乃東かるるの手記①

 夕陽が傾くと、田が金色に光りはじめる。稲穂が風に揺れて波のように起伏するたび、赤とんぼの群れが飛び、すいと空を滑っていく。


――故郷の秋風景が、私はいちばん好きでした。


 家々の高い垣根。

 どこかの家のカレーライスの香りが漂ってくる……夕風に混じって流れてくる平和な生活の匂いを嗅ぐと、ああ、長閑のどかだな町ぜんぶがひとつの家みたいだと思っていました。


 私の故郷は、三方を山に囲まれた小さな町です。


 山というより、壁のような稜線が幾重にも重なり、外の世界を遠くへ押しやるようにそびえています。


 電車は昼間でも一時間に一本。

 私が高校を卒業するまでは、最終電車が夜九時三十四分まででしたが、今年のお盆に久々に帰省したら最終電車が更に早くなり夜八時五十分となっており、人口が減っているから電車やバスも本数を減らしているのだろう。


 故郷も消滅可能性自治体であるから若い人の流出が止まらないのだなと思いました。

 かく言う私も、大学進学と共にここを出て就職も京都でした。


 大学進学を父に相談した時、こんなことを言われました。


「こんな何もないとこに残らんでええ、お兄ちゃんもお前も、妹もこの地から出るんやぞ」


 と。あの言葉の真意は単純な「何もない田舎から出て街で新しいものを見て暮らせ」と言う意味かもしれないが、私は調べ物をするにあたり何が理由があるのではないかと勘繰っています。


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 谷筋には細い川が一本流れ、その川に寄り添うように段々の田が続いています。


 どの田も石垣で縁取られ、春は雪解け水が白く泡立ち、夏には稲の青が水鏡を覆う。秋には金色の藁が積まれ、冬になるとすべてが白に沈み、耳が痛くなるほど静かになります。


 町の中心には、まばらに並ぶ数十軒の家。

 納屋の屋根は厚い板葺きで、軒先には干し柿が吊るされ、風鈴の代わりに古びた馬鈴が揺れていました。


 家々の間を縫うように小道が通い、ところどころに石祠や祠堂がある、綺麗に手入れされているので町の古老の皆さんが手入れしているのでしょう。


 村はずれには楢と杉の混じる森があり、昼でも薄暗く、地面は常に湿っていて私は気味が悪いこの森が嫌いだった。


 大きな道は一本きり。峠を越えれば隣町に抜けられますが、冬は雪で閉ざされ、台風の季節には土砂崩れで通行止めになることも珍しくありません。


 そうした災害や豪雪の夜は、私はよく思ったものです



――「この町だけが、世の外に取り残されているみたいだ」



と。


 町を囲む三方の山のうち、東の峰を「狭名倉山さなくらやま」といいます。

 祖母はよくこう言っていました。


 「狭名倉山さなくらやまには“いかんもん”が居る。それがこっちに来んように、名倉神社の神さんが守っとるんやでな」


 “いかんもん”とは何か尋ねても、祖母は「ようわからん」と首を振るばかりでした。

 ただひとつ、こう付け加えたのです。


 「神さんをちゃんと祀って、一年に一度お礼をせなあかん。ほんなら、また来年も守ってくれはる」


 その言葉の意味を、私は長いあいだ「信心深い地元の教え」くらいにしか思っていませんでした。


 けれど、いま振り返ると――あの“守る”という言葉の裏には、何か“裏に意味がある”響きがあった気がするのです。

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