二回目の転生で黒幕のフリをして欲しいと言われたので頑張っています。

ちぃたろう

第1話 転生、そして黒幕依頼

まぶしい光の中で、カイン・レーヴァントは目を開けた。

 浮遊感のある空間。床も天井もなく、ただ白く霞んだ光が四方に広がっている。

 身体の感覚が希薄だ。自分の手を見ても、透けているようで、形がはっきりしない。

 ああ、またこの感じか。

 彼はため息をついた。


「……また、死んだんだな、俺。」


 言葉に出してみると、不思議なほど落ち着いていた。

 前の人生――つまり、一度目の転生を終えたのは十数年前。魔導師としてそこそこ成功し、最期は老衰で穏やかに逝った。

 後悔もなかったはずだが、どうやら二回目のチャンスが来たらしい。


「ふふっ、気づくの早いわね、カイン。」


 どこからともなく、澄んだ声が響く。

 光の粒が舞い上がり、その中心から一人の女性が現れた。

 白いローブに金の装飾。髪は流れるような銀糸、瞳は深い蒼。

 その姿を見た瞬間、カインは苦笑する。


「女神様、またですか。」


「“また”って言われると、私が暇みたいじゃないの。」

 女神はくすくすと笑いながら、彼の正面に浮かび上がった。

 この空間において、彼女は絶対的な存在。

 前回の転生のときも、彼女に導かれたのだ。


「今回は……お願いがあって呼んだの。」

「お願い?」

「ええ。カイン、あなたには“黒幕のフリ”をしてもらいたいの。」


「……は?」

 カインは思わず素っ頓狂な声を上げた。

 女神は微笑みを崩さず、まるで当たり前のことのように頷く。


「この世界は、いま崩壊の危機にあるの。人族と魔族の均衡が崩れ、各地で争いが絶えない。

 でもね、どちらも『敵』を明確にしないまま戦っているの。

 だから、あなたに“共通の敵”として暗躍してもらいたいの。」


「ちょ、ちょっと待ってください。俺、悪役……? というか、“黒幕のフリ”って、どういう意味で?」


「本当の悪ではないの。

 あなたが動くことで、人々は『共通の敵』を得て、結束する。

 その結果、この世界は救われる。」


「……ずいぶん、回りくどい方法ですね。」


「世界はいつだって、単純じゃないもの。」

 女神の声には、かすかに悲しみが混じっていた。

 彼女は指先をかざすと、光の粒がカインの身体に吸い込まれていく。

 心の奥がじんわりと温かくなる。力が満ちていく感覚だ。


「あなたには、“バランス型”の才能を与えるわ。

 剣も魔法も、平均以上に扱える。けれど――どれも突出はしない。

 それでも、知恵と行動で世界を動かすことはできるはず。」


「……つまり、地味な努力型ってことですね。」


「言い方!」

 女神は頬を膨らませ、すぐに笑い直した。

 その笑みが、どこか懐かしく見えた。


「あなたの役目は“闇の演者”。

 けれど、心まで闇に染まらないで。

 あなたは――あなたのままで、いて。」


 そう言って、女神は光に包まれ、姿を消した。

 眩しさが強まり、意識が遠のく。


 ──そして。


◆ ◆ ◆


 冷たい風が頬を撫でた。

 土の匂い、木々のざわめき、鳥の鳴き声。

 次にカインが目を覚ましたとき、そこは森の中だった。


「……おお。今度の世界は、ちゃんと大地がある。」


 前回の転生直後は、沼のど真ん中だったのだ。あれに比べれば天国である。

 彼はゆっくり起き上がり、服を確認する。黒いローブに軽い革鎧、腰には小さな魔石の埋め込まれた短剣。

 見た目だけなら、どこにでもいる流れの魔導士だ。


「さて……“黒幕のフリ”、ね。」


 呟いてみるが、実感は湧かない。

 森の木漏れ日は穏やかで、とても“世界の危機”など感じられない。

 だが、女神の言葉は嘘ではないはずだ。

 まずは情報収集からだろう。


 カインは森を歩き出した。

 頭上を鳥が飛び、遠くで魔獣の遠吠えが響く。

 空気の密度が前の世界より濃い。魔力が豊富なのだ。

 魔法文明が発達している可能性が高い。


「……おっと。」


 足元で乾いた枝が折れた。

 同時に、草むらの奥から赤い光がこちらを睨む。

 狼だ――いや、魔獣だ。黒い体毛に赤い眼。額には魔石のような光が灯っている。


「試運転にはちょうどいいか。」


 カインは指先を軽く振る。

 周囲の空気が震え、淡い魔法陣が浮かぶ。

 《風刃》――初級の風魔法。

 青白い刃が放たれ、魔獣の足元を斬り裂く。

 魔獣が吠え、跳びかかる。

 カインは一歩下がり、掌をかざして別の呪文を紡いだ。


「《雷光》。」


 閃光が走り、雷が直撃する。

 魔獣が悲鳴を上げて倒れた。

 煙を上げる魔獣を見下ろし、カインは小さく息をつく。


「ふむ。平均的な威力……いや、女神様、ほんとに“バランス”を意識しすぎじゃないか。」


 皮肉をこぼしながらも、悪くはないと感じた。

 圧倒的ではないが、十分に戦える。

 そしてこの“ちょうどよさ”が、裏方としては最適なのかもしれない。


 ふと、森の向こうから人の声が聞こえた。

 少女の悲鳴。そして、怒鳴り声。

 カインは眉をひそめ、音のする方へ走る。


◆ ◆ ◆


 そこにいたのは、獣人の少女と、粗末な鎧を着た三人の男たちだった。

 少女は耳と尻尾を持つ猫族らしい。

 地面に倒れ、足を痛めているようだ。


「やめて! わたしは何も――!」

「嘘つくな。お前が森の封印石を盗んだって情報が入ってるんだ!」


 男たちは粗暴な笑いを浮かべ、少女を囲む。

 どう見ても、ただの言いがかりだ。

 カインは静かに一歩踏み出した。


「そのへんでやめておけ。」


 低く落ち着いた声に、男たちが振り返る。

 ローブ姿のカインを見て、彼らは鼻で笑った。


「なんだお前、傭兵か? 口出しすんな。」

「いや、通りすがりの“悪役志望”だよ。」


「はあ?」


 男たちが戸惑う間に、カインは指を鳴らした。

 彼の足元に黒い魔法陣が浮かび上がる。

 淡い闇の波が広がり、男たちの足元を縛りつける。

 《影縛》。小規模な闇属性の拘束魔法。


「ぐっ……なんだこれ!」

「動けねぇ!」


「忠告しただろ。」

 カインは淡々と歩み寄り、魔法陣を解く。

 男たちは一目散に逃げていった。


 残された少女が、怯えたように彼を見上げる。

 青い瞳が揺れている。


「……あなた、今の、闇の魔法……?」

「うん。使っちゃいけなかったか?」

「闇魔法は、魔族しか……」


 ああ、そういう世界観か。

 カインは内心で頷き、口元をわずかに歪めた。


「……なら、君にはこう言っておこう。

 俺は――“黒幕のフリ”をしてるだけだ。」


 少女がきょとんと目を瞬かせる。

 その様子を見て、カインは苦笑した。

 どうやら、彼の二度目の転生劇は、すでに“誤解”から始まったらしい。


 ――そして、この誤解こそが、世界を揺るがす導火線となるのだった。

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