桃太郎と三匹のお供ども

松ノ枝

桃太郎と三匹のお供ども

 昔、昔のそのまた昔。恐らくはビッグバンの前に起こりしビッグクランチの少し前。とある日本の山に御爺さんと御婆さんが住んでいました。

 「じゃあ婆さんや、儂は山へシヴァを狩ってくるよ」

 と御爺さんは山へシヴァ狩りに行った。ここで言うシヴァはインドのシヴァであり、大自在天である。

 「爺さんも行った事だし、私も選択しようかね」

 と御婆さんは川へ選択公理の選択へ向かった。何でも川には無限個の魚がおり、この無限集合から魚を無限個取り出すことを認める公理の選択出来るのだとか。婆さんはついでと思い、洗濯物も持って行った。

 川で選択をしていると、川の上流よりどんぶらこ、どんぶらこ、と物理的に有り得ぬ擬音を奏でながら流れてくる桃があった。

 「何だいありゃ」

 と御婆さんは桃を拾い上げ、家へと持ち帰った。

 一方そのころ、お爺さんはというと、「インド神話の最高神、シヴァ。お主の命、貰い受ける」と高らかに宣言し、神殺しを始めていた。

 家に帰り、御婆さんがどうしたものかと桃を眺めていると、シヴァ討伐を終えた御爺さんが帰ってきた。 

 「いやぁ、シヴァ神のやつ、あと一歩で宇宙を壊すところじゃったわ。ところで何じゃ?その桃」

 「お帰りや、爺さん。川から流れてきたのを持って来たんじゃ」

 桃はいずれ桃太郎と呼ばれる人外を収めるに充分な三次元的空間を保持していた。

 「こんなに大きいのは初めて見るが、どれ、切ってみるか」

 御爺さんは家にあった包丁を手に取り、桃を一刀両断せしめる勢いで振り下ろした。しかしその刃は桃を唐竹割りにすることなく、三割切ったところで抵抗を感じ、止まった。

 「何じゃ」

 中からは産声を上げる赤子が一人。ついでに桃太郎スターターセットが入っていた。といってもセットそのものは四次元にあり、三次元には赤子と未来の事が記された巻物が一つだけ。

 老夫婦は桃から赤子を取り出し、巻物を読むこととした。そこには桃太郎なる物語があり、それは赤子の未来を決定づけていた。この巻物は後の太郎シリーズの第一巻にして初版である。

