熊野ムジナ

双六トウジ

第1話

「よう。心臓を貫かれる気分はどうかな?」


 そう言って私の顔をのぞき込む男は、甲冑を着込んでいた。

 私が忠誠を誓っていた、元ボス。その戦闘形態。

 歯を食いしばった鬼の仮面。左腰に付いた二つの鞘、一つだけ収まった刀。どれも深みのある赤色をしている。

 その美しさに、ずいぶん丁寧に手入れされているな、なんてふと思ってしまう。

 ははは、真っ赤なのは私なのに。


「グ…………が……」


 私は何か良い感じの台詞を返してやろうとしたのだけれど、胸に突き刺さり背中を突き破った日本刀のおかげで口から血しか吐けなかった。

 もし何か喋れたら、そうだな……、私に心臓は無いよ、とか? いやないな。かっこつけすぎ。


「なあ、なんとか言ってみたらどうだ? 諜報員さんよ」

「グググ………ゴァ……ガァ……」


 だから何も言えねぇって! 刀をぐりぐり回すな! 肺から空気出て変な声出ちゃうじゃん。恥ずかしー。

 だけど抵抗できない。私を貫いた刀がそのまま壁にも突き刺さっている。だから今私にできることが足をブラブラさせることだけ。困ったなぁ。


「なあ、もう何も言えないのか?」

「ぐ……がぁ……」


 まずったなあ。顔がバレたからもう二度とここの組に出入れできないぞ。視界も薄れてきたし。どうする?


「……なぁ、▓▓▓。俺ら、付き合いがまあまあ長かったよな。だからさ、お前がサツの犬と知ったときは本当に悲しかった」


 あ、なんか語り始めたぞ。

 サツっていうか、特殊部隊なんだけどね。まあ正義側っていうところなら間違ってはない。


「俺が裏切りに厳しいのは知ってるだろ? ほら、ウチに入れた日にさ、一人殺させただろ。お前に銃を渡して、縛り付けてるヤツを撃てって命じてさ。アイツはね、俺の金庫から金とお気に入りの腕時計を盗んだんだ。ほら、お前が今付けてるの」


 あー、そうそう、私の左手に付けてるゴツい腕時計。この男に貰ったんだ。

 実のところ趣味じゃ無かったんだけど、一応の上司に貰ったからには要らないなんて口にできるわけないから渋々付けてたんだよね~。


「左手ごと返してな」


 男がもう一つの刀に手を掛け、体が強張ったと思うと、軽く身じろぎする。


 ——スパッ


 あ、左手が切られた。

 素晴らしい。一瞬でやられた。


「ぐ……」

「ついでに右手もしとくか」


 男は抜いた刀を手首ごとぐるぐると回すように動かし、一旦体を固定し、また身じろぎする。

 ――スパッ

 右手も綺麗に切られた。

 いやーこれは凄い。肉の塊を一振りで切れるなんて。まるで人間ウォーターカッター(?)やね。


「こうなったら両方の足も行っとくか。俺、完璧主義だから」


 次は連続で動く。

 スパッ、スパッ

 あんまりにも簡単に切れるねその刀。ダイヤモンドシャープナー使った?

 あーあ、あたしの細くて可愛い足。しばらくのさよなら。

 そんでもって、甲冑の彼ともしばらくのさよなら。

 流れる血の量が増える。意識が薄れていく。あたしが体から離れる。

「ん? もうおしまいか? もうちょっと遊びたかったんだけどな」

 甲冑が器用に肩を竦める。

 大丈夫さ元ボス。またすぐ会えるさ。多少の情報は入手済み。証拠も御上に提出してる。アンタが逮捕されるのもそう遅くない。

 だからそれまで……首洗って……待っててね……。

 …………。

 ……。

 …。




 ーーふと、あたしは目を覚ました。

 直後に薄皮で感じたのは、暗さ。狭さ。そして凍えるような寒さ。

 無理矢理腕を伸ばし、足で蹴飛ばし、この空間からの脱出を図る。

 え? さっき切られただろうって?

 ふふふ、そんなのあたしには関係無い。

 だってあたし、熊野クマノムジナは――――【不死身】だから!


