第23話 最後の灯──冥府決戦(前編)

冥府の地が震える。

影は波のように渦巻き、闇が月光を喰らっていく。

その中心に、黒き王は立っていた。


冥王メオル。

魂を喰らい、冥府そのものを支配する存在。


その眼は、底なしの闇よりも深い。

見つめられただけで、意識が削がれそうになる。


アリスの光が俺の背に寄り添った。

少女の魂は淡く、頼りなく、

それでも凜として闇を押し返す。


――彼女は、生きる理由だ。


「レン……

 いける?」


「行く。

 アリスを取り戻すために」


震える声でもいい。

折れそうでもいい。

ただ前に進む。


仲間は――すぐ隣にいる。


ガルズは血を流しながらも低く唸る。

ベルダは深紅の鎌に宿り、魂を燃やす。


“今ここにいるすべて”で戦う。


メオルが動く。

その一歩――

ただそれだけで世界が軋んだ。


黒い霧が吹き荒れ、冥府の空間が裂ける。


「来い。

 魂を賭し、我が退屈を潰してみせよ」


挑発ではない。

ただ事実を並べただけの声音。

それが、逆に怒りを煽った。


「アリスを喰わせるつもりなら……

 ――ぶっ殺す」


「言葉は軽い。

 魂で語れ」


闇が、一気に迫る。



瞬間――

黒槍が雨のように降った。


空間を裂いて、

視界の隅から隅まで埋め尽くすほどの槍が、

猛毒のような闇をまとって襲来する。


「来るぞッ!!」


ガルズが咆哮し、黒牙を展開。

だが槍は霧のようにすり抜け、

背後から刺しに来る。


「チッ……クソが!」


間に合わない――


アリスの光が広がった。

霧のように繋がり、網のように張り巡らされ――


黒槍は光に触れた瞬間、砕け散る。


「アリス!」


「大丈夫……

 レンの隣なら、平気……!」


彼女の声は柔らかく震えていた。

恐くないはずがない。

それでも一歩も退かない。


(……守る)


俺の魂が熱を纏う。

深紅の鎌が脈打ち、世界が歪んだ。


「ベルダ!」


『任せよ――深紅は主と共に』


鎌を振る。

紅黒の斬撃が、冥府を裂いた。

衝撃は百を超える槍を一瞬で吹き飛ばす。


地鳴りと共に、メオルが真正面から受け止めた。


指先一本。


それだけで波を止め、

余波を飲み込み、

無へと還す。


「……チッ」


「悪くない。

 だが、まだ浅い」


言葉と同時に、黒槍が再生する。

数が増えた。

今度は千か、万か。

数える意味こそない。


冥王の周囲に、黒い翼のように広がる。


「これで死ね」


槍が、撃ち出された。


世界が黒く染まる。



一瞬で詰められた距離。

避けきれない。


地が裂け、影が俺たちを飲み込む。

ガルズが前へ。

肉体が砕け、骨が砕け――

それでも咆哮。


「ガルズ!!」


「――行けェッ!!」


黒槍がガルズを貫いた。

魂が裂ける音。

血と光が弾ける。


アリスが叫ぶ。


「いや……やだ……ッ!」


魂の形が震え、

涙が零れる――

その一滴が、光になった。


アリスの魂から溢れた光が、

ガルズの身体を包む。


黒槍が粉砕され、

ガルズは再生した――


「……恩に着る……

 アリス」


「いいんだよ……

 だって、助けてくれたから……」


メオルが顎をかすかに上げた。


「魂の連結……

 なるほど。

 だが――代償は、払え」


冥王が指を鳴らす。

冥府全体が、アリスを喰らおうと揺れた。


「させねぇッ!!」


俺は鎌を振る。

深紅が奔流となり、影を裂く。


しかし――


「無駄だ」


影は無限だ。

切ったそばから再生する。

押し返しても押し返しても、

闇は飲み込み、近づく。


アリスが怯えた声で囁く。


「レン……」


「信じてろ」


アリスの手を取り、

温もりを感じ――

魂が重なる。


《魂共鳴》

第二段階から、さらに先。

境界が揺らぎ、鎌が鳴る。


ベルダの声が一瞬震えた。


《主よ、これは――》


「構うな。

 やるしかねぇ」


《……良い。

 ならば、共に堕ちよう》


紅黒の刃が形を変え始める。

鎌はより重く、鋭く――

魂の叫びが刃となる。


闇が押し寄せる。

冥王が迫る。


「来い、メオル!!」


深紅と黒がぶつかり――


冥府が、爆ぜた。



冥府の空が裂ける。

魂の星が降る。

叫びと怒号が渦巻く。


光と闇の衝突。

魂と魂の衝撃。


命の形が、ぶつかり合う。


――決戦は、始まったばかり。

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