第14話 タスケテ、AIが侵略戦争やる気マシマシです
「来たか。我が君よ、今日は面白いものが見られそうだぞ」
丁度午後のお茶の時間であった。ココが紅茶を、アンがお菓子を配膳をしている。
表情こそ変わらぬが、アム少年にはカリアの口調がが少し生き生きしているように感じられた。
部屋の壁面全体に都市から少し外れた荒れ地を映ると、そこには騎馬隊が整然として布陣で展開されていた。
本来なら今都市の外に展開している騎馬軍団は威圧的な砲艦外交なのだろうが、壁面の映像の右肩に巨大な都市全体図と比してその騎馬隊の表示では、アリが捕鯨を試みているようにしか映らなかった。
「来たか、待ちかねたぞ。一騎打ちの申し込みがあったのなら、ぜひ私にその栄誉を頂きたい」
鎧をカリアに修理してもらい、上機嫌のジュヌヴィエーヴが言う。アムがその言葉に不安になってカリアに聞く。
「何か策があるの?」
カリアはしれっとしてアムに顔を向けると言った。
「我が君よ、そもそも向こうがこちらの相手にならぬよ。余剰のナノマシンで生成したとはいえ、この都市はカリアティードやアクロテリオンと機能的に何の差異もない」
映像の中で旗手が辺境伯の紋章旗と彼帝国の軍旗を高く掲げているのが見える。
騎馬隊は、磨き上げられた鎧と槍を陽光に輝かせ、一糸乱れぬ静寂を保っている。本来はこの静かなる威圧感こそが彼らが単なる烏合の衆ではなく、恐るべき精鋭部隊であることを示すものであった。
映像が幾つかの枠に分かれて表示される。その一つには辺境伯の指示でトランペット奏者が一人馬で前進して、新生都市国家アクティナへ向け高らかにファンファーレを吹き鳴らしてきた。
辺境伯のすぐ傍らに控えた士官たちが、お互いに何か言いたげな視線を交わす。意地の悪いことに、その視線の最中に交わされた会話の音声をカリアが室内に流していた。
「おいおい、あるかどうかも知れない新国家とやらを見に来たと思ってたらこれだよ。人生いつ終わるかわからんもんだな」
小山のように立ち並ぶ高層建築に達観したようにつぶやく。そこにそわそわとした士官のささやくような発言が続く。
「あの、幕僚長殿、どうでしょう、小官には今やっていることに意味があるようには思えんのですが」
声をかけられた士官は振り返りもせず馬上での姿勢を崩さず憮然として答えた。
「もう俺は知らん。意味なんかある訳ないだろう。あんなものを相手に何をどうするんだ。大火事を今から飲んだエールのションベンで消す方が意味が分かるわ。中央の連中どもめ、クソをしても自分尻すら拭けぬくせに!」
一人が口を開かぬように歯の間から言葉を呟く。
「幕僚長どの、小官が思いますに、先方にあの都市に相応な軍隊があるとすればあまり刺激しない方が良いのではありまえんか?」
幕僚長と呼ばれた男がため息をついて言う。
「進言するなら何か俺が思い当たってなさそうな事にしてくれ……」
恐らくは紋章官であろう人物が、白旗を掲げて、一人でアクティナへの舗装道路へのゲート前まで進み出た。
「我こそは、偉大なる皇帝陛下の忠実なる盾、東方辺境伯カッサール様が使者! 辺境伯様は、貴国の君主に対し、直接お伝えすべき、緊急かつ重要な伝言をお持ちである! 直ちに城門を開き、辺境伯様と、その護衛隊の入城を許可されよ!」
幕僚の一人が誰にともなく言う。
「聞こえてるかな? 聞こえてないと良いな」
唐突にカリアが口を開いた。
『良く聞こえているぞ』
アム少年はカリアが発言のタイミングを図っていたことを確信していた。相手が人間なら底意地の悪い行為だろうが、AIとなるとその効果を図っての意図にヒヤリとするものを感じられずにいられなかった。
都市の屋外拡声子局からカリアの声が騎馬軍団へと響く。
『話を聞いてやるとは言わないが、言う事があればそこから言えばよい』
一瞬鼻白んだ様子を見せた紋章官が取り繕ってカリアの言葉に答える。
「否! この伝言は、帝国辺境伯の威儀を以て、直接伝えられねばならぬ、極めて重いもの! 辺境伯様は、武器を帯びた護衛五十騎と共に、入城される! これが我が主が示される、最大限の譲歩である! この条件を拒否することは、我が主君、ひいては皇帝陛下への侮辱と見なす! 再考を願う!」
一瞬の沈黙の後、カリアが簡潔に告げた。
『お前達では話にならぬであろうが。キサマらの皇帝とやらには、直接帝都に足を運んで苦情を述べるとする』
