大魔法使いミーナの偉大なる軌跡

些阨社

第1話 旅立ち(箒と魔力塔)

 夜の空の風は冷たい。

 家を飛び出したミーナは箒に乗り空を飛んでいる。背中に人形のように動かないアウムラウトを担いで。

 箒は車と同じくらい普及している乗り物だ。大昔は集落に一人は箒作りの出来る人間がいたそうだが今では箒作りは専門職となっている。箒にはオーセントとメカニカの二種類がある。前者は職人オーセント手作りの、後者は工場で生産される工業品であり、元々は軍用兵器だが性能を落とした民生品が販売されている。どちらも高級品ではあるが、メカニカの中古や軍からの払い下げなどが多く出回ることにより箒は広く普及した。今一般に箒とはメカニカを指す。オーセントは特別な素材を使用し作り手特有の癖などがあるが、メカニカは規格化された部品を使用し安定した性能が出せる。一般的にはオーセントの方が優れているとされるが、自身のエーテルを使い飛ぶオーセントに対し、最近のメカニカはそれに追加して魔動増槽カートリッジを取り付けることが出来、航続距離の点では優れている。メカニカはロウチャード工廠製が市場の殆どを占めるが、小規模な工場や新興のメーカーも存在している。ミーナは家にあった古ぼけた箒を引っ張り出して使っている。詳しくないのでオーセントかメカニカかは分からないが、カートリッジが付いていないのでずっと飛んでいると疲れる。

 一般人の夜間飛行は推奨されない。何故なら夜は獣の活動が活発になり、獰猛な鳥達に襲われる危険があるからだ。最悪、帰らぬ人となることもある。どれくらい飛んだのだろうか、そろそろ疲れて来た。

 「あの魔力塔辺りにするかあ」

 人の往来のある所には大概、魔力塔なるものがある。昔からあるそれは人の倍程はある丈の枯れ木の様な姿で、先端にある膨らみが青白く光っている。その光は大地から吸い上げたエーテルの輝き。魔力塔の光は邪悪を払うと言われ、実際危険な獣達が近寄らず旅人達の休息所として機能している。また、強力な魔力塔の側には人が集まり集落が出来た。それは村や街となりやがて大都市へと変化していった。街と街を繋ぐ街道沿いに魔力塔が点在すると言うより、魔力塔のある所に道が出来、街が出来たと言う方が正しいか。魔力塔は新しく作ることが難しいため、その周辺での争いは厳禁との不文律がある。

 ミーナは適当な魔力塔に降り立つ。大きさは普通だが、一人くらい問題無い。魔力塔の光は温かく、心を落ち着かせてくれる。ふと思い出しポーチから器具を取り出す。

 「前にヴォズさんがくれたヤツ。何となく持ってきたけど……、使ってみるか」

 それは狩猟団アジトにお邪魔していたミーナがサリクトとの思い出を残したいと溢した折、偶々通りかかったヴォズ・ヴィズが良いものがあるとくれた物だった。手のひらにちょこんと乗っかる大きさ、その名は魔導式連続空間記録装置、アカシア。ミーナはそれを手のひらに乗せる。

 「よし……」

 そして天を指さしポーズをとり、

 「私の偉大なる道はここから始まるのだ!」

 と言いながらミーナは手のひらのアカシアを起動させる。すると、ブルブルッと小さく震えてヒュンと飛び上がる。

 「おー!」

 そしてそのまま見えなくなった。暫く眺めていても一向に現れない。

 「えー……。早速無くしちゃったじゃん……」

 一人肩を落とし座ると無言で徐ろにポーチから食べ物を取り出す。家を飛び出してから何も食べてない。

 「食べよ……」

 固めのパンと干し肉、一度調理したものを固めて乾燥させた固形物。コップに水を入れ握ると水が温かくなるのはコップに刻まれたグリフの効果だ。そこに乾燥したものを入れほぐすと濃いめの味付けのスープになる。

 小脇にアウムラウトを抱え込み、パンを齧りスープを啜る。干し肉をナイフで切り口に入れる。ふう、と一息吐く。半日で着くものと出てはみたが、まだ道は遠そうだ。夜空には星が瞬いている。サリクトは何をしているのだろうか。同じ空の下とは言うが、遠くよりは近くにいた方が良い。背中のアウムラウトは呼び掛けても答えてくれないので少し寂しい。

 向こうに小さく見える明かるい所が帝都だろうか。取り敢えず小腹も満たされた。箒に跨り、帝都へ向かおう。朝日が昇る前には着くだろう。

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