第17話 乾いた手掛かり
「リリー、血が出てる」
後ろからマティアスに手を取られ、顔を青くしてしゃがんでいたリリアベルは、揺れる瞳のまま彼を見上げた。
大好きな灰色の瞳が、心配そうに見下ろしている。
「あ……棘で刺しちゃったみたいで」
「そうみたいだね。傷を見せて。……ああ、結構深いな。早く戻って手当てしないと」
リリアベルを立ち上がらせ、手袋をするりと奪い取ったマティアスは、血の滲む指先を見つめながら瞳を揺らした。
この世界には、治癒魔法は存在しない。
攻撃や防御、物を浮かせたり火をつけたり──そういったことはできるが、怪我や病気を治すような魔法は存在せず、だからこそ王城薬室で薬の研究が行われ、王城医師団が治療方法の模索を必死で行っているのだ。
マティアスは上着の内ポケットから綺麗に折られたハンカチを取り出すと、止血のため、それをリリアベルの指にそっと宛てたまま彼女に渡した。
「大丈夫?」
先程のような命の危機でもないのに、マティアスは気遣わし気にリリアベルの瞳を覗き込んでくる。
あまりに過保護で優しい幼馴染の姿に、リリアベルは微笑んだ。
「うん。出血のわりに、そんなに痛くないし大丈夫。転移門の先が王城医師団になってる意味があったわね」
転移門は、基本的に一つにつき対になる一箇所にしか移動できない。
だが王城医師団に設置されている転移門は、王族専用の王宮転移門と同じ特別製で、複数の場所と繋がっており、必要に応じて転移先を変えられる。
王城医師団に設置されている転移門は、王立学園を始め、いくつかの主要な領地の医療施設、それから王都の中心にある国立病院と繋がっている。
医師の派遣が必要な有事の際に役立てるため、何代か前の国王が提案して設置された物だ。
もちろん許可証がなければ通ることはでいないが、それでも、各地の医療の連携は格段に向上し、王国の繁栄に貢献しているのは明らかだった。
「マルコ、そろそろ戻れる?」
マティアスに問われ、マルコは採取したガーシャロが入った袋や瓶などを一箇所に集めながら答えた。
「こっちはもう終わる。葉も花弁もこれだけ集めれば充分でしょ。花を持って行った誰かさんの調査の時に追加で回収してもいいし、株も掘り起こせた、か……ら──あれ、ちょっと待って」
掘り起こしたガーシャロの株スレスレに顔を近付けたマルコに、皆が視線を集めた。
じっと鋭い棘が光る茎を観察しながら、マルコが言った。
「これ……拭ってあるけど、多分血が付いてた跡だよ」
「血?」
片眉を上げたマティアスがマルコの元へ足を向け、手を引かれたリリアベルと、少し離れた場所で周囲を警戒していたフーゴもそれに続いた。
「見て、ここだよ。この棘から始まって……そのまま上の葉の裏でしょ? それからもう一つ上……で、最後にこの棘まで血が続いていたと思う」
花と根のちょうど中心の辺りにある太い棘から、つーとなぞるようにマルコが指を上へ動かした。
ぱっと見ではわからないが、示された棘や葉脈には、拭き取りきれなかった血が微かに赤黒い粉となって残っていた。
「リリーと同じで、密集していた隣の株の花を千切る時に棘が刺さったようだね。急いでいた犯人が思いっきり腕を引き上げて、血が残ったんだろう」
「では、犯人は怪我をしているということですね」
「ああ。これでグッと探しやすくなった」
リリアベルはその固まった血の粉を見つめ、閃いた。
「あの……マルコ。この血、採取できませんか?」
「「「え?」」」
彼女の発言に、全員が訝しげな表情でリリアベルを見た。
一斉に顔を向けた三人の圧に思わず一歩後ずさってしまったが、リリアベルは言葉を続けた。
「もし……もし血から魔力を調べることができれば、もしかしたら犯人を探せるかもしれません。魔力って、量や濃度が人によって違いますよね? どうすればいいか、具体的にはわからないけど……薬草から薬効成分を抽出する時みたいに魔力だけを抽出するとか、できれば──」
せっかく血が見つかったのだ。
梨々香だった前世では、DNA鑑定で犯人を特定したり証拠にするのは当たり前だった。
この世界にはない方法だが、上手くいけば手掛かりになるかもしれないと思い、血を採取して保管するようマルコに提案してみた。
「すっごいじゃん!!」
リリアベルが言い終わらないうちに、マルコが目を輝かせ大声で言った。
「何それ!? 血から魔力を抽出する!? 血の成分を調べるなんて、何その発想! 面白いじゃん!」
マティアスとフーゴも、ふむと考え込むような仕草で花に残った血の跡を眺めた。
「確かに、それができれば画期的だ。さすがリリーだね」
優しく微笑まれ、リリアベルは笑みを返したが、心の中は不安でいっぱいだった。
(もし、花を奪った犯人が毒を作ろうとしているなら、絶対に捕まえなきゃ……。絶対に、マティアス様を死なせたりしない!)
