幕間3 桐谷一花③


 私はベアトリクスに告白された。


「性的にみているのはしょうがないだろう。私は君の事が好きなんだから」


 会話の流れでうっかりとこぼれてしまったような告白。

 とらえ方次第では、冗談や友達として好きだと言っているようにも受け止められるそれを聞いた時、私の表情は歪んだ。

 今まで私にアピールをしてくれていたベアトリクスが、愛を言葉にしてくれた嬉しさ、そしてそんな彼女を利用している罪悪感で。


「ベアさんが私の事大好きなことは知ってますよ!」


 今にも泣きだしそうな気持ちを抑えて、無理やり作り笑いを浮かべながら私はそういった。

 胸がドキドキする。人から愛を言葉にされることがこんなに嬉しいものだとは思わなかった。

 そしてその感情に気づけば気づくほど、私がベアトリクスにしてきたことの罪深さを再認識させられる。


 ダンジョンの下層で、助けに来てくれたベアトリクスの姿を見た時、私の彼女への思いは確信に変わっていた。

 私のベアトリクスへの想いは、保護者への信愛から、一人の人間に対する愛になった。

 これを世間では吊り橋効果というのだろうか。そうだとしたら、それでもいい。

 後ろめたさから、逃げ続けていた私の想いの結論だ。


 そして、彼女への想いが確信に変わったタイミングで、この告白である。

 舞い上がり、高揚し、言葉にしてくれたことが嬉しく、そしてそれと同じだけの罪悪感。


 私はどうしていいかわからなかった。

 いつも助けてくれているベアトリクスだが、今回ばかりは助けてくれないだろう。

 そうして、私が彼女への返答をごまかすと、ベアトリクスは……とてもやさしい顔をしていた。


 私のどっちつかずな態度に、ベアトリクスは深く傷ついたはずだ。なのに私へ向けられる表情は、優しいものだった。


 私は心が壊れそうだった。

 心の内から愛があふれてくる。

 私も好きだと、伝えたかった。


 でも、そう思うのと同時に家族の顔が浮かんでくる。

 私を心配しているであろう家族の、1か月会っていないだけでは色あせない彼らの顔を。


 ベアトリクスへの感情が確信に変わっても、自身の愛を伝えたいと思っても、なお消えない両親の顔。


 何故私はこんな目に遭っているのだろうか。

 好きな人に好きといわれて、素直に喜ぶことすらできない。

 好きな人を傷つけて。


 その後、会話もそこそこに私達は明かりを消して各々のベッドで横になった。


 隣のベッドで眠るベアトリクスも寝れないのだろうか、いつもよりも寝返りが多い。


 無理もない。今日一日大変な目にあって、そのうえで私のこの態度だ。

 きっとベアトリクスは苦しんでいる。

 

「……ベアさん。少しいいですか?」


 私は話す内容も纏まっていないまま、ベアトリクスに話しかけた。


「ああ」

「あの……さっきの告白の件なんですけど」

「それはもう……いい。わすれてくれ」


 私は愛を言葉にされて嬉しかった。

 そして愛を言葉にされて嬉しいのなら、傷ついている事を言葉にされると、苦しかった。

 私は取り返しのつかないことをしてしまったんだと、気づかされて、絶望しそうになる。


 狂いそうだ。

 見捨てられてしまう。

 私は……。


「ベアさんが私のことが好きな事はずっと前から気づいていました。理由は未だに分からないですけど」

 

 私は言い訳を始めた。


「でも私、その気持ちに気づいていてそれでも逃げていました。私はいつかこの世界から元の世界に戻りたいってそう思っているから」

「……そうだな」


 ベアトリクスの短い返答、それすらも今は鋭い刃のように私の心に食い込んでくる。


「でも……今日ベアさんとはぐれて、不安でしょうがない時に浮かんで来たのは家族の顔と、ベアさんでした。そしてベアさんに会いたいって強く思ったんです」

「危険な状況で守ってくれる存在を求めるのは普通の事じゃないか?」

「そうかもしれないです。でも、私の中でベアさんの存在はそのくらい大きくなっています」


 本当はただ彼女の事が好きなだけなのに、言葉を濁して自分の都合のいいように改ざんしてベアトリクスに話している。

 私は悪だ。


 私はベッドから起き上がって、ベアトリクスのベッドに入り込んだ。

 そして、彼女の背中へ身体を寄せる。


 温かい。

 頼もしくて、普段は大きく見える彼女の背中が、今は小さく見えた。


「私がどうしたいのか、ベアさんの気持ちに答えられるのか。それはまだわからないです。でも逃げずに答えを出すので、それまで私と一緒にいてくれますか?」


 私は嘘をついた。

 答えはとっくに出ている。

 でもそれを言葉に出来ない。

 だから、保留という形で逃げることにした。


「イチカ……うん」


 声を震わせて、少女のように泣きながらそう答えてくれたベアトリクスに私は安堵した。

 そして取り返しのつかないことをしてしまった罪悪感で、彼女が眠るまで、私は眠れなかった。

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