第31話 痴漢騒ぎ

「おいおい、聞いたかよ。昨日、筋肉教団が爆発テロを起こしたらしいな。」




「ああ?違う違う、狂信者の一人が痴漢騒ぎを起こしたんだ。」




「え?」




こんなやりとりがあちこちで起こっている。




工作員には届かない、冷酷な真実があった。彼らが流布しようとしていたのは「爆発テロ」の黒い噂。しかし、王都の裏路地を支配していたのは、「不潔な痴漢騒ぎ」という卑俗で陳腐な情報だった。






時は遡る。


***




「ち、違う!俺は!そう!爆発を起こしにきたんだ!俺は筋肉教団だ!みろ!この服を!」




「は?キモ、筋肉教団にあんたみたいなのいないけど。」




「いや、だから、この服!」




「なにそのコスプレ、なめてんの?」




彼女たちは覚えていた。筋肉教団一人一人を。




元々、筋肉教団のイケメンとそのたくましい体につられて加入してきた女性層は、そのまま、教団のファンとなっていた。その熱狂はもはやアイドルのような扱いである。




彼女たちにとって、全員の顔と名前を覚えているのは当たり前のことだった。




誰もだまされない。




「ならば...、これを見ろ!ここを爆発させてやる!」




男は手に偽の爆弾を持ち、見せびらかす。




ガシッ!後にいた男に手を捕まれる。




「痛ッ!」




あまりの力に、たまらず放す。腕をつかんだ男は、落下前に偽爆弾をキャッチした。




「おっと!ん?軽!なにも入ってない!」




「痴漢野郎を取り押さえろ!」




周りにいた数人の男が飛びかかり、一瞬にして工作員の男はとらえられてしまったのだった。




***


(間に合ってくれ)




グレンはそう願いながら、『影』の仲間たちと全力で神殿へと向かっていた。




聴衆が解散していれば手遅れ。聴衆が残っていればまだ間に合う。




聴衆が残っている光景を思い浮かべながら、グレン達影のメンバーは走る。




「見えた!」 




聴衆がざわついているが、パニックにはなっていない。




(どっちだ?まさかすべて手遅れか...?いや、ここで引き返すわけにはいかない!)




「うおおおおー!痴漢を取り押さえたぞー!」




歓喜と怒号が入り交じった、奇妙な歓声が聞こえる。




「ん?痴漢...だと?」

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