マルコはリリアベルの提案通り、ガーシャロに残っていた乾いた血液の粉を小さな瓶に集め終わると、パチン、と大きく音を鳴らして指を弾いた。
「……あれ? ガーシャロは……?」
音と同時に、リリアベルは混乱した。
マルコの方を見ると、彼の足元にまとめてあったはずの採取した素材はもちろん、植わったままのガーシャロも見当たらない。
それどころか、先程までリリアベルが回収していた 葉の詰まった袋さえ、なくなっていた。
驚き視線を彷徨わせたリリアベルを見て、マルコが笑った。
「あはは。目がまん丸じゃん。隠匿魔法で隠しただけだよ。僕の得意な魔法。このままガーシャロ持ち歩いてたら、すんごい目立ってマズいでしょ」
「あ……幻の花、でしたね。隠匿魔法って凄く珍しいですよね。初めて見ました」
ガーシャロは金に輝く葉を持っているので、ただ持って歩くには人目を引き過ぎてしまうだろう。
長い間言い伝えられてきた伝説の花を袋詰めにして城を闊歩するなんて、リリアベルには到底できそうになかった。
身体強化が得意なフーゴは、器用に目に魔力を集中させ、マルコが隠したガーシャロが見えているらしい。
見えない何かを両腕に抱え込み「準備できました」と言わんばかりに視線を向けて来た。
「ひとまず、城へ戻ろう。リリーの怪我が心配だし、今はあまりここへ留まるのも危険だから」
「僕が一緒に行動してたら、さすがにちょっと怪しいでしょ。後から行くから、リリアベル達はまず先に帰って手当するのがオススメだよ。マティアスとフーゴが一緒なら、護衛から外れても問題ないでしょ」
そう言い学園の転移門の前でひらひらと手を振るマルコを置いて、リリアベル達は転移門をくぐり、出発した時と同じ、王城医師団にある転移門の間に戻っていた。
「リリー、すぐに傷を見てもらおう」
マティアスに手を引かれ、リリアベルは棟内の別の部屋──診察室へと向かおうとした。
だが、転移門が設置されている部屋から出ると、王城医師団の棟全体が、何やら騒がしい。
「……何かあったのかしら? 今すれ違った方も、凄く急いでいたけど」
リリアベル達の横を通り抜けた医師団員が、包帯や大きな薬箱を抱え、慌てた様子で会議室へ入っていく。
それ以外にも、他の医師団員や数名の騎士達が廊下を忙しなく行き来しており、三人が首を傾げていると、マティアスに気付いた壮年の騎士が駆け寄ってきた。
白髪の混じる濃い灰色の髪を一括りにした、厳しい顔の大柄な騎士は、王宮警備を管轄している第一騎士団の副団長だった。
「殿下、お戻りでしたか」
「ダーランド副団長、何かあった?」
マティアスの前で立ち止まったダーランドは、胸に拳を当てて視線を下げた略式の挨拶をすると、鋭い目元をさらに光らせ、低い声で言った。
「先程、第二騎士団の従魔舎から契約前のグリフォンが脱走して騒ぎになったのです。主人が決まっていない状態だったので、制圧に時間がかかり、怪我人が多数出てしまいました。正確な数は調査中ですが、重傷者は診察室、軽傷者は会議室で治療にあたっています」
ダーランドに示され、マティアス達はすぐ目の前の会議室へ足を向けた。
部屋の中を覗き込むと、五人ほどの患者が簡易で作られた治療と問診のための席に座り、診察を受けている。
その中に見知った顔を見つけ、リリアベルは心配で思わず眉根を寄せた。
「──おかえり、リリアベル」
医師団員に腕を差し出し、今まさに包帯を巻かれ、椅子に座って処置を受けていた男性が、リリアベル達にふんわりと柔らかな笑顔を見せた。
手当を受けていたのは、王城薬室の研究員である、薄茶色の長髪をさらりと流した優しげな笑みの男性──グレアムだった。
リリアベルの薬草園〜悪役令嬢は婚約破棄して解毒薬作りに専念したいのに、愛が激重な腹黒王子が離してくれません!〜 桃野 まこと @Makoto-3716
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