カリアがそういうと、室内一瞬だけにわずかな揺れが加わるのをアムは感じた。全壁面に映像が映し出される。辺境伯の騎馬軍団を含む景色が段々と下へと遠ざかり始める。
部下の士官たちが、目の前のあり得ざる様子にざわめくのを辺境伯が手を上げて制した。
信じがたいことに、目の前の小山のような都市は地下に隠れていた構造と共に、空中に浮遊し始めたのであった。
砂が瀑布のような音を立てて滑り落ち、軽い砂嵐のように騎馬隊に降り堕ちる。
士官の一人がこぼした。
「段々地道な辺境警備が馬鹿馬鹿しくなってくるな……」
「幕僚長どの?」
呼ばれた男は部下の声に頷くと、男は辺境伯へと馬を並べて言う。
「閣下、信じがたいことですが、あれが帝都に向かうのであれば我がグラスランドを横断します。我々も下がるべきであると進言します」
眉をしかめて上空の都市を仰ぎ見るカッサール辺境伯は答えた。
「うむ。何れにせよこの地が戦場になることはないだろう」
そう辺境伯が言うやいなや、僅かな唸り音が段々と甲高い音に変わって行った。無言の士官たちが馬上で上空のそれを見つめる中、その巨大な構造物は雷のような炸裂音と共にその姿を消した。
***
帝都はパニックに陥っていた。どこからともなく轟音と共に視界を覆う長大な構造物が空中に現れたからだ。
それは到着早々人の言葉を帝都全体に響かせて来た。
『我は都市国家アクティナの摂生、カリアティードである。保護条約の提案などというふざけた書簡をお使者と共に送り付けた帝国とやらに申し伝えに来た』
一度区切られた声がまるで山々を木霊するようにその余韻が響いた。
『断る!』
『この都市国家アクティナは始めから終わりまで完全な独立国家である。和平条約は通商条約などは検討するが、属国化を美化した無礼千万な下水のドブネズミにも劣る下種な論法などは通用せぬと知れ!』
『このまま帝都を火の海にしても良いが、我が君アム・アクティナス陛下は慈悲深いお方。その貴ぶべき慈悲を以って一つお前たちに選択肢をくれてやろう』
『一つの選択肢は、帝国はこれを我が都市国家アクティナの属国となること。今一つの選択肢は皇宮に始まり各所に点在する古代建造物に加え、古代魔法具を全て都市国家アクティナへ明け渡すこと』
『三分だけ待ってやる』
そこでその巨大空中構造物は沈黙をしたのであった。
アム少年は整ったそのカリアティードの横顔に恐々と問いかけた。
「そんなに大きく出て大丈夫なの?」
彼女はアム少年に顔を向けるとこともなげに言う。
「我々とホモサピエンス・シムラクラムでは勝負にならぬ。見ろ、攻撃がゴミのようだ」
壁面の映像に杖を持った魔導士の集団と何らかの移動砲塔に見える装備が映しだされ、その映像にカリアの解説が入る。
「あの砲門はかなり古いものだが、一応粒子砲だ。どこかで発掘したのだろうが、今回のことにかこつけて回収させてもらう」
「カリアはここにああいうものがあるのを知ってたの?」
「いや、あってもおかしくないとは考えていた。見ろ、第一斥力場を貫通することすら無理だ」
映像が都市の底面に切り替わり、砲門から伸びる光が逸らされる様子が映る。
「さて、そろそろ三分だな」
『さて、時間だ。貴国には二つしか選択肢を与えておらぬが、戦闘を仕掛けるとは礼儀知らずも甚だしい。よって罰則として帝国内全ての古代建造物及び古代魔法具を接収させてもらう』
カリアティードがそういい終わると、皇宮を始め、帝都の建造部の一部が溶解するように崩れ始めた。崩れたその構造材は砂のようになり、空中のその巨大構造物に吸い込まれていく。
砲撃を続けていた移動砲塔もその形を失い始め、最後には中の乗員だけが途方に暮れたようにその場にたち尽くしていた。
『帝都のみならず、帝国の版図とされている他の地域のものも回収させてもらった。何故そうなったかの上手い説明を、今から考えておくのだな』
すでに魔導士の部隊は攻撃をやめていた。相手にはキズ一つつけられず、空中に浮かぶはずもないその巨大構造物の威容に圧倒的な能力の違いを見せつけられていたからだ。
『一つ言い忘れていた。戦がしたければ、いつでも受けて立つ。我が君アム・アクティナスはあまりに慈悲深くてな。私にお前たちを皆殺しにする言い訳を是非与えて欲しい。では、その時にまた会おう』
そう帝都中に響く声が言葉を締めると、雷のような音と共に全てに影を落としていた威容が一瞬の内に消えていた。
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