愛古参

縞間かおる

「やっぱり、あのお洋服はどうかと思うのよ! あれだけのなのだから襟ぐりが広いとねぇ~同性としては目のやり場に困ってしまうわ。もちろんご自分の趣味についてとやかくは言いたくはないのよ。でも、こうして更衣室もあるのだから、オフィスに相応しい服装にお召し変えをなさっていただかないと……社長からを言われてしまいますわよ」


「あらぬことですか?」

 語尾に笑いを含んで返して寄越したのはこのあいだ契約社員になったばかりの袴田さんだ。


 あと1回、ご自分の立場を弁えないご発言をなさったら……推薦した私の責任において対処しなければなりませんわね。

 私は頭の中の“リスト”を書き換えながら“指導”を行った。


「袴田さん! あなたはご存知ないでしょうけど、事務服から解放されて自由な服装で仕事が出来るようになったのにはとても長い時間が掛かったの。自由とは常に責任が伴うものなのよ。あなたは、『あの人』とは違うのだから、そこのところはしっかりしてね」


『あの人』とは先程から私が話題にしている“菅野”の事だ。


 この手のタイプはややもすれば他者を染め、結果としてゴタゴタの種になりやすい。

 あの“タダ飯食らいのセールス”羽下野バカノと双璧をなす程の“社”にとっては“やっかい者”……


 ホント! ウチの子達はこんな“でくの棒”の育たなくてなによりだったわ!


 この子達の親御さんには、つくづくご同情を申し上げたい。



「愛子さん! 菅野さんはこの連休に仙台へ旅行に行かれたそうですよ。そのお土産は冷蔵庫の中の『〇ぎの月』です。」


 やはり里奈ちゃんはいい子! タイミングをよく理解している。


 冷蔵庫のは女子社員5名とも分かっている筈だからだ。


 そしてあの箱の大きさの『〇ぎの月』なら内箱仕様の“6個”入りだという事も、少なくとも里奈ちゃんは分かっている。


「『〇ぎの月』はお好きな方が多いから、菅野さんは買ってらっしゃったのね。なのね。だから今回は、私達は遠慮してセールスさんを優先いたしましょう。

 そうそう!今年の仙台の七夕祭りは8月6日からなんですって! 新幹線で1時間半くらいだし翌週はもう夏季休暇ですから、皆さん!日帰りで参りませんか?」


 私の提案はその場にいらした皆様には賛同いただけ、新幹線のチケットは里奈ちゃんが手配を掛けた。

 楽しい旅行になりそうだ。


 私が『〇ぎの月』を好いているのは社長以下セールスさんも良くご存知なので、誰もお土産には手を付けず、かなり長い間、冷蔵庫の中で邪魔な存在を主張し続けていた。


 『〇ぎの月』は思い出のお品で……社長が今よりもっと飛び回っていた事、よくお土産で私に買って来てくれた。


「愛子さんは本当に『〇ぎの月』が好きだね」


 ふたり後も……翌朝、私がお入れしたコーヒーと一緒に召し上がるときにも、社長は一つずつで、それを横目に『もう一つ』と、つい手が出てしまう私に優しい眼差しでそうおっしゃった。


 ウチの旦那には持ちえないものを社長はたくさんお持ちになるし、私にも惜しみなく分け与えて下さる。


 それは単に物質的な事にとどまらない。


 例えば、10代の頃からずっと私のコンプレックスだった“ふくよかな胸”を……旦那は卑猥なビデオの真似事にしか用いようとはしなかったけれども、子供の手が離れてこの会社に再就職した当時、二人でこじんまりした事務所に居る時に


「『な女性と席を並べてみたい』と言うのが僕の学生時代の夢でした。だから僕はなるだけ早く仕事を終えて、あなたがいらっしゃる内に会社へ戻りたいのです」


 と、少年の様に冗談交じりにおっしゃった社長の言葉が気恥ずかしくも嬉しくて……『瓢箪から駒』となってしまった。


 だからこそ私は、会社に居る時には、社長の城である社に精一杯尽くし、心を傾ける。


 この私の気持ちに泥を塗る様な真似は許すまじだ。


 だから……

 そんなに“ホイホイ”がしたいのなら“ホイホイ”来るような輩を彼女に用意してあげましょう。





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