24.え?
「お待たせしました。コーヒーと、それからカフェオレになります」
「ありがとうございます」
女性店員が運んできた飲み物がテーブルの上に並ぶ。湯気が器の中身の温かさを伝える中、頭を下げて立ち去った店員の背を見送ると、
そして、ちらりと上目遣いで
「落ち着かないって顔してますね」
星の言葉に、庚午は若干気まずげな顔で店内を見回した。幸いなことに、まだ午前中の早い時刻だということもあって、他に来客はない。
庚午は首の後ろに手をやると、口元を引き結んで星を見た。
「まあその、こんなに若い、しかも女性だとは思ってなかったので……少々立場的にも居たたまれないというか」
星は「おや」といった顔で庚午を見ると、カップをソーサーの上にかちゃりと戻した。
「蛇来さんて、おまわりさんなんですよね。本部の」
「はあ、一応」
「ここって、ホームですよね」
「ええ、まあ。正確には、隣の本棟がそうなんですが」
「あたしが制服なのが理由ですか」
「――その、関わり慣れていないもので、その、
と、いう言い方をするということだけは、事前に
うーん、と星が小首を傾げた。この娘も三雲同様、第一印象では、あまり表情が動かないタイプのように思う。
「それだったら、補導というか、あたしが指導されている体にします?」
「それはあまりにも申し訳ないので」
「冗談です」
真顔で冗談を言わないでほしい。
「といいますか、庚午さん、多分今、もっと気にされてることがありますよね」
コーヒーを口に含みかけていた庚午は、「うっ」と詰まった。ちらりと星を見やる。
目の前の星自身は、再び手にしたカップの中身のカフェオレを伏し目がちに見つめている。だが、その右肩から顔を突き出している白い虎の金色の目は、じっと、まるで獲物を見るように庚午へと視線を注いでいるのだ。
「――はい。その、白家さんの肩にいる御方から、ずっと見られてるんが、どうにも気になりまして」
星は、「ふ」と笑った。
「大丈夫ですよ。それがあたしの本体なので、急に襲いかかったりはしませんから」
——そちらが本体なのか。
「いや、余計厭ですよそれ」
つまり、ぱっと見の星が視線を外していても、この虎に見られているならば星に常に凝視されているということではないか。
「早速ですが。本題に入ってもいいですか」
「あ、はい、勿論。よろしくお願いします」
あっさりと話を切り変えられてしまった。
どうにも星の側にイニシアチブを握られている感は否めないが、この方がうまく話が回りそうだと判断し、庚午は場の流れに逆らうのを諦めた。
星の眉根がわずかに顰められる。
「――三雲君からご連絡をいただいて驚きました。まさか
三雲君呼びにも驚いたが、それよりも本当に話の中核に切りこまれてそちらのほうに庚午は驚き、思わず背筋が伸びた。
「失礼ですが、白家さんは、宝月乙女さんとは?」
「知りあいでした。ネット上だけですが。高校生になってすぐくらいから、ずっとミクシィでやりとりを」
星は少し間を開けてから、テーブルの上の青いファイルに目を向け、「見てもいいですか?」と庚午に問うた。「もちろん」と押しやると、星は軽く頭を下げてから手元に引きよせて中を開いた。
しばらくの黙読の後、小さく溜息を零す。
「確かに、これはあたしが乙ちゃんに共有したことをまとめたものの一部です」
「そうですか」
「乙ちゃんは、自分の暮らしている地域のこと、蛇来村のこと、特に、宝月の家の伝来について調べていたんです。自分は、村から出ることはどうしてもできないけれど、ここがどういったところなのか、オツツミサマとは一体何なのか、それを知りたいと言っていました」
「村から出られない……それは、何か理由については?」
「いいえ。何度か聞いてはみたんですが、濁されてしまって」
「それは、やはりオツツミサマのためだったんでしょうか。今回の神堂さんみたいに、『見える』人間はオツツミサマに目を付けられて内部留保扱いになるような……そこを逆らって村から出ると、もう外敵と見なされるという」
「すいません。あたしには、そこは断言できません」
星は首を横に振る。
「乙ちゃんからは、蛇来家と宝月家の本家周辺に『見える』人が多くでると聞いています」
「そうです」
「その人達が、氏神であるオツツミサマの寐厨の番として神社に入るんですよね」
「えっ」
思わず庚午はカップをソーサーの上に落としかけた。
「えって、庚午さん、何か」
「いや、あの、
「え?」
星が眉をしかめた。
「え?」
思わず庚午も同じような顔をしてしまう。
「寐厨の番が、冥婚儀式、ですか?」
「え、ええ。俺は、そう聞かされましたけども。で、その相手を務める人が、そのままオツツミサマの付き人になるんやと」
「付き人……」
星は口元を右手で覆う。
「あの、それ、ちょっとあたしが聞いてた話や調べた話とは違いますね」
「ええ?」
「なんだろ、対外的に用意してる話と、実情がズレてるのかな――」
「あの、どういうことです? 何が違うんですか?」
「あたしは、寐厨の番が冥婚だという話は知りません。今はじめて聞きました」
「――ほんまですか」
「ええ」
庚午は難しい顔をして頭を掻いた。
「俺は、今回その、亡くなった乙女さんが未婚のまま亡くなったので、その冥婚の儀式をやるための協力が必要らしくて、それで、俺が呼ばれて村に入ってるんです。村長から、そう頼まれて」
「村長……」
そこからしばらく黙り込んでいた星だったが、気を切り替えたのか顔を上げて庚午を見た。虎の本体も共に。
「先に、あたしが知っていることからお話させていただいてもいいですか?」
「ええ。お恥ずかしい話、俺が知っていることってもう全部今言ってしまったようなものなので」
星は頷くと、カバンからキャンパスノートと赤いボールペンを取り出し、「まず」と一呼吸置いてから表紙を開いた。
そこにはすでに、細かな文字でびっしりと情報が書き込まれていた。
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