冷徹社長の溺愛が止まりません! ――家では犬系男子に豹変するなんて聞いてません!
立華アイ
第1話 社内打ち上げの夜、冷たい瞳が近づいて
都内のホテル最上階。年度末の打ち上げは、夜景の見えるホールで華やかに行われていた。
グラスを交わす音と笑い声。
普段は厳しい上司たちも、今夜ばかりは少し柔らかい。
結城莉緒は、少し緊張していた。
(まさか、社長が参加するなんて……)
篠崎瑛士。若くしてグループを率いる冷徹な社長。
常に無表情で、社員には一歩も隙を見せない。
そんな彼が今、同じ空間にいる。
――距離を置いて、グラスを傾けている。
その姿だけで、場の空気が引き締まって見えた。
「莉緒、ほら社長、今日やけに見てるよ」
隣の相原沙耶が、いたずらっぽく笑う。
「えっ、うそっ、見てないって……!」
慌てて否定した瞬間、篠崎と目が合った。
(……うそ、ほんとに見てた)
吸い込まれるような黒い瞳。
心臓が跳ねた瞬間、手元のグラスが傾き――
「きゃっ!」
ワインがこぼれた。
社長の袖口を赤く染めてしまう。
「っ、すみません!!」
莉緒は慌ててナプキンを取り、駆け寄る。
「結城、動くな」
篠崎が低く制止し、代わりに自分の手で軽く拭った。
その仕草は、驚くほど落ち着いていた。
(怒ってる……?)と不安に顔を上げた莉緒に、彼はわずかに笑みを浮かべた。
「慌てるな。……赤も似合うな」
え……?
耳まで熱くなる。
それ以上、何も言えなかった。
彼の口元がゆるんだのを、誰も信じないだろう。
――それが、莉緒の中で何かが崩れた瞬間だった。
*
打ち上げが終わる頃には、ワインのせいで足元がふらついていた。
「莉緒、大丈夫?」
「ん、大丈夫……たぶん」
エレベーターホールに出た瞬間、ふいに背後から名前を呼ばれる。
「結城」
「……しゃ、社長」
「帰りは?」
「電車で……」
「危ない。送る」
その声に逆らう勇気など、当然なかった。
黒い車の助手席に乗り込むと、篠崎はハンドルを握り、静かに発進した。
夜景が窓の外を流れる。
酔いと緊張が入り混じり、言葉が出ない。
「……飲みすぎだ」
「す、すみません」
「謝るな。そういう日だ」
低い声。
それだけなのに、車内の空気が甘く揺れた。
莉緒のまぶたが少し重くなる。
気づけば、首がコトリと傾いた。
その瞬間――篠崎の腕が、優しく支えていた。
「……まったく」
息をつくように呟きながらも、どこか嬉しそうだった。
*
「――ここでいいです」
アパートの前に着くと、莉緒は慌てて姿勢を正した。
「送っていただいてありがとうございます」
「鍵は?」
「えっと……あ、あれ?」
鞄を探っても、見当たらない。
「あれ、どうしよう……ホテルに忘れたかも」
「……仕方ないな」
篠崎は腕時計を見て、ひとつため息をついた。
「うちで休め。朝までには手配しておく」
「えっ!? い、いえ、そんなっ」
「この時間に放って帰す方が問題だ」
強引な口調。けれど、その目は真剣だった。
*
社長の家――というより、まるで高級ホテルのスイートだった。
白を基調にした空間。照明が柔らかく、どこか落ち着く香りが漂う。
「お風呂、使え」
「い、いえっ、そんな……」
「寒いだろ。湯を入れておいた」
拒む間もなく、篠崎は奥のバスルームを指さした。
莉緒は頭が真っ白のまま、浴室へ向かう。
――湯気の向こうで、顔がますます熱くなっていく。
(どうしよう……社長の家なんて……)
風呂上がり、借りたワイシャツを羽織る。
少し大きめで、袖が手の甲を覆う。
リビングに戻ると、篠崎がソファでワインを飲んでいた。
「体、冷めたか?」
「……はい」
「なら、こっちに」
促され、隣に座る。
距離が近い。
彼の香水の匂い――いや、もう、香水ではない。
それは彼自身の匂いだった。
「……どうして、そんなに優しいんですか」
思わずこぼれた言葉に、篠崎がわずかに目を細める。
「優しくしてるつもりはない」
「……じゃあ、なんで……?」
静寂。
グラスを置いた音が響く。
そのまま、篠崎が莉緒の頬に指を伸ばした。
熱を確かめるように。
そして、唇が触れた。
ほんの一瞬。
けれど、それは“衝動”だった。
「……」
息を吸い込む音だけが響く。
篠崎はゆっくり離れ、莉緒を見つめた。
「……悪い」
その低い声には、確かな理性が滲んでいた。
「酔っているうちは、これ以上はしない」
莉緒の頬が熱を帯びる。
胸の鼓動が止まらない。
篠崎は立ち上がり、ブランケットを持ってきた。
「ここで休め。部屋は朝、案内する」
優しく肩にかけながら、ふと小さく呟いた。
「……お前のそういうところが、危ないんだ」
それがどういう意味なのか、酔った頭では考えられなかった。
ただ一つ、確かに覚えている――
篠崎瑛士の唇の熱と、あの声の低さ。
――冷たいはずの瞳の奥に、確かな熱が宿っていた。
【次回第2話】
翌朝――目覚めたら社長のワイシャツ姿。昨夜のことを思い出して赤面。
けれど社長は“いつもの冷たい態度”に戻っている。
数週間後、生理が来ない。
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