 「こいつは決定論の未来かの?婆さん」

 「どうでしょうね、爺さん。量子の不確定性原理がありますから、決定論でないのでは?」

 老夫婦は巻物に記された未来が決定論かどうかについて考え始めたが、その傍らで赤子を育てることとした。

 時は流れて、青年となりし赤子は桃太郎という名を貰い、民を苦しめる悪鬼の討伐へと乗り出すこととなった。

「では行って参ります」

「ああ、頼んだよ。お前に持たせた吉備団子と量子力学的作用剣でどうか鬼を倒し、お前の未来が決定論かどうか教えておくれ」

「はい」

 老夫婦は桃太郎を見送り、桃太郎は鬼ヶ島を目指し、旅に出た。


「そこの犬よ、仲間になっては貰えぬか」

 桃太郎はまず仲間を得るため、道端の犬に声を掛けた。

「いえ、私はフェンリルですが」

 犬と思った相手はフェンリルであるらしく、口に鎖が無いため、どうやらラグナロクを始める準備は整っているようだ。

「そうか、ではフェンリルよ。改めて仲間になってくれないだろうか」

「無償では嫌ですね。…そちらの団子を頂けますか?くれたら仲間になりましょう」

 フェンリルは吉備団子に気づいた様で、吉備団子を報酬として要求し、桃太郎は渋々受け入れた。

「…少ないんだけどな」

 と桃太郎は零すが、フェンリルは吉備団子に夢中で聞いていなかった。

「遅れましたが、あなたのお名前は?」

「桃太郎だ」

「では、桃太郎の旦那と呼ばれていただきます」

「よろしくな」

 とこうして桃太郎はフェンリルを連れて、旅を続ける。


「フェンリル、そこの猿を捕らえろ!」

 と桃太郎は叫び、フェンリルは猿へと噛みつく。

「痛、痛いですって。やめてくださいよ。このタイプライター高いんですから」

 猿はタイプライターを持ち、フェンリルの噛みつきに痛がる。フェンリルの噛みつき、もとい彼の口による攻撃はかの主神すら喰ってしまうほどなので、中々である。

「猿はタイプライターなんぞ持たん。お前、何者だ?」

「あっしは無限の猿定理の猿ですよ。タイピングしてただけなのに酷いじゃないですか」

この猿はタイプライターにてシェイクスピアの作品を生成することを仕事としている。もちろん、ランダム生成に限る。

「こいつは恐ろしいぞ。つい最近は太陽を丸飲みしたくらいだ。どうだ、こいつに噛まれたくないのなら仲間になれ」

 桃太郎は些か脅すような口調で猿に言う。こういう言い方になったのにも理由があり、残り吉備団子数が三個であったからだ。ただでさえ少ないのに、誰かれ構わず与えていては意味が無い。そう考えた結果がこれである。

「わ、分かりましたよ。でも吉備団子は頂きますよ、いつか」

「分かっているよ。鬼討伐後には必ず」

 当然ながら桃太郎としては猿に渡す気など微塵も無い。フェンリルは良いとして、タイプライターでシェイクスピア作品執筆を目指す猿など渡す価値は無いと思っているからだ。

こうして、猿とフェンリルを連れ、鬼ヶ島を目指す。


 二匹と一人が歩いていると、空から八咫烏が飛んできた。

 神話において道案内を行った鳥は吉備団子を狙い、桃太郎一行へと襲い掛かる。

 「何だ!?この鳥」

 と桃太郎は剣を構え、狼は牙を剥き出しに、猿はシェイクスピアの執筆を開始した。

 八咫烏は凛々しき双眸にて団子を見つけると、更に速度を増し、突っ込んだ。

 「あっ」

 吉備団子を入れた袋は八咫烏の三本足に引っ掛かり、奪取されてしまった。

 八咫烏はそのまま逃げようと空へと急上昇を開始する。しかし桃太郎は逃がさないとばかりに剣の力を発揮する。

 「はっ!」

 空を切る動きを見せた桃太郎を八咫烏は上から見下ろしている。その時、団子入りの袋が突如として切り裂かれ、団子が地面へと落ちていった。

 「よし」

 と桃太郎は拳を握り、フェンリルと猿が吉備団子をキャッチする。

 八咫烏は切り裂かれた袋を額の眼にて覗き込み、事の顛末を理解した。

 桃太郎が剣を振り下ろした際、剣は量子力学的作用を発生させていた。剣の力は量子にて起こる作用や現象をマクロな現象にまで引き上げるもので、今回の場合は時間を遡り、袋を切ったのである。

 八咫烏は桃太郎たちに話しかける。

 「まさか、エントロピー増大則を破るとは。その剣、中々ですな」

 「それはどうも。…お前、吉備団子がそんなに欲しいのか?」

 「ええ、不思議な魅力がありまして」

 「なら、仲間になれ。そうすれば吉備団子をやろう。お前にとっても、俺にとってもそれがいい」

 争いにならないのが最もだと桃太郎は語り、八咫烏は頷き返し、仲間となった。

「では私が鬼ヶ島へ案内しましょう。私は道案内の伝説がありますから」

こうして、桃太郎一行は一人と三匹となった。

 

「あ、あれが鬼ヶ島。なんと恐ろしい」

八咫烏の案内の下、辿り着いたのは人々を苦しめる鬼が住まう島、鬼ヶ島。禍々しき鬼ヶ島は見る方向を変えることで、その様相を変化させる。それは鬼ヶ島の在りし空間が無限次元空間であることを表し、桃太郎たちの暮らす三次元と隔絶された空間である事も示している。本来、人の辿り着けぬ場所だが、桃太郎たちは導かれながら幾たびの旅を繰り返し、鬼ヶ島へ至る手段を手にしていた。

