第2話 風の匂いが近づく朝
足音が、アスファルトを軽く叩く。
朝の街はもう、完全に目を覚ましていた。
俺はネクタイを片手で締めながら、もう片方でパンを押さえる。
「急げっ!」
でも、そんな時に限って、靴紐がほどけるんだよな。
立ち止まって結び直す余裕もなく、
心の中で「後でいい」とつぶやきながら、歩幅を少し狭めた。
角の先に見えるコンビニの青白い光。
あそこで新しい人生が売ってるなら、俺は買うかもしれない。
昨日と同じ朝を繰り返すのに、今日は少し違う気がした。
同じ頃、反対側の歩道。
彼女はカフェアプリのモバイルオーダーをスワイプする。
「いつもの」を押す動作が、もう癖になっている。
店員に名を呼ばれ、受け取った白い紙カップの温もりを確かめる。
“温度、香り、リズム——全部予定通り。”
彼女の一日は、Apple Watchが教えてくれる完璧なテンポで進む。
信号待ちの間に、メールの通知が2件。
指先で既読をつけ、思わずため息が漏れた。
「完璧って、ちょっと疲れるな……」
ふと、指先に伝わる紙カップの温もりが、
ほんの少しだけ心をほぐした。
ほんの一瞬、彼女は顔を上げた。
空は澄みすぎていて、どこか嘘みたいに青い。
カップを傾けると、風が前髪をさらっていく。
——ほんの少しだけ、風の匂いが変わった。
次の交差点まで、あと40メートル。
2人の足音が、
まるで同じテンポで街を刻みはじめていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます