第23話 名前のない感情
ある日の休日。私は珍しく外に出ていた。もっとも、普段と変わらず基本的には部屋の中で過ごしているのだが。
その日は特に寒く、何か温かいものが食べたくなって買い出しに出ていた。買い物を終え、帰宅する途中で、メッセージが届いていることに気がついた。
シンガポールにいる彼女からだった。
仕事はあと三日で終わり、その二週間後に帰国するらしい。それまでの間は少し観光をして帰るつもりだという。
「もしこちらに来ることがあれば、またドライブでもしませんか」と送ると、彼女もこのあたりに観光で来る予定だと言う。「そのときは連絡してください」と伝えた。
彼女は、ここにいる間、ほとんどの時間を仕事に使っていた。だから、このあたりのことにはあまり詳しくないはずだった。
来るなら、どこか食事にでも行こうか。なんとなく、そう思った。
やがて彼女が到着し、迎えに行った。車の中で少し話をする。
仕事はどうだったか、日本での生活はどうだったか。そんな、ありふれた世間話だったと思う。
彼女は、私の質問に丁寧に、言葉を選びながら答える。そのしぐさが相変わらずで、彼女らしさを感じた。私は、それを愛おしいと思った。
愛おしい?
今なら、その言葉があのときの気持ちに一番近いと思う。けれど当時は、ただよくわからない、不思議な感情だった。
言葉にならない思い。
ただ一つ、はっきりしていたのは――このまま、もう会えなくなるのが嫌だ、という気持ちだった。
相変わらず、「好き」だとか「愛している」だとか、正直よくわからない。私は自分の感情がつかめないことが多い。
そういうとき、決まって映画や小説の場面を思い出し、そこに自分の気持ちを当てはめてみる。
けれど、すぐにしっくりくることはない。しばらくは、どこかちぐはぐなまま、言葉と感情を重ね合わせていく。
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