第12話 魂喰らい──闇に堕ちた獣と契約

黒い霧が森を呑み込む。

 肌を刺す瘴気に、蓮は奥歯を噛みしめた。


 ――間に合ってくれ。


 エレナの魂が黒い何かに囚われたと知ってから、胸の中心が焼けつくように痛んでいた。


「……これ以上、誰も奪わせない」


 その先にいた。

 黒獣王──レグルス。

 以前蓮が契約したはずの魔獣。しかし今は禍々しい闇に包まれ、目は赤黒く濁っていた。


 唸りが大地を震わせる。

 牙から滴る黒い瘴気は、触れた草を灰に変える。


「レグルス……俺だ。わかるか!」


 呼びかけに応じる気配はない。

 獣王はただ、殺意のみを纏って蓮へと突撃した。


 ドンッ──!


 衝撃がぶつかり、蓮は土を抉りながら吹き飛ばされる。

 肺から空気が漏れ、視界が一瞬白く染まる。


「ぐ……っ! まだだ!」


 立ち上がる。

 剣に宿した魔力を燃やし、蓮は吠えた。


「戻ってこいッ!!」


 だが返るのは、獣の咆哮だけ。

 かつての誇り高き魔獣は、魂喰らいの闇によって理性を奪われていた。


 蓮は即座に判断する。


 ――倒すんじゃない。救うんだ。


 闇に囚われた仲間を、ただ斬り捨てるなんてできない。

 エレナを救うためにここまで来た。それなのに、また失うなんて嫌だった。


「《召喚術・英雄鎖》!」


 蒼い鎖が空間から生まれ、レグルスの身体を縛る。

 しかしその瞬間、闇が鎖を腐食させた。


 パキン──


「っ……強すぎる!」


 レグルスが跳ね、蓮に襲いかかる。

 爪が頬を掠め、血飛沫が散る。


 死の気配が近い。

 蓮は震える腕に力をこめる。


「……レグルス。俺たちは……仲間だろ」


 声が震えた。

 自分でも驚くほど弱々しい声だった。


 その刹那、

 黒い霧の奥から声が響く。


『……タス……ケ……ロ』


 聞き覚えのある低い声。

 レグルスだ。


「聞こえる……!」


 蓮は涙を滲ませながら叫んだ。


「帰ってこい! 俺と一緒に戦うんだろッ!!」


 黒い闇が一瞬だけ揺らぐ。

 蓮はすかさず跳ぶ。


「《魂契の紋》……発動!!」


 掌から迸る光が、レグルスの胸元に刻まれた紋章と共鳴する。

 闇が悲鳴をあげるように崩れ始める。


『やめろ……! ソイツを喰ラウ……!』


 黒霧が蠢き、獣王を覆い尽くそうとする。

 蓮は迷わず腕を突っ込んだ。


 灼熱。焼ける痛み。

 それでも離さない。


「奪わせない!!」


 腕に走る激痛を無視し、蓮は力を込める。

 魂と魂が繋がる感覚――


 バチィッ!


 光が爆発し、闇を引き裂いた。


 その中心に、傷だらけのレグルスが倒れていた。

 赤黒い瞳は元の蒼へと戻り、荒い息を繰り返している。


『……レン……』


「レグルス……!」


 蓮は膝をつき、倒れた仲間を抱きしめた。

 熱いものが頬を伝う。


「帰ってきてくれて……ありがとう」


 レグルスはゆっくりと頷く。

 そして、小さく呟いた。


『……エレナ……守レ……』


「……ああ。絶対守る」


 蓮は立ち上がり、闇が収まった方角を見る。


 そこには──

 黒霧を纏う、人影。


 銀の仮面をつけ、黒い剣を携えた男が佇んでいた。

 その剣は、魂の悲鳴を上げている。


「魂喰らい……!」


 銀仮面の男は、無機質な声で告げた。


「契約者、蓮。

 君は“不要”だ」


 蓮は剣を構え、吠える。


「だったら俺を倒してみろ──

 エレナは、渡さない!」


 黒霧が唸り、仮面の男が一歩、こちらへ踏み出す。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る