第23話 最後の灯──冥府決戦(前編)
冥府の地が震える。
影は波のように渦巻き、闇が月光を喰らっていく。
その中心に、黒き王は立っていた。
冥王メオル。
魂を喰らい、冥府そのものを支配する存在。
その眼は、底なしの闇よりも深い。
見つめられただけで、意識が削がれそうになる。
アリスの光が俺の背に寄り添った。
少女の魂は淡く、頼りなく、
それでも凜として闇を押し返す。
――彼女は、生きる理由だ。
「レン……
いける?」
「行く。
アリスを取り戻すために」
震える声でもいい。
折れそうでもいい。
ただ前に進む。
仲間は――すぐ隣にいる。
ガルズは血を流しながらも低く唸る。
ベルダは深紅の鎌に宿り、魂を燃やす。
“今ここにいるすべて”で戦う。
メオルが動く。
その一歩――
ただそれだけで世界が軋んだ。
黒い霧が吹き荒れ、冥府の空間が裂ける。
「来い。
魂を賭し、我が退屈を潰してみせよ」
挑発ではない。
ただ事実を並べただけの声音。
それが、逆に怒りを煽った。
「アリスを喰わせるつもりなら……
――ぶっ殺す」
「言葉は軽い。
魂で語れ」
闇が、一気に迫る。
◆
瞬間――
黒槍が雨のように降った。
空間を裂いて、
視界の隅から隅まで埋め尽くすほどの槍が、
猛毒のような闇をまとって襲来する。
「来るぞッ!!」
ガルズが咆哮し、黒牙を展開。
だが槍は霧のようにすり抜け、
背後から刺しに来る。
「チッ……クソが!」
間に合わない――
アリスの光が広がった。
霧のように繋がり、網のように張り巡らされ――
黒槍は光に触れた瞬間、砕け散る。
「アリス!」
「大丈夫……
レンの隣なら、平気……!」
彼女の声は柔らかく震えていた。
恐くないはずがない。
それでも一歩も退かない。
(……守る)
俺の魂が熱を纏う。
深紅の鎌が脈打ち、世界が歪んだ。
「ベルダ!」
『任せよ――深紅は主と共に』
鎌を振る。
紅黒の斬撃が、冥府を裂いた。
衝撃は百を超える槍を一瞬で吹き飛ばす。
地鳴りと共に、メオルが真正面から受け止めた。
指先一本。
それだけで波を止め、
余波を飲み込み、
無へと還す。
「……チッ」
「悪くない。
だが、まだ浅い」
言葉と同時に、黒槍が再生する。
数が増えた。
今度は千か、万か。
数える意味こそない。
冥王の周囲に、黒い翼のように広がる。
「これで死ね」
槍が、撃ち出された。
世界が黒く染まる。
◆
一瞬で詰められた距離。
避けきれない。
地が裂け、影が俺たちを飲み込む。
ガルズが前へ。
肉体が砕け、骨が砕け――
それでも咆哮。
「ガルズ!!」
「――行けェッ!!」
黒槍がガルズを貫いた。
魂が裂ける音。
血と光が弾ける。
アリスが叫ぶ。
「いや……やだ……ッ!」
魂の形が震え、
涙が零れる――
その一滴が、光になった。
アリスの魂から溢れた光が、
ガルズの身体を包む。
黒槍が粉砕され、
ガルズは再生した――
「……恩に着る……
アリス」
「いいんだよ……
だって、助けてくれたから……」
メオルが顎をかすかに上げた。
「魂の連結……
なるほど。
だが――代償は、払え」
冥王が指を鳴らす。
冥府全体が、アリスを喰らおうと揺れた。
「させねぇッ!!」
俺は鎌を振る。
深紅が奔流となり、影を裂く。
しかし――
「無駄だ」
影は無限だ。
切ったそばから再生する。
押し返しても押し返しても、
闇は飲み込み、近づく。
アリスが怯えた声で囁く。
「レン……」
「信じてろ」
アリスの手を取り、
温もりを感じ――
魂が重なる。
《魂共鳴》
第二段階から、さらに先。
境界が揺らぎ、鎌が鳴る。
ベルダの声が一瞬震えた。
《主よ、これは――》
「構うな。
やるしかねぇ」
《……良い。
ならば、共に堕ちよう》
紅黒の刃が形を変え始める。
鎌はより重く、鋭く――
魂の叫びが刃となる。
闇が押し寄せる。
冥王が迫る。
「来い、メオル!!」
深紅と黒がぶつかり――
冥府が、爆ぜた。
◆
冥府の空が裂ける。
魂の星が降る。
叫びと怒号が渦巻く。
光と闇の衝突。
魂と魂の衝撃。
命の形が、ぶつかり合う。
――決戦は、始まったばかり。
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