紡ぐ役割
うにゃぎ
第1話
周りが騒がしい。
どうやら俺は、今公園のベンチにいる。
照りつける真夏の日差し、はしゃぐ子供たちが時折上げる砂埃、存在を確かめるかのように寄ってくる蟻。
今感じるすべてが鬱陶しく感じた。
いつからここにいるかは覚えていない。
何度か場所が変わるたびに自分がわからなくなった。
ーー俺は、何なんだ…。ーー
口癖のようにどうにもならない感情がこみ上がる。
*
俺は物静かな少年の部屋にいた。
少年は口数が少なかったが、とても優しかった。
少年には弟がいた。
弟が泣いているといつも駆けつけて味方になり、
弟が一人でいると手を引いて外に連れ出した。
学校では友達がいなかったが、
弟の前でだけはたった一人の強い兄で居続けた。
弟がいないときは、決まって俺と会話してくれた。
時には俺の話で涙を流してくれたり、笑ってくれたり。
その瞬間がたまらなく嬉しかった。
そんな日々とともに、時間が流れていく。
少年は高校に上がり、友達もできた。
それと同時に弟と過ごす時間も減り、
弟も兄以外の友達と遊ぶようになった。
俺を家に置いていくことも増え、
俺は一人になった。
*
俺はとあるカフェにいた。
コーヒーの湯気が皮膚をなぞる。
コーヒーは嫌いだ。
湿気が気になるし、なにより汚れそうな色をしている。
少女が近づいてきて、俺と目が合う。
少女は無言で俺の前に座り、俺を見つめた。
たまらなくなり、俺から話をした。
少女はうなずきながら話を聞いてくれたが、
しばらくすると、急に反応がなくなってしまう。
その後少女は立ち上がり、どこかに行ってしまった。
まだ全部話し終わっていないのに…。
また、一人になった。
*
古本屋を転々とすることが増えた。
次第に人目にもつかなくなり、
体に傷だけが増えていく。
キラキラした若者がまぶしく見えた。
どうせ一人になるなら
いっそのこと誰にも会わないほうが楽だと思った。
*
俺は図書館にいた。
古本屋を転々とし、ある程度の年になってしまった俺は、
図書館しか居場所がなくなってしまった。
たくさんの同僚に囲まれ、時だけが過ぎた。
新人が入ってくれば、俺たちは埃臭い暗闇に追いやられた。
そこでの時間はとても長く感じられた。
誰にも相手にされないというのは、ただただ苦痛だった。
このまま一生を終えるのだろうか、
そう思うと恐怖が全身を巡った。
何物にもなれずに、何も与えられずに。
ーー一体何のために生まれてきたのだろうーー
*
ふと、走馬灯のようによぎる記憶があった。
それはとても淡い光、今にも消えてしまいそうで必死に手繰り寄せる。
誰よりも仲良くしてくれた少年。
今何をしているのだろう。元気にやっているだろうか。
もしかしたら人の成長とはこういうものなのかもしれない。
少年の人生の一部になれたとしたら、
こんなに誇らしいことはない。
カフェで見つけてくれた少女。
今思えば、何かを感じてくれたのかもしれない。
俺と話すことによって、気づきがあったのかもしれない。
もし、そうだったら、とても報われる。
こんな俺でも、人の役にたっていたと思うと
すごく救われた気分になった。
これが役割だったのかもしれない。
誰かの成長の土台となったり、
誰かの行動のきっかけとなる。
そう思うと、案外悪い気はしなかった。
*
「この本ね、お母さんのおすすめだからぜひ読んでほしいの」
「ほんとに面白いの?」
「昔ね、お母さんが学生の時、失敗して落ち込んでた時にこの本と出合ったの」
「それでね、この本のある言葉を見たとき、不思議と勇気をもらえたの」
「そこからは夢中でね、忘れたくなくて何度も頭の中で繰り返したの」
「その時カフェにいたんだけどね、気づいたら外に飛び出しちゃってた」
「もし、あの本がなかったら、今のお母さんはいないかもしれない」
「そのぐらい大切な本なの」
(完)
紡ぐ役割 うにゃぎ @unyagi_468
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