの青い炎が、

影獣を包む。


その瞬間、

レンが黒刃を薙いだ。


【魂喰い──断】


影獣が裂け、

黒霧が霧散する。


男は一瞬動きを止め──

崩れ落ちた。


魂は……

もう、残っていなかった。



レンは女性の手を握る。


「娘さんは、必ず助ける。

 だから……信じてくれ」


女性の瞳から涙があふれた。


「お願い……

 あの子を……

 どうか……」


力尽きるように眠る女性を、

リヴィアがそっと抱きとめる。



レンは静かに立ち上がる。


「――行こう。

 王城だ」


ルガロスとリヴィアが頷く。


魂を守るため。

奪われたものを取り戻すため。


そして……

帰らざる者たちの願いに応えるため。


すべての答えは、

王城にある。


三人は歩き出す。

沈黙の街を抜け──

魂を喰らう王のもとへ。

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