紡ぐ役割

うにゃぎ

第1話

周りが騒がしい。

どうやら俺は、今公園のベンチにいる。

照りつける真夏の日差し、はしゃぐ子供たちが時折上げる砂埃、存在を確かめるかのように寄ってくる蟻。

今感じるすべてが鬱陶しく感じた。


いつからここにいるかは覚えていない。

何度か場所が変わるたびに自分がわからなくなった。

ーー俺は、何なんだ…。ーー

口癖のようにどうにもならない感情がこみ上がる。



俺は物静かな少年の部屋にいた。

少年は口数が少なかったが、とても優しかった。


少年には弟がいた。

弟が泣いているといつも駆けつけて味方になり、

弟が一人でいると手を引いて外に連れ出した。


学校では友達がいなかったが、

弟の前でだけはたった一人の強い兄で居続けた。


弟がいないときは、決まって俺と会話してくれた。

時には俺の話で涙を流してくれたり、笑ってくれたり。

その瞬間がたまらなく嬉しかった。


そんな日々とともに、時間が流れていく。


少年は高校に上がり、友達もできた。

それと同時に弟と過ごす時間も減り、

弟も兄以外の友達と遊ぶようになった。


俺を家に置いていくことも増え、

俺は一人になった。



俺はとあるカフェにいた。

コーヒーの湯気が皮膚をなぞる。

コーヒーは嫌いだ。

湿気が気になるし、なにより汚れそうな色をしている。


少女が近づいてきて、俺と目が合う。

少女は無言で俺の前に座り、俺を見つめた。

たまらなくなり、俺から話をした。

少女はうなずきながら話を聞いてくれたが、

しばらくすると、急に反応がなくなってしまう。

その後少女は立ち上がり、どこかに行ってしまった。

まだ全部話し終わっていないのに…。


また、一人になった。



古本屋を転々とすることが増えた。

次第に人目にもつかなくなり、

体に傷だけが増えていく。

キラキラした若者がまぶしく見えた。


どうせ一人になるなら

いっそのこと誰にも会わないほうが楽だと思った。



俺は図書館にいた。

古本屋を転々とし、ある程度の年になってしまった俺は、

図書館しか居場所がなくなってしまった。


たくさんの同僚に囲まれ、時だけが過ぎた。

新人が入ってくれば、俺たちは埃臭い暗闇に追いやられた。

そこでの時間はとても長く感じられた。

誰にも相手にされないというのは、ただただ苦痛だった。


このまま一生を終えるのだろうか、

そう思うと恐怖が全身を巡った。

何物にもなれずに、何も与えられずに。

ーー一体何のために生まれてきたのだろうーー



ふと、走馬灯のようによぎる記憶があった。

それはとても淡い光、今にも消えてしまいそうで必死に手繰り寄せる。


誰よりも仲良くしてくれた少年。

今何をしているのだろう。元気にやっているだろうか。

もしかしたら人の成長とはこういうものなのかもしれない。

少年の人生の一部になれたとしたら、

こんなに誇らしいことはない。


カフェで見つけてくれた少女。

今思えば、何かを感じてくれたのかもしれない。

俺と話すことによって、気づきがあったのかもしれない。

もし、そうだったら、とても報われる。


こんな俺でも、人の役にたっていたと思うと

すごく救われた気分になった。


これが役割だったのかもしれない。

誰かの成長の土台となったり、

誰かの行動のきっかけとなる。


そう思うと、案外悪い気はしなかった。



「この本ね、お母さんのおすすめだからぜひ読んでほしいの」

「ほんとに面白いの?」

「昔ね、お母さんが学生の時、失敗して落ち込んでた時にこの本と出合ったの」

「それでね、この本のある言葉を見たとき、不思議と勇気をもらえたの」

「そこからは夢中でね、忘れたくなくて何度も頭の中で繰り返したの」

「その時カフェにいたんだけどね、気づいたら外に飛び出しちゃってた」

「もし、あの本がなかったら、今のお母さんはいないかもしれない」

「そのぐらい大切な本なの」



(完)

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紡ぐ役割 うにゃぎ @unyagi_468

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