辺境の天才はいかにして皇帝となり、何ゆえに死んだのか?
砂嶋真三
第1話 運命の序曲。
忘れえぬ日々へ捧げる。
リアナ・カリージョ 著
(翻訳 / 砂嶋真三)
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黄金の右腕、帝国の支柱、眠りを知らぬ偉大なるナンバー2。
マチルダ・ヴァミューダ参謀総長兼大法官は、貴族たちから送られた皇帝への陳情書に埋もれそうな夜に決まって考えることが一つある。
あの日、あの時、あの丘で──。
あの男を突き落とさなかったのは、人生最大の失敗だったのではないか、と。
◇
C.C.1750年、赤の月、10日──。
ロマニア東部ボルトヒル丘陵群にて、ロマニア連邦王国軍とギ人民共和国軍の会戦が始まった。
「ダメだ、やめろっ、そちらは――あああぁ、だからダメだっ!」
丘上から戦況を見下ろしながら、ひとり身悶えている男がいた。
レオンハルト・ロゼ。
小柄で童顔のためか、軍服を着ていなければ少年にも見える。
「大尉殿」
「バカものっ! そちらは――」
「レオンハルト大尉っ!!」
「うるさい、なんだっ!? ああ、マチルダ少尉か。連隊長かと思ったぞ」
「今のどこが連隊長の声に似ているのですか! だいたい──まあ、いいです」
面倒になったので、性別が異なる──という抗議の言葉は飲み込んだ。
「どちらもキンキン声だからな」
「……」
マチルダは深く息を吐き、怒りを押しとどめた。
歩兵大隊500名の視線があるからだ。
「ところで、大尉。我々はこのまま動かなくて良いのでしょうか?」
「動かないのが我々の仕事だ」
「ですが、兵たちは勝ち戦に乗じたいと……。連隊長殿に一度具申されてみては?」
大方の兵士は連邦王国軍の勝利を確信していた。
「愚かしいことを言うな、少尉」
レオンハルトは人相悪くニヤリと笑う。
「この会戦は必ず負ける」
「──はい?」
「ゆえに、『丘の上から眺めていろ』という低能の──いや、連隊長の指示は幸運だった」
「それは幸運というより単に大尉が嫌われ――」
「だが、歯がゆい面もある。少尉、あれを見ろ」
レオンハルトが指さした先には、半ば砂に埋もれた巨大な構造物が丘の斜面に横たわっている。
「古代遺跡──ラ・カテドラル……」
「ボルトヒル丘陵群は実に保存状態が良い──って、こらっ! そこへ突撃してはいかんぞっ、アホ殿下っ!!」
王弟騎兵団が砂塵を巻き上げて突撃を開始したのだ。
「おおお!」「殿下だ!!!」「ロマニア連邦王国、万歳っ」
と、兵たちが歓声を上げた。
「負ける? 王弟殿下が敵の右翼を蹴散らしておりますが?」
嫌味な思いを声音に乗せて、マチルダはすぅと瞳を細めた。
「まあ、当面は優勢に見るだろうが―─ああ、クソっ。だから、ラ・カテドラル方面には行くなっ!!!!」
レオンハルトは別方向で盛り上がっている。
「ふぅ、許せん愚物どもだ……。ともあれ、マチルダ少尉」
「はい」
「大隊を動かす準備をしておけ。たぶん一時間後に我々も投入されるだろう」
「え? ど、どういう意味ですか?」
「敵右翼は明らかに罠だ。前面に新兵を置いているが、その後ろは古参ばかりだろう?」
遠目でも、動きで古参兵と分かる。
「猪突猛進のアホ殿下はこのまま敵の腹に飲み込まれ、助けようと動いた中央軍が敵左翼により分断、挟撃されるは必定」
「ギ軍が、そこまで動けるとは思えませんが……」
「これまでの実戦からか?」
「はい」
「情報は常に更新せよ、少尉。赤どもの──ギの指導者が交代して、少しばかり状況が変わっている。ま、何にしても今回は負け戦だ。ラ・カテドラルを傷物にしないためにもさっさと終わらせるぞっ!」
レオンハルトの物言いに、マチルダは呆れ果てていた。
負け戦だと言い放った上に王弟騎兵団に対する尊敬の念が欠片も無い。
さらに気に入らない点は、自軍の勝利より遺跡を優先するかのような口振りだ。
──配属された時から合わない相手と思っていたけど……。
この戦いが終わったら不敬発言の数々を連隊長に報告し、他の部隊へ転属させてもらおうと決意した。
──こんな変な人と関わってる暇なんてないわっ!
──早く将官になって、お父様を……。
だが、彼女の小さな願いは生涯に渡って成就しない。
◇
ともあれ、後にボルトヒル会戦と呼ばれるこの戦いは、レオンハルトの予見した通りグレート・ロマニア連邦王国の大敗に終わっている。
なお、連邦王国軍側にも見るべき面はあった。
ギ軍の追撃を狭隘な地形に誘い込み、王弟騎兵団の窮地を救った歩兵大隊が存在した点である。
本来なら、同大隊指揮官には豪勇勲章が授与されて然るべきだが、残念ながらそうはなっていない。その男が直属の上官に嫌われるタイプだっただけでなく、王弟に対する不敬行為が認められたためだ。
「あの遺跡は──」
彼としては、敗走に落ち込む王弟を励ますつもりだったのかもしれない。
「我々より遥かに価値がある」
だが、王弟と側近の耳にはそう聞こえなかった。
「ギ軍の10インチ砲が当たらなかったのは不幸中の幸いだ。故に、殿下の見事な尻の巻きっぷりには礼を言っておく」
大隊長風情がこう申し述べたのである。
これで、絞首刑を免れたのは王弟の気まぐれと、何より彼自身の運命故だろう。
マチルダ・ヴァミューダが、彼を丘陵から突き落とせなかったように──。
そう、全ては運命なのだ。
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地図
★地中海地方全図
★https://kakuyomu.jp/users/tetsu_mousou/news/822139840390205975
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