第7話君が壊れる、その前に

朝。

また同じ朝。


「おはよう、レオン。今日が入学式ね!」


その声に、胸が軋んだ。

今の彼女は――昨日のエリスではない。

ユリウスが隣に立ち、俺をただ“知らない人”として見ていた。


◆ 午後・講義棟裏

「……また来たのか、レオン卿。」

ユリウスが壁にもたれ、俺を見て微笑む。

穏やかな顔なのに、底が見えない。


「君は不思議だな。

まるで“昨日を繰り返している”ように、彼女を見つめる。」

「あんた……まさか、知ってるのか?」

「ふふ、気づくのが遅いよ。

ループを繰り返しているのは君だけじゃない。」


空気が凍る。


「……どういう意味だ。」

「君の“時間魔法”は未完成だ。

けれど、彼女――エリスの中にある“魔導核”こそが、

真の時の錨(いかり)だ。」


ユリウスの瞳が青く光る。

あの、エリスの瞳と同じ色。


「……まさか、彼女を――」

「利用してるのか、って?

違う。守っているんだ。

彼女が壊れないように。」



◆ 夜・学院の屋上

風が冷たい。

そこに、エリスが立っていた。

月明かりに照らされた横顔は、どこか儚い。


「ねぇ、レオン。」

「……覚えてるのか?」

「わからない。

でもね、あなたの声を聞くと、

涙が出そうになるの。」


胸の奥が熱くなる。

彼女が“心”で覚えている。


「ユリウス様が言ってたの。

私の中には“封印の核”があるって。」

「……核?」

「時を止める魔法の残滓(ざんし)。

私の母が、昔、戦争の犠牲を繰り返さないように

この世界を“巻き戻せるよう”に作ったんだって。」


エリスの声が震える。


「でもね……私、怖いの。

また世界が巻き戻って、

あなたを忘れていくのが。」



俺はそっと、彼女を抱きしめた。

その身体が細かく震えている。


「……もう大丈夫だ。

今度は俺が、巻き戻させない。」

「でも、どうやって……?」

「お前の“魔導核”が世界を縛るなら、

俺がそれを壊して、未来を作る。」

「……壊したら、私は……?」

「……わからない。」


エリスがゆっくり顔を上げる。

涙が頬を伝い、月光に溶けた。


「バカ。

そういうこと言うと、好きになっちゃうじゃない……。」



「もう何度も好きになってるだろ。」

「……知らない。

でも、今の私は確かに、あなたが好きよ。」


その瞬間、

エリスの胸の奥が淡く青く光り始めた。


◆ 世界の歪み

風が止まる。

空がひび割れ、学院の建物が歪む。

まるで世界そのものが拒絶しているように。


「レオン……っ、だめ……! 私の中の魔法が――暴走する!」

「エリス、耐えろ!」


彼女の瞳から光が溢れる。

時が逆流するような轟音。

景色が白く霞んでいく。


「――レオン! お願い、もう一度、見つけて!」

「必ずだ!」


手を伸ばす。

けれど、指先が届く前に、世界が弾けた。


◆ 翌朝


「おはよう、レオン。今日が入学式ね!」


……また、戻ってきた。

だが、今回は違う。






エリスの姿が、どこにもない。




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