 「桃太郎の旦那、本当にこんな羽衣で大丈夫なんですか?」

 怯えるフェンリルに桃太郎は自信満々に応える。

 「大丈夫だ。これはあの竹から生まれた姫を連れ戻しに来た天上人のものと同じなのだ。無限次元空間如き、余裕で行けるさ」

 桃太郎一行は三次元から鬼ヶ島に繋がる門へと向かう。

 「なにやつ!?」

 門番の鬼が桃太郎たちに気が付き、金棒を向ける。

 「かかれぇ、フェンリル、猿、八咫烏!」

 その咆哮と共に、お供達は鬼へと飛び掛かる。桃太郎は鬼ヶ島へ走り出し、狼は鬼を丸呑みにし、猿はシェイクスピアを執筆し、八咫烏は桃太郎の疾走を導いた。

 「ま、まずい。早く、ボスへ知らせろ!あいつら、鬼ヶ島潰しだ」

 桃太郎たちは鬼を倒し続け、ついにボスと邂逅する。

 「ほう、よく来た。桃太郎。褒めてやろう」

 鬼のボスは不敵に笑いながら、桃太郎の来訪を祝福する。その笑みには明らかに自信が見えていた。己は桃太郎どもより強いのだという自信が。

 「褒めなくても結構。この宇宙の人々を恐怖に陥れ、果ては多宇宙にまでその魔の手を伸ばしているお前から欲しいのはただ一つ。平和だけだ」

 桃太郎はそういうと剣を構え、空を斬る。その斬撃は無限次元空間にて量子的性質を帯び、桃太郎の観測により確率を収束させた。本来、有り得ぬはずの確率にて現れた斬撃は鬼の首元へと斬りつける。しかし鬼には当たらなかった。

 「何!?」

 桃太郎の驚きと共に、お供達が攻撃へと向かう。しかし鬼のボスにはフェンリルの牙も八咫烏の導きによる動作予測も意味を為さなかった。少し効いたのはシェイクスピアの一文での感動のみ。

一向に当たらない鬼の動きから桃太郎はあることへ思い至る。

 「まさか、この空間と時間自体から独立しているのか」

 「そうだ。故に貴様らの攻撃は当たらない」

 シヴァが御爺さんに狩られしこの宇宙にて恐れられる鬼は当然、時間や空間から独立しているものだ。

 「さて、どうする?このままでは平和も見れずに、あの世を見るぞ」

 突如、鬼は桃太郎の背後へと現れる。次元遷移による瞬間移動だった。鬼は拳を放ち、フェンリルへと直撃する。

 「フェンリル!」

 桃太郎がそう叫ぶ頃には八咫烏は地に落ちていた。残るは猿と桃太郎。

 「どうする!?猿、何か勝つ方法は」

 猿は変わらず、シェイクスピアを執筆し続ける。タイプライターは意味の解らぬ文字列も吐き出し続けている。その時、生成された一文が地面へと落ち、その文字がそのまま刻まれた。

 「これだ!」

 桃太郎はその光景からヒントを得て、一か八かの賭けに出る。

 「猿、今から言う文字列を打て、そうすれば勝てる」

 猿は桃太郎の言葉を聞き、急ぎタイプライターで打ち始める。鬼はその様子に一抹の不安を覚えた。

 「いいや。お前たちに勝ちは無い」

 鬼が猿と桃太郎へ拳を振り放つ。しかしそれをフェンリルが噛み止めた。

 「何!?」

 鬼は驚きながらも、瀕死の狼を投げ飛ばす。

 「しぶといやつだ。さすがは主神を喰らった狼といったところか。しかし少し命を延ばしただけよ」

 「いや、その延びた時間にあんたは負けるさ!」

 と桃太郎は猿を守り、鬼へと剣を構える。

 「来るか…、いざ、勝負!」

 鬼は次元遷移により、桃太郎の間合いへ入った。と同時に、桃太郎の体へ光速の拳が放たれる。

 (このタイミング、決まった!)

