第2話 タスケテ、ボタン一つでAIと人造人間美少女が人類を滅亡させようとしてきます
「むわぁぁぁぁぁぁぁ!!」
子犬に顔を舐められている。そんな夢を見ていると思ったら、ショートボブの少女に口の中をくまなくなめ尽くされている状況に目が覚めた。
「ちょっと!」
苦情を言ったアム少年にAIを名乗るショートボブの少女、カリアティードが冷静に返す。
「健康状態は良好のようだ」
「き、着替えるから出てって!」
ベッドからぴょん、と飛び降りて、大人しくドアの向こうへ少女が消える。アム少年はこういうシチュエーションになるには性別が逆なんじゃないかと思いながら身支度を始めた。
「ああいうの禁止!」
頭一つ以上背の低い少女に案内されながらその後頭部に話しかけていた。ドアがガス圧の音と共に開くと、そこには人造人間9HSSR-0029380239203984002789037423874、通商ココが紅茶を入れて人数分テーブルに配膳していた。
カリアティードがアム少年を見上げて言う。
「男性はそういうのを好むと聞いたのだが」
「それは、・・・・・・ちょっと、なんというか」
カリアティード勝手に納得をした表情を見せ、手を打つとショートボブが揺れる。一泊置いて床の一部が開口し、下から何やらせり出してくる音がした。
「年齢の問題だな?」
そのせり上がって来た床には、それぞれ十代前半から二十代後半くらいまでの様々な年齢のカリアティードが立っていた。
「奪還作戦にはこの義体が最適だと判断したが、今ならどれでも問題がない。好きなのを選んでくれたまえ」
アム少年は一瞬心を引かれた様子を見せたが、急に焦ってカリアティードに向けて両手を振る。
「今のカリアで良いから、下げて下げて!」
全員全裸だったのだ。
「そうか? 体つきとかも確認してもらえれば、好みのバリエーションへの変更も可能だぞ?」
「今のカリアでいいよ! 可愛いし!」
彼女の瞳の奥で光点が明滅する。
「愛称での呼びかけを確認。これよりこの個体をカリアとする」
事件結果を記録するような口調だったが、気のせいかひどく満足げな表情をしているようだった。
「9HSSR-0029380239203984002789037423874、聞いたか? 名前を賜ったのはお前だけじゃなくなったぞ」
亜麻色の髪の少女がアム少年の背を押して席に着かせる。ベーコンエッグと紅茶の良い匂いにと共に目の前にボウルが置かれて牛乳に浸されたシリアルが食卓に加わる。
「わー、おいしそう!」
喜んでシリアルのスプーンを口に運ぼうとしたアム少年の手首を、カリアティード改め、カリアがその見た目にそぐわない力強さでつかむ。
「9HSSR-0029380239203984002789037423874、ホモサピエンス・サピエンスへのアンブローシアの提供は事前告知が必要だと言ったはずだが」
「えっ! あぶなっ!」
シリアルに交じっている杏子色の小片が何であるか気づいた少年がスプーンを取り落とし、飛沫があやうく服にかかりそうになった。
彼女はアム少年から手を離すと彼に向けて言葉をつづける。
「良い機会だから説明しよう。アンブローシアの源泉はガラテア、いわゆる人造人間からの固形排泄物だが、成分的にはホモサピエンス・サピエンスにとっては完全食だ。またガラテアの腸内環境はホモサピエンス・サピエンスにとって理想的な環境に調整されているので、健康促進のためにも正直な話し、接種を勧めたいところではある」
ココ、亜麻色の髪の少女がいつも通りの眠そうな目に、わずかに読み取れる恍惚の表情を混ぜて言った。
「そう、コレは『ココの喜び』、アンブローシアじゃない」
カリアが首を振ってショートボブを揺らしてその言葉を叩き落とす。
「心理ベースの命名は無意味だ。事実と成分ベースの話をしている。いや、心理ベースの話しでもあるか。アンブローシアを告知無しに摂取して後に知らされたホモサピエンス・サピエンスは心理的になキズを負ったという記録もある。ゆえに、事前告知が法によって義務付けられているのだ」
アム少年が異物混入したシリアルに目を向けてはそらす。何かに思い付いたように一縷の望みをかけて言った。
「あ、これって、なんか処理とかされてるんだよね?」
亜麻色の髪をゆらしてココは年相応の少女のように頬を赤らめて言った。
「・・・・・・産地直送」
アム少年の手がシリアルのボウルをそっと押して遠ざけた。
***
食事も終わりを迎えた頃、カリアがアム少年に問うた。
「所で、あのカテドラルでは命の危機にあったように見えたが、どういった顛末だったのだ?」
彼女の小さな手がカップをソーサーに置いた。
「ああ、なんか故郷の村で光魔法の適性があるんじゃないかとか言われて、最寄りの都市の教会に連れていかれたら、なんか帝室の人以外適正があったらだめだとか言われて殺されそうになってた」
一瞬の沈黙の後、カリアが怒りに任せたようにテーブルを両手で叩いて立ち上がる。それを合図にテーブルの表面三か所から手のひらサイズくらいの開口が開いて透明なカバーのついた真っ赤なボタンが現れた。
アム少年は急な癇癪に驚いて彼の左右に座ったココとカリアをキョロキョロと見回すと、二人とも無表情で目が座っている様子にうすら寒いものを覚えた。
カリアが立ち上がった勢いで少し乱れて顔にかかった髪を気にする風でもなく口を開いた。
「これよりプロメテウス揺り籠法(人類保護法)第二条三項、ホモサピエンス・サピエンスの脅威になりえる存在の排除、に基づいて中性子クラスターミサイルによる全ホモサピエンス・シムクラムの主要拠点への爆撃実行の採決を取る。爆撃を可とするものは眼前のボタンを押されたし」
「うわー! ちょっとまって!!」
躊躇なく透明のカバーを開けようとする二人をアム少年は必死に止めようとした。その後しばらく不毛なモグラ叩きがループするショート動画のような惨状が、朝の食卓の上で繰り広げられたのであった。
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