第25話 最後の灯──冥府決戦(後編)

冥府が崩落していく。

黒い霧は泣き叫び、

魂の悲鳴が嵐のように渦巻いた。


その中心に、冥王は立つ。

黒き翼を広げ――

今までとは“質”の違う闇を纏って。


「……貴様らの力。

 認めよう」


ひび割れた声。

苦悶と歓喜が同居した声音。


メオルの影は全てを呑み込み、

ただ一つの形へ変わっていく。


巨大な黒い獣――

否、魂を纏った超越存在。


その体はどこまでも深く、

その眼光は魂の底まで見透かしてくる。


「だが、我は喰らう。

 この魂さえあれば――

 完全となる」


視線が俺とアリスを射抜く。


理解した。

冥王の“完成”とは――

魂返しを宿すアリスを取り込むこと。


そして俺は――

その鍵。


獣の咆哮が冥府を揺るがす。

魂が軋み、地が崩れる。


「来るぞ……!!」


ガルズが吠え、前へ。

ベルダが鎌を構える。

アリスが光を纏い、翼を広げる。


俺は深紅を握り――

大地を蹴った。



黒が迫り、

世界が塗りつぶされる。


素早さは目で追えない。

空間そのものを踏み潰し、

冥王は獣の牙を突き立てる。


ガルズが受け止め――

砕けた。


「ガルズ!!」


肉が裂け、骨が飛ぶ。

魂の火が散る。


「まだだぁッ!!」


ガルズの咆哮が魂を震わせ――

獣の牙を押し返す。


アリスの光が再生の雨を降らせ、

ベルダが影へ斬り込む。


「うぉおおおおお!!!」


深紅が走り、黒を裂く。

冥王の巨体が揺れ――

一部が吹き飛ぶ。


だが、黒霧が即座に再生させる。


「無駄だ」


冥王の声音が冥府に響く。


「魂を喰らう限り、

 我は無限」


黒炎が爆ぜ、

アリスの光を削り取る。


「くっ……!!」


その顔は苦痛に濡れ、

翼がちぎれていく。


「アリス、下がれ!!」


「……だめ、

 レンを……守る……!」


その言葉が、痛いほど温かい。


俺は――

この光を守りたい。



「行くぞ、ベルダ!!」


《魂を裂き、深紅で染め上げよ!!》


刃が変質する。

黒と紅が混じり――

紫の光を帯びた。


魂共鳴が極限へ達する。

生死の境界が曖昧になる。

魂が焦げ、痛みが走る。


(構わない)


冥王が迫る。

巨大な影が振り下ろされ、

冥府そのものを押し潰す。


俺は突っ込む。


魂と魂がぶつかる。


大鎌が、獣の首へ――


届いた。


刃が深く食い込み、黒を裂く。

冥王が吼え、

空間が砕ける。


黒が暴走し、

冥府がさらに崩れていく。


「ベルダ!!」


《まだ……まだ足りぬ!!

 もっと、魂を燃やせ!!》


知っている。

この力は、

俺たちをも喰らう。


でも――


「勝つためなら……

 燃やし尽くす!!」


大鎌を捻り、

黒を引き裂く。


冥王の巨体が崩れ、

中から“本体”が姿を現した。


黒いローブに身を包んだ人影。

その胸元には――

アリスと同じ魂の結晶が輝いていた。


「……あれは……」


アリスが震える。


「魂の……核……」


冥王の魂そのもの。

そこを壊せば――

終わる。


冥王が囁く。


「来るがいい……

 だが、代償を払え」


影が奔り、

俺たちを誘うように形作る。


最後の道。

最後の戦場。


――行くしかない。


俺は叫んだ。


「行くぞォォォ!!」



黒の中へ突入する。


空間が歪む。

耳鳴りが鳴り止まない。

魂が焼けるように痛む。


冥王が目の前へ。


一閃。

黒と深紅がぶつかる。


重い。

冷たい。

深い。


魂が削れる。


ガルズが吠え、

黒爪で冥王の影を引き裂く。


ベルダの刃が、

冥王の核へ伸びる。


だが――


冥王の腕がガルズを掴んだ。

骨が砕け、

魂が締め付けられる。


「うぐ……ッ!!

 まだ……終わらねぇ……!!」


ベルダが冥王へ飛び込む。


黒い影がベルダを貫いた。


《が……ああああああ!!》


刃が落ち、

冥府へ吸い込まれる。


「ベルダ!!!」


声にならない叫びが漏れる。


冥王が笑う。


「貴様の力、

 魂、

 想い。


 ――すべて、喰らう」


アリスが涙の声で叫ぶ。


「いや……

 いやぁああああ!!」


光が爆ぜる。

白い翼が広がり、冥府を照らす。


冥王の影が焼け――

核が露わになる。


アリスが震えながら俺へ手を伸ばす。


「レン……

 いって……!」


覚悟は、

とうにできていた。


俺は、

アリスの手を握り返す。


「一緒に行く」


魂が重なり、

刃が輝く。


深紅と白が混ざり、

紫光が爆ぜる。


冥王が叫ぶ。


「来いッ!!!」


俺たちは――

苛烈な渾身の

魂の一撃を叩き込んだ。



刃が核を貫いた瞬間、

光が弾けた。


冥王の悲鳴が冥府を揺るがす。


魂が砕ける音。

影が崩れ、

冥府が崩壊する。


冥王は――

静かに笑っていた。


「愉快だ……

 お前らは……

 本当に……」


黒が霧散し、

冥王は消えていく。


最後に、静かな声が残った。


「願わくば――

 再び……」


そして、冥王は消えた。



冥府の光が消えていく。

崩落が進む。


アリスが力尽き、膝を折る。


「れ……ん……」


光が揺らぎ、

魂が薄れていく。


ガルズが倒れ、

ベルダの声は聞こえない。


冥府が、

終わりを迎えようとしていた。


――だが


アリスの手を握り、

俺は立っていた。


「帰るぞ」


アリスが涙を流し、微笑む。


「……うん」


光が包む。

魂と魂が繋がり――


崩れゆく冥府を離れ、

俺たちは帰還した。


――生きて。

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