冷たい空気と朝の心地よさ
ささみ
第1話
これはなぜか僕の中に残り続けるとある一日。いや、正確に言えばとある朝の話だ。
別にこの時のことが人生の教訓になったり、影響を与えてることは一切ないのだが、大人になったいまでも僕の中で鮮明なものとして残っている。
その当時、僕は中学二年生だった。
母が介護の仕事をしていたが前々日から調子が悪く、本来なら職場で受けとるはずだった書類を職員が届けてくれると言うのだ。
でも、母は動けないため代わりに僕が受けとることになった。
うちは少し特殊で服屋を営んでいる知り合いの二階と三階を借りている形で、家に入る時もお店の右側の壁に二階へ続く階段がある。
決してボロいわけではないがちょっと簡易的で踏む度に音がなるのは気になるところ。
足を骨折すれば上がるのにかなり難儀するだろう。
母に頼まれ言われた時間より少し早めに外に出た。
確か冬から春になる前だったと記憶している。
まだ冷たい空気で、だけどとても染み渡っていて綺麗な空気と言う感じ。
外に出て肌に当たる冷たい空気を感じつつ、息を吐けばまだ白く漂う。
眠気眼をこすりつつ、階段の手すりに手を滑らせながら気だるげに下っていく。手すりがひどく冷たかったことを覚えている。
今日は服屋は休み。
閉まったシャッターの前で待っていたが暇で仕方ない。
僕は中学の入学祝いでもらった黄緑色のウォークマンにイヤホンをさして音楽を聴いた。
ちょうどロボットアニメにハマっていた時期で、最初に聴いた曲は超時空世紀オーガスのオープニング『漂流〜スカイハリケーン〜』だ。
日が昇っていくようなゆっくりとしたイントロのバックにオーガスと何度もコーラスが入り、ケーシー・ランキンさんの歌声が広がる。
この曲を聴いているとき、空がさらに明るくなったのを覚えている。
次に聴いたのがフルメタル・パニック!の『Tomorrow』だ。
こちらもまたいまから一日がスタートするぞといわんばかりの爽やかで元気のあるイントロで、下川みくにさんの美しくキュートな歌声で朝を彩った。
カーキ色の上着、踊る大捜査線の青島のようなやつだ。上着のポケットに手をいれて穏やかな朝の静けさとひんやりとした空気をより堪能させてくれたのはこれらの曲のおかげだ。
そうこうしている内にすぐ近くの路肩に軽自動車が止まり母の職場の人が出てきた。上着の下から母と同じ水色の制服がみえたから一目でわかった。
僕に書類を渡しお大事にと伝えてるとすぐにいなくなった。
もう、家の中に戻ってもいいのだが、この穏やかな朝をもう少しだけ堪能したいと思い十分ほどその場にとどまってから家に戻った。
階段を上がる足取りは降りる時より軽く、大した時間は過ごしてないのに充実した時間に感じられた。
最初に言った通り、これがきっかけで何かをして成功なんてしたわけじゃないが、大人になってからもこの日の記憶を思い出せる。
もう十年以上前のことなのにだ。
あの時よりもスマートフォンが普及しAIが進化して情報社会は加速しコンテンツ消費時代となった今、改めてこの日の朝を思い出すと痛感することがある。
一日の始まりは美しければ美しいほどよいと。
冷たい空気と朝の心地よさ ささみ @experiments1998
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