 「まだ、だぁぁぁ!」

 桃太郎は拳より速く、己の身体を瞬間的にタキオン粒子へと変換し、鬼の背後を取った。

 「何だと!」

 「うぉぉぉぉぉ!」 

 桃太郎は剣を力の限り、振り下ろす。しかし、独立した空間との壁により、剣はあと一歩のところで止まってしまう。

 「ふ、はっはっ。危ういところであったが、やはり届かなかったな!」

 「いや、届きます!」

 と猿が鬼に向かい、足を震わせながら精一杯の叫びをあげる。

 「あっしの文字で届かせます」

 と生成された文字が地面に落ち、鬼ヶ島全体へと伝わる。それは鬼のボスが居る空間にさえ伝播するほどであった。

 「今、この無限次元空間を含め、宇宙全体に書き込みました。あなたは負ける。これは運命です!」

 その時、鬼の耳に聞こえるはずの無い音がした。空間の壁が割れる音、あってはならぬ音が聞こえていた。

 「有り得ない。宇宙に書き込むなど。あの猿、まさか可能な文字列を生成出来るとは!」

 「言っただろう。お前はフェンリルの造った時間に負けると。あの時間があったから、猿の力に、宇宙を構成する可能な文字列に気づけた。お前は今、ここで負けるんだ!」

 「舐めるな、小僧ぉぉ!」

 両者は全身全霊を賭けて、向かい合う。互いから放たれるエネルギーは熱となり、かつての宇宙の姿を見せる。そこには大統一理論より導き出された、宇宙にある四つの力が一つとなった姿があった。対称性は破れず、プランク時代より前の熱量が鬼ヶ島を覆う。

 「ぐっ」

 声を漏らしたのは鬼だった。独立した空間は切り裂かれ、剣は鬼の体に深く刺さっていた。

 「まさか、この俺が、破れる、なんて…」

 鬼はそういい、永遠の眠りについた。こうして、桃太郎は鬼退治を完遂した。その後、宇宙には平和がやってきた。

鬼ヶ島には多宇宙より集められた宝物があり、その所有者と返還にしばしの苦労があった。実家に帰った桃太郎は老夫婦に己の未来は多分、不確定性原理が適応されているのだと言った。

 「これで鬼退治も終わったな」

 「そうですね、桃太郎の旦那」

 お供達はフェンリルを除き、それぞれが別の道を歩み始めた。猿はシェイクスピア以外の執筆を始め、八咫烏は天へと帰っていった。

 「お前は行かなくていいのか?」

 「行くとこないですから。北欧に帰ったらラグナロク勃発です。戦いはこりごりですよ」

 桃太郎は自伝小説を書き始めていた。鬼退治までの経緯を後世に残すために。

 「あっ、そういや」

 と桃太郎は剣を空に向けて下から上へと振り上げた。まるで何かを止めるように。

 「こうしないと御爺さんに切られちゃうよ」

 赤子の頃に危うく死にかけた事を思い出しての行動であった。

 「さて、この宇宙もそろそろ終わりかな」

 「ラグナロクを待つまでも無かったですね。でも新たな宇宙が始まります。そこは同じですね、北欧と」

 宇宙が終わるというのに二人はどこか日常を生きている様で、恐怖は不思議と感じなかった。寧ろ、懐かしいとすら思うほどで。

 「次の宇宙じゃ、また別の物理法則なんだよね。今じゃ不可能なことも可能になるし、鬼も強くなるだろうな」

 「次の宇宙の桃太郎にも頑張ってもらいたいね」

 と桃太郎はとある桃に巻物と赤子を捻じ込む。それを川へと流し、宇宙の終わりを見届ける。

 こうして、次に始まった宇宙ではどんぶらこ、どんぶらこ、と物理的に可能な音を立てながら大きな桃が川を下っていくのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

桃太郎と三匹のお供ども 松ノ枝 @yugatyusiark

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