賊狩りチッチ

鈴寺杏

第1話 兵士の指輪

「手に入れてから初めてやる気出したんじゃないか?」


 鉄の匂い。赤く染まる大地。

 多数の死体が転がる場所で、今まさに死に絶えた賊の体から抜き去った剣を見つめながらチッチは小声で呟く。


「お前の想いには応えた。あとは適当に壊れるまで使わせてもらうぞ。もうそこには居ないみたいだけどな」


 この辺りで活動していた賊を殺し、この剣の持ち主であった同僚の仇を取った。

 そのことに安堵し、一つ息が吐かれる。


 チッチは元の持ち主と別に仲が良かったわけではない。

 たまたま自身が使っていた剣が痛み新たな剣を求めたところ、店で手にした剣がそれだっただけ。偶然の繋がり。


 兵士の死体から回収されたその剣は、それほどの品でもなかったためか族のお眼鏡にかなわず、どこかで処分されたものが街の武具屋へと回ってきた。それをチッチが買った。そして剣の想いを汲み討伐を成し遂げた。

 一見すると、なんとも不思議な縁のように思える。

 

 チッチは剣に付着した血を死体が身に着けていた服で拭い「もしかしたらこいつが同僚へとどめを刺した奴かも?」なんて思いながらも、周囲に転がる死体を改めて見まわしたところでその可能性は低そうだと考え直していた。


 こんな弱そうな男に元の持ち主がやられた。

 そんなことはあり得ないと思ったためだ。


「チッチ。ここの後片付けはお前たちに任せたぞ。俺たちはこのままこいつらの住処を捜索する」

「うーっす。了解しました」


 小隊長イットからの指示はいつも通り。

 彼らの付き合いは長いので、こういった返しでも咎められることはない。


 本来ならば今回の目的である主だった族の討伐が終わっているため、イットがすぐに向かう必要はないのだが、放っておくと手癖の悪い奴らが戦利品を勝手にポッケへとナイナイする。そのため彼は監視する目的で自ら中へ赴く必要があった。

 

 何かあれば責任を取らされる立場。

 心の中で「大変そうだな」と思いながら背中を見送るチッチ。


「班長。賊の死体はいつも通り穴に入れて焼却処分でよろしいですか?」

「おう。賞金首かどうかの確認はしっかりと頼むな」

「了解しました!」


 あとは部下のタナーくん任せておけば平気かな?

 そんなことを考えながら、チッチは班長らしく彼らの行動を見守る。


 タナーは優秀な部下だ。火の魔法も扱えるし、なんだってそつなくこなす。彼の一族の問題がなければチッチの部下としてここにいるのが不思議なくらいの存在。

 更にはサラサラとした茶色い髪に、整った容姿。女性たちから人気なのも頷ける。


「んじゃ小隊長殿に任されたし、使えそうな武具がないか見極めますか」


 問題なく部下たちが活動しているのを確認すると、チッチは自らの仕事へと移る。その仕事とは、目の前に並べられた武具などの質を見て選り分けること。

 期待されている仕事内容とは「目利き」であった。


「E、E、F。はい、これもダメ」


 所詮は賊が手にしていたもの。そう容易くいい物が見つかるはずもない。


「おっ? これはDかな。タナーくん、これどの死体が持ってたかわかる?」


 穴掘りが終わり、丁度死体を運ぼうとしていたタナーが声を掛けられる。


「そこに転がってる細身の男ですね。戦っているところを少し見ましたけど、それなりの腕でしたよ」

「こいつが他に所持していた物ってどれ?」

「そちらのポーチです。何かあるんですか?」

「ちょっと気になってさ」

「班長がそういうってことは、あるってことですね。一緒に見ていいですか?」

「別に構わないよ」


 死体処理を中断して他の班員も集まってくる。

 娯楽の少ない世界だ。宝探しの気分なのか、こういったことを見る彼らの表情は一様に楽しそうだ。


 チッチはタナーから聞いた細身の男が所持していたとされるポーチを逆さにし、中身をぶちまける。

 金貨が見えた時には「おぉ!」という声が響いた。

 しかしチッチが探しているのはこれではない。


 落ちているのは硬貨など一般的なものがほとんどだが、一つシンプルな作りの指輪があった。彼はそれを拾い上げる。


 そして、しげしげと眺めたあと――


「出ておいで。そこにいるんだろ?」


 指輪へと語り掛ける。


 そんなチッチの姿を見て、タナー以外三人の班員は笑っている。


「班長またやってるよ」

「このネタこすりすぎだろ」

「ばっか! お約束ってやつだよ!」


 彼にとっては、周囲のこうした声にも慣れたもの。

 周りの声を無視しながらしばらく指輪との対話を続けていると、タナー以外の班員たちは死体運びの作業へと戻って行った。


「どうでしたか?」

「これもランクはDで」

「ではそう報告書に記載しておきます」

「うん。よろしく」


 チッチが視線を指輪から外し、顔を上げたタイミングでタナーは声をかける。

 これが終わりのサインだと彼は知っていた。


 答えは素っ気ないもの。

 あっさりとした様子でそのままタナーに指示を出し、残った武具の見極めに戻るチッチ。


「他の目ぼしい物といえばそこの斧くらいか」


 たまに優秀な防具を持つ賊もいるが、基本的には武器にしか拘らない。「攻撃は最大の防御」なんて言葉を知っているわけもないだろうに不思議なものである。


 あとは小隊長が戻ってくるまで待っていればいいだろう。

 そう考えたチッチは、休憩とばかりに一つ伸びをして辺りを見渡す。


 少し離れた場所からは煙が昇っていた。

 チッチはそれを見つつ、先ほどの指輪を手にする。

 そしてこう語り掛けた。


「次の主人は守れるといいな」


 日の光に照らされたそれは、彼の言葉に応えるように僅かに輝いていた。

 

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