男爵さまは百年の呪いを受ける
杏子タベウ
男爵さま、嚙まれる。
とある異世界、その名も「第A帝国」という。
建前上無慈悲な女王が統治する大国である。
主人公は御年97歳の老人紳士。
「カムリア・グローブ男爵」さまを
知らぬ者は少ない。
とある事情で女王陛下の逆鱗に触れ、
あと百年生きる呪いの焼き印を
押されたのだから...。
ここではその事情について触れない。
いろいろあって、男爵さまの保有していた
領地は没収となり、新しい新天地へと
お国替えという事になった。
その領地というのが...亜人類の多数住む土地。
「亜人類」というのをご存じだろうか?
人のようで人ではない。
よーく見ると、頭にどうぶつの耳が付いてたり、
どうぶつの尻尾がおしりに付いていたり、
背中に暗黒竜の翼が付いていたり。
...よく見なくても明らかに人類ではない。
とにかくそういう所に男爵さまは赴任する。
そして、これから住むであろう平屋建ての、
見た目オシャレな木造のお屋敷の前に
男爵さまは皮の鞄ひとつを持ち、立っていた。
「やれやれ、あと百年も働くのか。」
男爵さまは見た目、典型的なシルバーの
老人紳士である。
白い髪はやや薄くなり、かつては豊かであった
髭も薄くなっている。
視力は良いし、腰も曲がっていなく
しっかり立つことも出来る。
体力は若者に勝てないだろうが問題はない。
例の百年の呪いのせいもあるのだろうが...。
ともあれ。
なぜかお出迎えがまったく無いため、
男爵さまは案内の無いままお屋敷の敷地内に入り
その玄関のドアを開けて中に踏み込んだ。
すると、若いメイドさんが数名おり、
なんでか長い武器が男爵さまの首筋に触れた。
男爵さまは思う。
「たまにある事だが、私は動揺したりしない。
なぜなら私は、おそらく死なないだろうから。」
そして、自身に武器を押し付けている大柄な
メイドさんに向けて言い放った。
「私を新しい領主と知っての狼藉か。
この貴族バッジのKマークが目に入らぬようだな。」
...男爵さまにとっては大見栄を切ったつもりなのだろう。
少しへんではあるが...。
しかし、武器を向けているメイドさんもまた、
恐ろしい目で男爵さまを見ていた。
「この武器がなんであるかご存じですか?
伝説の国ニポンにおいて、時の王の首を切り落とす
処刑の道具でございます。その名を村雨ブレード。」
「そんな物騒なものがなぜ第A帝国にあるんだ?」
男爵さまは意味が分からなかった。
国王など大抵お飾りだ。
一人二人見せしめにぶっころしたところで
世の中が変わる訳がない。
大衆の憂さ晴らしにしか過ぎないというのに。
だから男爵さまは武器を当てられているというのに
構わずそれを押しのけた。
触ってみて分かったが、目くらの刀、模造刀だった。
「カムリア・グローブ、爵位はバロン...現時刻をもって赴任。」
ここに男爵さまはこの土地の統治を宣言。
しかし、周囲を遠巻きに「包囲」しているメイドさん数名は
どうにも男爵さまを快く思っていないらしい。
特に先ほど自称「村雨ブレード」を当ててきた
大柄の、おそらく代表格のメイドさんがどうにも
怖そうな赤い瞳で睨みつけていた。
気が付けば、頭に犬?の耳が付いている。
犬?の尻尾も付いている。
...亜人類だ、しかも白い犬...もしくは銀狼...?
しかし、突然に状況変化が起こった。
一瞬にして、メイドさんが男爵さまの右腕に
噛みついたのだ。
痛みは感じない。貴族服の長袖の上からであるためだ。
よだれで濡れ始めたが...いや、それはいい。
男爵さまは思う。
「いつまで噛んでいるつもりなのか??」
男爵さまは焦りもせず、自分の右腕を噛んでいる
犬女のメイドさんを観察してみた。
うなっているようだが、見た目人間でいう三十代か。
薄くブロンドとのツートーンの銀髪、軽くウェーブ
していた、そして大きめの犬の耳。
「私は犬を飼った事はないが、愛玩どうぶつの
ぬくもりというのは愛おしいものだな。あれは私が」
その後、ほぼ一時間ほど男爵さまの長話が続いた。
噛まれたまま。
さすがの狼メイドさんも顎が疲れてしまったのか
噛みつくのをやめてしまう。
しかし、数名のメイドさんが集まり「壁」を作ってしまう。
「男爵さまを...我々は歓迎いたしません。」
はなはだしい敵意、しかし男爵さまは怯みもせず。
「私は君たちを歓迎するよ、可愛らしいから。」
...ただのひとこと、だが、おそらく亜人類の心には
ジャストミートするのだろう。
さっそく何名かのメイドさんが喜んでキャンキャン
吠えて尻尾を振り始めた。
制止する狼メイドさんの声を聴かず。
「おのれ...女たらし!人間のくせにッ....!!」
「そういう君はわんこだな、棒を投げると取りに行くか?」
「行くかー!」
そんなこんな。
状況がある程度落ち着く。
すると事情が飲み込めて来るのだ。
どうも前の領主が何らかの理由で逃げたらしい。
一夜にしてトンズラして消えたという。
そんな鮮やかな撤退劇が出来るものなのか、
あるいは周到に仕組んでいたのか。
どちらにしても領民の動揺、もしくは人間、リーダーの
喪失感というものが影響していた。
犬の類はたいてい司令塔がいて成立する社会性だ。
うまく行かなくて困っていたに違いないのだ。
男爵さまは、とにかくコミュニケーションを進める。
「君たちが私を歓迎するかしないか、それは問わない。
なぜなら支持するもしないも君たちの権利だから。」
「おー!」
感銘する者もいたり、意味がまるで分からない者もいたり。
亜人類だから...とは限らない。
いつの世も大衆はその種族の本能でしか動けないもの。
そして...いまだその本能でしか動けぬ者がいた。
冒頭で男爵さまに嚙みついた大柄の狼女のメイドさん。
名を「キーラ」という。
グループ内で「戦闘能力が高い」という基準でリーダーに
なっていたメイドさんであるため、意地とか誇りが高いようだ。
「先ほどはご無礼でした...認めます、しかし、
私はまだあなた様を認めていませんから!わん!」
しかし、男爵さまは質素で堅い木製のアンティークチェアに
座って味噌汁を飲み、こう言った。
「私は君を認めているよキーラ。可愛い、実に可愛い...。
モフモフしてるし、頭を撫でたいし、フリスビーを投げたら
キャッチしそうだし...調教すれば...もっと能力が」
「私は犬じゃなーい!銀狼ですっ!!」
吠えた、大柄の狼耳のメイドさんが吠えた。
だが...本当の事件はその後にやって来たのだ。
メイドさんキーラ。
彼女の赤い瞳が突然、困惑と悩みに揺れた。
男爵さまは最初、なんだか分からなかった。
その言葉を聞くまでは...。
キーラは言う。
「つい男爵さまの腕を噛んでしまいましたが...。
これは狼同士ではあまり関係ないのですが、人間を噛むと
致死率100%の病気に感染する場合が....。」
「...おい...これからはもう少し考えて噛みなさい...。」
百年生きる呪いと、致死率100%の病、
勝つのはどちらか?
そして、まともな統治は成るのか?
男爵さまはこのまま狼耳、ケモミミ萌えになってしまうのか?
なにひとつ、誰もが語らないのであった。
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