第17話 両家でお祝い&準備

 冬の気配が濃くなりはじめた十二月初旬。

 街のイルミネーションが静かに灯り、空気は澄み渡り、吐く息が白い。

 その日の午後、篠崎瑛士は料亭「花灯り」の暖簾をくぐった。

 檜の香りが心を落ち着かせ、足元の畳の感触に自然と背筋が伸びる。

 今日は、両家の集まり――出産前のお祝いと準備のための会合だ。


 以前、病院で顔を合わせたときの緊張はもうなく、

 今回は“家族”として笑顔で会う。

 けれど、莉緒の両親にとっても、瑛士の父にとっても、

 “孫”の誕生を目前に控える特別な日だった。


***


「瑛士くん、こっちですよ」

 ふと声をかけられ、顔を上げると莉緒の母・美沙子が手を振っていた。

 ワインレッドのストールを羽織り、柔らかな笑顔を浮かべている。

 隣には莉緒の父・誠一も、すでに席に着いていた。


「お義母さん、お義父さん。今日はありがとうございます」

「こちらこそ。莉緒ちゃん、元気にしてる?」

「はい。今日も検診があって、赤ちゃんたちは順調です」

「そう、それはよかったわ」

 美沙子の声が少し震える。安堵と、母としての愛情が滲んでいた。


 そのとき、襖が開いて瑛士の父・篠崎圭吾が入ってくる。

 落ち着いた和装姿で、深く頭を下げた。

「皆さん、本日はお時間をいただきありがとうございます」

「こちらこそ! こうしてまたお会いできてうれしいです」

 誠一が微笑み、場の空気は一気に温かくなる。


***


 料理が次々と運ばれる。

 湯気を立てる炊き合わせに、香ばしく焼かれた鯛の塩焼き、

 冬の味覚・銀杏と百合根の茶碗蒸し。

 器から立ちのぼる香りに、自然と会話が弾む。


「莉緒がいれば、きっと“わぁ、美味しそう!”ってはしゃいでたな」

 瑛士がそう言って笑うと、美沙子がうれしそうに頷いた。

「ええ、あの子、食べること大好きだから」


 しばらく談笑が続いたのち、美沙子が風呂敷を広げる。

 中には、淡い色の毛糸で丁寧に編まれたベビー帽子が五つ。

「これね、私が夜なべして編んだの。どの子にどの色が似合うか想像しながら」

「うわぁ……手編みですか?」

「はい。莉緒が生まれたときもね、同じように帽子を編んだの。だから、お揃いにしてあげたくて」


 瑛士は帽子をそっと手に取り、感嘆の声を漏らす。

「……本当に温かいです。ありがとうございます」

「ふふ、早く孫にかぶせたいわね」

「そうですね。きっと似合います」


***


 続いて、圭吾が木箱を差し出す。

「篠崎家からは、こちらを」

 蓋を開けると、木製の名前札が五枚。

 桜、竹、橘、藤、楓の彫刻が施され、名前を刻むためのスペースが空いている。


「出産後、名前が決まったら、ここに文字を彫ってもらおうと思ってね。

 ひとつひとつに“家族の証”を残したくて」

「まぁ……素敵だわ」

 美沙子が感動したように手を合わせる。

「さすが篠崎さん、発想が素晴らしい」

 誠一が感心して笑うと、圭吾は少し照れくさそうに頷いた。


「名前は……もう決めてるんですか?」

「いえ、まだ。実際に顔を見てからと思っています」

「いいですねぇ。それがいちばん」


***


 食事も進み、やがてデザートの抹茶プリンが運ばれてくるころ。

 瑛士がスマホを取り出した。

「莉緒からみんなに、メッセージ動画が届いてます」


 画面に映し出されたのは、病室の莉緒。

 白い病衣の上から大きくふくらんだお腹を両手で包み、穏やかに微笑んでいた。


『みんな、今日はありがとう。ほんとは一緒に行きたかったけど、

 お腹の子たちが“まだおとなしくしててね”って言うから、我慢してます。

 みんなが私と赤ちゃんのために集まってくれて、本当にうれしい。

 生まれたら、全員で抱っこしてね!』


 動画が終わると、しばらく静寂が訪れた。

 美沙子がそっとハンカチで目を拭う。

「もう……あの子ったら……」

「いい娘さんですね」

 圭吾が穏やかに微笑むと、誠一が「まったく、親バカだな」と肩をすくめ、場の空気がまた柔らかくなる。


***


 食後、テーブルの上にプレゼントがずらりと並んだ。

 おむつケーキ、ベビーソックス、木のガラガラ、そして絵本のセット。

「こっちは、ばあばから。みんなで読んでほしい絵本よ」

「それは助かりますね。読み聞かせ、得意じゃないので」

「ふふ、練習しなきゃね、パパさん」

「……はい、頑張ります」


 そのやり取りに皆が笑い、

 圭吾が「孫の力は偉大だな」と呟く。

 誠一が応じるように頷き、

「ほんとにね。家族の絆って、こうやって強くなるんだな」


***


 会の終わり、外に出ると、雪がしんしんと降り始めていた。

 料亭の灯が雪に反射して、柔らかい光を放っている。


「……もうすぐ、クリスマスですね」

 瑛士が空を見上げながら呟く。

 隣で圭吾がゆっくりと頷く。

「そうだな。お前たちにとって、忘れられない年になる」

「はい。……莉緒と、子どもたちと、この冬を迎えられることに感謝してます」

「瑛士」

 圭吾は息子の肩に手を置き、静かに言った。

「いい父親になるよ。お前は優しい」


 その言葉に、瑛士は小さく笑ってうなずいた。

 雪の中、白い息がふわりと舞う。


(莉緒、みんな楽しそうだったよ。

 君の家族と、俺の家族。もうすっかり一つの家族になった)


 彼の胸の中で、静かに、確かな温もりが灯っていた。



【次回第18話】

いよいよ帝王切開を翌日に控え、病院での静かな夜と二人の祈りを描く章になります。

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