女装して女子高に通う俺を、ツンデレ幼なじみとブラコン妹が放っておかない件

葉っぱふみフミ

第1話 転校初日

 ——スカートの裾が落ち着かない。

 姿見の前で、白石湊は三度目のため息をついた。


 赤とグレーのチェック柄のプリーツスカートに、赤と白のストライプ柄のリボン。

 どう見ても女子高生の制服なのに、これが今日から湊が着る若葉学院の男子用の制服だった。


「お兄ちゃん〜、おはよっ。……って、やば。似合いすぎでしょ」


 背後から腕にしがみついてきた妹・美羽が、ポニーテールを揺らしてはしゃぐ。

 今朝はギャル系の甘えん坊キャラらしい。その時読んでいるラノベによって変わる呼び方は、「お兄ぃ」でも「兄上」でもなく、今日はお兄ちゃん。


「……似合ってても嬉しくないんだけど」

「えー? 可愛いのに。ほら、髪、止めるね」


 美羽は前髪に手を伸ばすとヘアピンで留めた。銀色のリボンモチーフ。さりげないアクセントが、たしかに可愛い。


「お揃いなんだよ、これ。ほら」


 自分の前髪を指さしてニコッと笑う妹は、誰が見ても可愛い顔をしていて、そしてとんでもないブラコンだ。

 兄として心配になるが……まあ、懐かれて悪い気はしない。


 気づけば家を出る時間が迫っていた。急いでローファーを履き、玄関を飛び出す。


「行ってきます」


 外の空気に触れた瞬間、ミニスカートの無防備さが一気に現実味を帯びた。

 美羽が腕に絡みついたまま歩いていくと、交差点の角に見慣れた姿が立っていた。


 ——雪村紗耶。幼なじみで、美羽のバレー部の先輩。


「美羽ちゃん、おはよ。……そのヘアピン、かわいいじゃん」

「紗耶先輩も似合いそうですよ!」


 二人はすぐにヘアピン談義で盛り上がる。

 幼い頃から行き来していた近所同士、姉妹のように仲が良い。


 紗耶はふいっとこちらを向き、視線があった。


「ひょっとして……心配で来てくれた?」

「逃げ出さないか見にきただけよ」


 眉をつり上げてそっぽを向く。相変わらずの毒舌だが、その耳はほんのり赤い。


「ほら、美羽ちゃん行くよ。電車逃す」

「紗耶先輩、待ってくださーい」


 美羽が駆けだし、紗耶も続いて歩き出す。

 慌てて俺も追いかけた。


 何度か練習でスカートを履いて外を歩いてみたものの、人とすれ違うたびに男だとバレないかと不安が押し寄せる。

 背を丸めて二人の陰に隠れようとしたとき——紗耶がくるりと振り返った。


「コソコソしても無駄よ。その制服で男子だってバレるんだから、堂々としなさい」


 紗耶や美羽のスカートとリボンは若葉学院の象徴である緑色。

 一方で湊のは、共学化の制度により導入された男子専用の赤のスカートとリボン。

 たしかに、隠れようがない。


「猫背はかっこ悪いわよ」


 ポンッと背中を叩かれ、姿勢を正す。


 二人の少し前を歩くシルエットが、逆に視線よけの盾になっているのに気づく。

 もしかして、これも紗耶なりの気遣いなのか——と思った瞬間、紗耶がちらっとこちらを見て、歩くスピードを上げた。


「ほら、急いで。ほんとに遅れるわよ」


 不慣れなローファーで必死にふたりの後を追い、駅へと向かった。


 若葉学院に到着すると、美羽と紗耶とは昇降口で別れ、湊は職員室横の会議室へ向かった。

 編入生は一度ここに集まり、担任と一緒にクラスへ向かう流れになっている。


 ドアを開けると、数名の生徒がすでに待機していた。

 その中に見覚えのある顔があり、湊は自然とそちらへ足を向けた。


「七瀬さん。おはよう」

「白石さん。おはよう。……その制服、すごく似合ってるよ」


 そう言う七瀬葵は、湊以上にスカート姿が様になっていた。

 艶のある黒髪に清潔感のある立ち姿。誰が見ても清楚可憐な女子高生だ。


 可愛い顔で見つめられると胸が少しだけざわつく

 でも、胸元の赤いリボンが示す通り、湊と同じ男子だ。かぶりを振って気を引き締め直した。


「同じクラスだって聞いたよ」

「うん。白石さんが一緒で安心したよ。知らない人ばかりだと不安だしね」


 葵とは編入試験と入学説明会で二度会っていて、既に連絡先も交換している。

 女子ばかりのクラスに男子一人で放り込まれずに済んだ安心感は、湊も同じだった。


 まもなく女性教師が会議室に入り、編入生を引率して廊下に出る。


「では、三年一組へ向かいましょう」


 階段を上り終えたところで、その教師がふと立ち止まり、全員のほうへ振り返った。


「……若葉学院は共学になりましたが、伝統ある女子校であることに変わりはありません。あなたたち二人も、周囲に不安を与えないよう“女子として”振る舞ってくださいね。男子として行動することは慎んでください。わかりました?」


 二人が小さく頷くのを確認すると、先生は再び歩き出した。

 三年一組の扉の前で足を止め、ドアを開けた。


「おはようございます」


 澄んだ声が教室に響く。先生の後に続き、湊は葵と並んで入室した。

 窓際の席に、紗耶の姿が見えた。


「今日から編入してくる二人を紹介します。白石湊さんと、七瀬葵さんです」


 途端に、教室中の視線が突き刺さる。

 好奇、困惑、警戒——スカート姿の男子をどう見ればいいのか迷っているような空気だ。

 湊は、どこかで罵声が飛んでくることすら覚悟した。


 その瞬間、ガタッと椅子の音が鳴って紗耶が立ち上がった。


「みんな、ちょっと聞いて!」


 凛とした声に、教室のざわつきが静まる。


「二人は勇気を出して、この若葉学院に来てくれたの。いまは多様性の理解が大切な時代よ。誇り高き若葉学院の生徒として、新しい仲間を受け入れる姿勢くらい、私たちが見せなくちゃ——そうでしょ?」


 紗耶の演説をクラスメイトは真剣なまなざしで聞き、頷いた。

 湊には、紗耶が自分たちのために堂々と立つ姿がまぶしく見えた。


 教室の空気が、ゆっくりと変わっていく。


「……たしかに」

「七瀬さん、かわいいし普通に女子に見えるよね」

「白石くんも意外と似合ってるし」


 緊張していた空気は、いつの間にか柔らかくなっていた。


 先生に促され、湊と葵は自分の席へ向かう。

 その途中、紗耶と一瞬だけ目が合った。


 紗耶は何事もないような顔で、そっと髪を耳にかけていた。


 ―——こうして湊の女子高生ライフが幕を上げた。

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