3.チャンス、チャンス! 私も行く!

 父が怒鳴り散らす熱気から逃れ、潮風が届く港の道筋を歩く彼の背中を見つける。

 ワンピースの裾をなびかせながらその背に追いつき、不安げに彼を見上げると、いつもと変わらぬ爽やかな笑みを浮かべている。

 海の青がとても似合う好青年なのに。野球選手と言うだけで反対されるなんて。

 ひたむきに野球に向き合っていて、あともう一歩のチャンスが掴めずにいる二軍選手。

 美蘭が勤める造船会社がオーナーとなる球団『瀬戸内シオカゼーズ』に、高校卒ドラフト6位指名で入団した選手だった。

 一軍の打席にたまに立つ。その時は美蘭も中継を見てドキドキしている。プロ野球選手のかっこいいユニフォーム姿も見とれるが、それ以上に、『彼が打てますように、勝利に貢献できますように』と祈り倒している。

 三振でバッターボックスから退く日もあれば、長打ヒットを飛ばして一塁へと出撃することもある。

 でも、彼がベンチ控えになることは少なく、一軍にあがってもすぐに二軍に戻されてしまう。そんな二年間だった。


「もう一年、待ってくれるかな。あと一年だけ……」

「もちろん。認められなくても構わない。私は宇汰君のそばにいるよ」


 父だけではない。彼にも意地があるのだと感じ取った。


 もう一年、結果が出なかったらどうするのだろう?

 まさか、野球選手を辞めるとか、言わない、よね?


 美蘭の嫌な予感が、あらぬ方向に吹き飛ばされる事が起きる。

 春の結婚挨拶からだいぶ時が経ち、年の瀬が迫っていた冬のこと。


 潮風が吹く港町。冬の木枯らしさえも、青色。

 仕事が終わり退勤する時、コートのポケットに入れていたスマートフォンが震えた。

 宇汰からの通話着信だったので、美蘭は立ち止まり、淡い水色が遠くまで広がる海を見つめながら電話に出た。


『今日いきなりなんだけど。現役ドラフトで、北極カシオペアーズに行くことになった』

「北極カシオペアーズ? 北海道の?」

『そう。あの城ノ内レイジ監督がいるところ』


 お互いの言葉が止まって、美蘭の耳の側に冬の海風が吹きすさぶ音だけが通り過ぎた。


「い、移籍ってことだよね!」

『うん。契約と入団会見のために向こうの球団まで行かなくちゃならなくて、三日ほど留守にするよ。それでね、美蘭ちゃん、俺はもう北海道に移住す……』

「行く、私も行く。連れて行って!」


 また彼が黙り込んだ。美蘭の勢いに気圧され息引いていることが伝わってきたが、思慮深い彼が美蘭の父を気にしていることもわかった。


 でも美蘭はとてつもなくワクワクしてる。

 だって、現役ドラフトは、眠ってる実力をもう一度見つけてもらえる、最高のチャンスなんだから!

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