 まあ誇らしげに言っても、今ここから出れなきゃカッコ付かないけどね。

 とりあえず壁を叩きまくることにする。

 そのうち、くぐもった「はいはい今開けます」という声がしたのち、光が目に入る。

 扉が開かれたのだ。

 そう、冷蔵庫の!




「ムジナさんって切り取った心臓から復活できるんですね」

「うん、そうだよー。魂移しって技」

「その潜入してた組ってのはどこにあるんです? 私のアパートから近いところですか」

「う~~ん。県を5つまたいだ所かなぁ」

「すごい遠距離を移動してきましたね」

「えぐいっしょ」

「えぐいですえぐいです。……ところでムジナさん、今夜のディナーにするつもりだった私のハツがなくなってしまいました。補充してもらってよろしいでしょうか」

「いいけど、メシ食べてからにして」


 彼は友達の鮫嶋サメジマガブガ。厳つい顔に鋭い歯がチャームポイントで、今の服装は真っ白なワイシャツに真っ赤なエプロン。

 裸のあたしのためにバスローブを部屋に常備してくれて、お腹が空いたあたしのためにパンと目玉焼きを焼いてくれた、最高の友達!

 でもその代わり、彼はあたしに『肉体』を要求する。エッチな意味じゃ無くて、食肉的な意味で。彼のアパートの冷蔵庫に保管してあったあたしの心臓は、三週間前に会ったときにあげた食材なんだ。まだ保管してくれてて助かった~。


「ムジナさん、今後の潜入捜査はどうするんです」

「御上に連絡してから決めるけど、多分しばらくは謹慎処分かなぁ。潜入ってバレちゃったし。ウチの社員寮って狭いから嫌なんだけど」

「では私の部屋で寝泊まりしてはいかがでしょう」

「いいけど、それってあたしを食べたいから?」

「ええ、もちろん」


 あたしは彼のこういう、食欲旺盛(人肉も可)なところがかなり気に入っているのだった。

 ともかく、素敵な朝食を食べ終わって、本当の所属機関にも電話して。それからあたしはバスローブを脱いで、ブルーシートの掛けられた長テーブルの上に乗る。。

 鮫嶋ガブガが、包丁を片手に近寄ってくる。獲物を見た猛獣のようにかっぴらいた目が、痛覚がないはずのあたしを強く強く震わせる。

 あたしの心臓は今から、彼の食べ物になる。

それに喜びを覚えてしまっているのは、変だろうか。それとも、恋?


『んなわけねーだろ』

 そう、頭の中で聞こえた。

でももうその頭も、切り離された。





 ――ピンポーン。

 玄関のチャイムが鳴った。


「どうもー、【ランタンオーナーズ】ですー。ウチのムジナちゃんを一旦返してもらいたいんですがぁ」


 鮫嶋が覗いたドアスコープには緑の作業着を着た男が立っていた。彼は鮫嶋にとっては見知った顔であり、しかしながらすぐ記憶から消えそうな、道端で出会っても気付かないだろう印象のない顔だった。


「確か、半藤明ハンドウアキラさんですね」鮫嶋は警戒することなくドアを開けた。「すみません、彼女が復活するのを少しお待ちいただけますか。いくつかを頂いたんです」

「あ〜、だと思いましたぁ」


 監督官と呼ばれた訪問者は鮫嶋の血塗れのエプロンを見ながら言った。


「ウチのとこには肝臓を置いていたんですが、なんで此処に来ちゃったんですかねぇ」

「この間彼女から心臓を貰いまして。そこへ転移してきたそうです」

「……お〜いムジナちゃ〜ん。それ聞いてないよ〜」

「ごめんなさーい!」


 監督官が部屋の奥へ声を掛けると、風呂場から陽気な声が返ってきた。

「連れてきますね」、と鮫嶋は風呂場に向かう。少ししてからムジナの生首を左脇に挟んで戻ってきた。


「半藤さんおひさ~」

「お前が不死身じゃなきゃトラウマもんだよそれ〜」



 あはははは。

 清々しい青空に、生首の脳天気な笑い声が響いた。


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熊野ムジナ 双六トウジ @rock_54

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