還る場所は沈む夢と同じ

満月 花

第1話



ーー20××年、過去に行けるタイムマシンが完成した。


マシンに乗り込むと過去に飛べる。


ごく自然に、感覚もそのままに行動出来る。


しかし、絶対的ルール。


過去の自分に会ってはならない。

過去に干渉してはならない。

過去を変えようとしてはならない。


あくまでも傍観者。

たとえ何かアクションを起こしたとしても

すでに決定された未来は自動修正される。

未来は変えられない。


そういう決まりだった。


世間から賛否両論あった。

科学的にも倫理的にもタイムトラベルを擁護出来ない意見も多くある。


しかし過去の再現、懐かしさ、あの時代に戻って空気を感じたい

そういう人は多い。


私もそのうちの一人だ。


あの頃の懐かしい思い出を再度体験したい。

渡された帰還用チョーカーを首に装着して

切なさと喜びを胸にマシンに乗り込む。


光と速度、そして浮遊感

規則的な音が流れて意識がフッと途切れた。


到着のアナウンスで目が覚める。

ひっそりと建てられた建物から出る。

期限は12時間。


自分に会う事も許されていない。

意図的に己と出会ってしまったら

未来を改変しようと動くだろうと

直接会う事は禁じられている。

何もせず遠巻きで観察する事は許されていた。


設定したのはあの日の誕生日、友達と家族にお祝いされた。


欲しかったラジコンをプレゼントされて

笑顔の父親と一緒に遊んだ。

父親が亡くなる寸前の人生最高の日だった。




街並みを歩く。

よく通った小さなお店

カード欲しさに親にお菓子をねだったな。

だけど、やがて跡継ぎがいないとこの店も閉店になる。

そんな事実が切ない。


毎日のように遊びに行った公園

こんなに小さかったか?

子どもたちが遊んでる。

笑顔でブランコを揺らして

楽しそうにはしゃいでる。


未来じゃ、もう誰も遊ばずにすっかり寂れて

遊具も危険と見做され撤去され

今ではシニアの運動公園となっている。


小学校も古い校舎のまま。

軋む窓枠、建て付けの悪い扉

しかし、改築され未来は綺麗になってるはずだ。


ちょうど休み時間だったらしい。

子どもたちがグラウンドに出て遊んでいた。


その中に自分を見つけた。

仲良しグループでボール遊ぶしてる。

とびきりの笑顔で笑っている。


これから色んな事あるけど、頑張れよ。

心の中でエールを送った。


それからしばらくぶらぶら町を探索する。

すれ違う人々の中、誰も気づかない。

ここにいるのは未来人だぞ!

そう言っても誰も信じないだろう。


昔、よく通ったレストランで懐かしいメニューを

しみじみ味わいつつ時間を過ごす。


そっと陰から見た家族も元気そうにしている。

あんなに若かったんだな、みんな。

自分だって小さいんだから当たり前だけど。


父親が予約したケーキとプレゼントを持って

誕生日を迎える息子のために早目に帰宅した。


最高の気分だった。

ラジコンの箱を枕元に置いて寝たっけ。

休日に父親と遊ぶ約束をして。



辺りが夕暮れに染まり始めた時

チョーカーが振動し出した。


もうそんな時間か、切ない気持ちを残しつつも

マシンのある建物に戻る。


また、いつの日か戻って来たいな。

あの懐かしい温もりの中に。


マシンに乗り込むと起動音と振動に身を任せた。




戻ってきた施設で説明を受けた。

タイムトラベルの自己責任の確認、注意事項の要項

それらの用紙に目を通しながらロビーで余韻に浸っていた。


不意に誰かの話し声が耳に入る。


「もう、何回かしらあの男の人、今日も来てる」


画期的な発明でもあるこのシステムは利用にかなりの費用と予約が

殺到してる。

一回で海外旅行が出来るくらいの値段だ。

なので、大抵の人は1、2回で終わる。


ノスタルジーに浸りたい。

生き別れた人をもう一度見たい。


そんな人が殆どだ。


なので、そこまで過去に行きたがるというのも

よほど未練があるのだろうか。

見るだけで何も出来ないなら、余計に辛くなりそうなのに。



噂の男の人が軽く目で挨拶しながら自分の隣のソファに座った。


ちょっと緊張する、でも興味がある。

かといってどう話を切り出せばいいのやらと悩んでいたら

あちらから話しかけてきた。


今日が初めての体験だと私が告げると

私は何度も来てると男の人は寂しげな表情を浮かべた。


顔に出ていたのだろう、男の人は打ち明けくれた。


助けたい人がいる。


もう何度も試しているけど、救えない。

手を差し伸べても変わらない。

目の前で失う。



でも、過去に干渉してはいけないし、過去は変えられないはず……。


私がそう言うと、男の人は俯いた。


わかっている。

だけど、0%絶対にないという確証がないなら

1%でも賭けたい。


そのうち出入り禁止になるかもしれません。

それでも頑張ってみたいんです。


男の人はそう呟いた。


トラベラーは懐かしい思いに浸って帰る。

悲壮な気持ちで帰る人もいる。

絶望して帰る人もいる。


それでもマシンは予約がいっぱいだ。


必ずしも楽しい思い出ばかりではない。

けれど乞い願う気持ちが人々にはある。


施設の最上階。

ここでタイムトラベルの制御をしている。

職員がモニターをチェックしながら、操っている。


タイムマシンに乗り込む男がモニターに映し出された。


亡くした恋人を救うためにタイムトラベルを繰り返している男。


研究者の一人がデータを確認しつつ、ため息を漏らす。


あれほど、過去は変えられないと言っているのに。


ガラス越しにマシンを見下ろす。


この装置は本人の脳内の記憶を再生しているだけだ。


彼らはリアルな過去の夢を見てるだけ。

だから、過去の記憶に忠実に再現される。

思い出も出来事も事件も克明に。


モニターにはマシンという名のカプセルで体験者が深い眠りについている。

脳内再生された記憶の欠片の音も匂いもより没入感を得るために

カプセルで再現されてる。


意識を飛ばし過去を体験出来るシステムだ。

だから、過去は変えられないというルールで幾重にも重ねて

暗示をかけている。


記憶のタイムトラベル、このマシンはそういうものだ。


でも中には悪夢に囚われてしまう人もいるので

ここで心拍や脳波をチェックして体験者に負担があれば

強制的に覚醒させている。


無意識に強烈な過去の想い出に引き寄せられる場合もあるから。


出来れば、懐かしい楽しい過去の想い出を体験して欲しい。

申し込みの案内にもそう明記している。

なので、負担のない過去を体験したい人をなるべく選んでるつもりだ。


しかし、あの恋人を亡くした人は全てを知っている。


だって、開発者の一人だから。

悲しく辛くても、あの時間に助けれなかって自分への贖罪も兼ねて

開発の向上のために被験者に名乗りを上げたのだ。


そう、全ては想い出の中。

忘れられない記憶を紡いでいる。


……それでも彼らは願う。


記憶の中の景色をもう一度味わいたい

過去の自分を見守りたい


自分の中にある積み重ねてきた人生を振り返りたいと。



マシンに身を委ねて静かに目を閉じる。


——還る場所は、いつも沈む夢と同じ。

手を伸ばせば触れられそうなのに、けして届かない。


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還る場所は沈む夢と同じ 満月 花 @aoihanastory

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