第30話 ワクチンスケジュール地獄(第二波)
朝の空気はキリッと冷たく、2月の気配をまだ色濃く残していた。
しかし、今日の七つ子はいつもとどこか違う。
というか──空気を読んでいる。
いや。読んでいる“気がする”。
「……ねぇ瑛士。なんか、みんなソワソワしてない?」
莉緒が小声で言うと、瑛士は七つ子の並んだベビーベッドを見て、真顔になる。
「……してる。してる……よな?」
美結は脚をばたつかせて「きゃっ」と高い声を出し、
紬生はじーっと天井をにらむように見つめ、
氷華は口をぷくっと膨らませて不満顔。
陽日はいつもより手を握りしめ、
海聖は布団をつかんで離さず、
奏良は珍しく眉を寄せ、
椿希はぐずりかけている。
そして二人は気づいた。
──今日は、ワクチン2巡目だ。
前回、壮絶な泣き声と涙と鼻水の大合唱に病院が軽くパニック状態に陥ったあの“地獄の日”。
「大丈夫だよって言ってあげたいけど……ごめん、今日は大丈夫じゃない…」
莉緒が申し訳なさそうに呟く。
「俺も……“父さんが守る!”って言いたいけど……今日だけは守れない……」
瑛士は天を仰いだ。
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◆ 病院へ向かう、出発の儀式
じじばば(莉緒・瑛士の両親)は予定が合わず不在。
七つ子×2人という、無謀な戦場日程。
「今日は男子三人は俺、女子三人は莉緒だな?」
「うん。陽日・海聖・奏良をお願い。私は美結・紬生・氷華」
椿希は男の子なので瑛士側、計四人。
瑛士の負担は多いが、彼は拳を握った。
「ぉぉぉおおお……やるしかない……! 俺は父だ……!」
「無理しないでね!?」
七つ子を抱っこ紐3つ+ベビーカー4つにうまく振り分け、
二人は“戦地”である小児科へ向かった。
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◆ 病院、入口からフルボリューム
受付を済ませ、待合室に入った瞬間──
「──っっ!!」「あああああ!!」「ぎゃぁぁぁ!!」
全員、フルパワーの泣き声が爆誕。
「えっ!? まだ何もしてないよ!?」
莉緒が目を丸くする。
瑛士はガタガタ震えた。
「や、やだ……前回の記憶が……残ってる……?」
美結は顔を真っ赤にして泣き、
紬生は息継ぎのタイミングを間違えて変な声になり、
氷華は涙の量が尋常じゃない。
陽日は声こそ小さいが、顔がものすごく泣いている。
海聖は「ほわっ……あぁぁぁ!」と徐々にボリュームアップ。
奏良は泣きながらも指を吸おうと頑張っていて、
椿希はもう泣き疲れたような泣き方。
看護師さんが苦笑しながら近づいてくる。
「すごい……今日も全員元気ね……可愛いけど……大変ですね……!」
「は、はい、すみません……!」
莉緒はペコペコ謝り、瑛士は軽く白目をむいた。
看護師さんはさらに優しく微笑む。
「じゃあ……頑張りましょうね」
声は優しいが、いかにも“大変だと分かってます”という表情だった。
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◆ ◆ そして地獄の始まり ◆ ◆
● 男子担当:瑛士
陽日 → 海聖 → 奏良 → 椿希
の順でワクチン4本。
● 女子担当:莉緒
美結 → 紬生 → 氷華
の順でワクチン4本。
合計28本。
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◆ 1人目:陽日
診察室に入った瞬間──
「ぎゃああああ!!」
「まだ何もしてない!!まだ!!」
瑛士が叫ぶ。
看護師さん2名+瑛士で押さえ、先生が淡々と準備する。
「じゃあ、まず1本目いきますよ」
プス。
「ぎゃあああああああああ!!!」
「ごめん陽日!!パパが悪かった!!」
「瑛士、落ち着け!!次の脚!!右!!右!!」
莉緒が隣の診察台で大声で指示しながら美結の準備をしている。
「右!? こっち!? 俺の右? 陽日の右!? どっち!?」
「陽日の右!!」
看護師さんの笑いがこらえきれていない。
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◆ 2人目:海聖
海聖は前回同様、最初は冷静だった。
「……あー……あ?」
しかし先生が針を見せると──
「アァァァァッ!!」
突然の大音量。
「海聖っ!? 急にスイッチ入るのやめて!?」
「瑛士! 押さえて! 足じっと!」
「分かってるけど! 海聖! そんなにのけぞったら俺の顔に頭突き──」
ゴン!
「いってぇ!!」
看護師さんが申し訳なさそうに笑う。
「お父さんも頑張って……」
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◆ 3人目:奏良
奏良は基本マイペースだが──
針が腕に触れた瞬間。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」
まさかの地獄の叫び声。
「奏良!? 今日どうした!? いつもの3倍泣いてる!!」
「瑛士、左脚!! 抑えて!!」
「脚が動く!!AIロボットみたいな動きしてる!!」
莉緒も紬生を抱えながらツッコミを入れる。
「瑛士! 奏良は暴れるタイプだよ!!前回で覚えて!!」
「覚えてたけど!今回はさらに進化してる!!」
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◆ 4人目:椿希
男の子チーム最後。
しかし彼はすでに泣き疲れ、ぐったりしていた。
「椿希……?」
「んぁ……」
あまり泣かず、されるがまま。
「おお……椿希……耐えた…………」
「瑛士、腕プルプルしてるよ」
「俺も疲れた……」
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◆ 女子チーム(莉緒側)
もちろんこちらも地獄だった。
◆ 美結
「きゃぁぁぁああ!!」
→ 声量・動きフルパワー。
莉緒「ごめんねごめんねごめんね!!」
◆ 紬生
「ひっ……ぎゃ……っ!!」
→ 息を止めてしまい、看護師に「息して! 紬生ちゃん!」と励まされる。
莉緒「吸って!! そう!!」
◆ 氷華
「うわぁあぁぁぁ!!」
→ 涙の量が尋常じゃない。
莉緒「服がびしょびしょ……!!」
看護師さんが思わず言う。
「三人連続でこれは……ほんとにお疲れさまです……」
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◆ 診察室を出ると…
七つ子全員、涙・鼻水・涎でびちょびちょ。
莉緒の服も濡れ、瑛士に至っては髪まで湿っている。
「俺……今日……何本注射したんだっけ……?」
「七人 × 四回……瑛士は四人担当だから……十六回……」
「数えるな……意識が遠のく……」
周囲の親たちが温かい目で見守る。
看護師さん含めスタッフは一同揃って、
「本当にお疲れさまでした……!」
と深いお辞儀。
「こちらこそ……ありがとうございました……!」
莉緒と瑛士もほぼ魂が抜けた状態で頭を下げた。
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◆ 帰宅後
家に入った瞬間、七つ子は全員こうだった。
「……すぅ……」
「すぅ……っ」
「すぅ〜……」
まさかの同時爆睡。
リビングに寝かせると、毛布がふわりと揺れるだけの静かな時間が訪れた。
「……夢?」
瑛士が呟く。
「現実だよ……七人全員寝てる……」
「莉緒……俺、なんか泣きそう……」
「泣いていいよ……私さっき泣いた……」
ふたりはその場に座り込み、ぐったりと寄りかかった。
「莉緒……もう俺……動けない……」
「じゃあ……一緒に寝よ……」
「うん……」
七つ子の寝息に包まれながら、二人もそのままリビングで眠りに落ちた。
今日という地獄の一日は、
こうして静かな眠りで幕を閉じた。
冷徹社長の溺愛が止まりません! ――家では犬系男子に豹変するなんて聞いてません! 立華アイ @kisaragikira
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