第10話 亜人の少女

 諏訪が助手席に乗り、後部座席に才華とロバートが座っている。

 才華の膝の上にクレアが座り、車は順調に進んでいった。

 特に会話も無く、車内はラジオの音が響いている。

 会話が少ない事を気にしたロバートは、先程のを詳しく聞こうとクレアに話しかける。


「お嬢さん、私気になっていたのですが。四星さんのとは、どのようなお仕事なのですか?」

「ん、気になるの?」


 ロバートは頷く。

 諏訪と才華は知っているようで、あまり深く聞き入ろうとしない様子である。


「スーちゃんはね、をやっているんだよ。ミガワリ屋の二階でね、ネットを使ってやり取りをしているんだって」

「へぇ、何でも屋ですか」


 ロバートは興味深そうに話を聞いている。

 その通り。四星はミガワリ屋の二階で何でも屋を開業しており、その資金の一部を生活費に当てているのだ。

 人の捜索や探し物、情報収集や日雇いの仕事を行っている。

 もちろん「何でも」と謳っている通り、まで一通り依頼することが可能。

 

「俺も一度仕事で関わった事あるが、金さえ払えば本当に何でもやるみたいだぜ」


 助手席に座っていた諏訪が振り返り、そう話しかけてきた。

 ロバートは関心し、四星に対する認識を改める。


 やがてクレア一行を乗せたタクシーは、とある建物の前へと停車する。

 タクシーから降りるとその建物は鮮明になり、全貌が明らかになった。

 十字架が建物のてっぺんに飾られ、西洋風な建物はいかにも教会を連想させられる。

 手入れが行き届いた庭には緑が一面に広がり、子どもや大人達が楽しく遊んでいた。


「着いたよ、ここが今回の『黄昏教会』だね。中の神父さんにお話をしないとね」


 そう言ってクレアは歩き始める。

 教会をあまり見たことがないのか、才華は物珍しそうに周囲を見渡す。

 ロバートや諏訪も気にしている様子だが、横目で見た程度で深く関心を示さなかった。

 クレア達が歩いていると、庭で遊んでいた人々がクレアに気付き挨拶をする。

 それに応じて、クレアも最高の笑顔で挨拶を返す。

 彼女の笑顔は周囲を照らす太陽の様に、人々に愛を照らし出していた。


「営業スマイルか?」


 諏訪の失礼極まりない言葉に、クレアは一切怒りを見せず冷静に対応する。


「そんなことないよ。私はこの国に住む皆が大好きだし、こうして笑顔で皆と繋がれるなら、これ程喜ばしいことはないからね」


 クレアの大人な対応に黙った諏訪を見て、才華は口を抑えて笑いを堪えていた。

 それに気付いた諏訪は才華を軽く叩き、それに怒った才華が諏訪を叩き返す。


「もー二人とも、遊んでいないで早く入るよ!」


 クレアに止められた番犬二匹は大人しくなり、素直にクレアに指示に従うことにした。


 木材で出来た両開きのドアを開け、教会内に入る。

 中央から左右に長椅子が設置され、中央には講壇こうだんが威厳強く存在した。

 椅子には数人の信者達が座っており、正面を向き祈りを捧げていた。

 祖父母に連れられた子どもは祈りを真似し、意味は分からずとも同じ行動をしている。

 中央に立っていた神父はクレア達に気が付くと、前に来るよう手招きをした。


「皆はこの辺で待ってて、私は神父さんと少しお話をしてくるから」


 クレアはそう言うと、一人で中央を闊歩する。

 取り残された三人は椅子に腰掛けたり、教会内部を見渡したりと各々警戒態勢に入った。


 クレアが神父の前に立つと、神父はほがらか表情でお辞儀をする。


「ご依頼頂きました、ミガワリ屋店主のクレアです」


 そう自己紹介したクレアは、神父に対して頭を下げる。

 関心した神父は腰を落とし、クレアの目線に立つ。


「ようこそおいでくださいました。わたくしは黄昏教会で神父をしております、クレストと申します」


 クレストと名乗る神父。

 その黒い髪には所々緑色に染まっており、眼鏡をかけ白と緑で構成されたロングコートのような服を身にまとっている。

 一般的な神父のイメージとかけ離れた容姿をしたクレストは、近くにいたシスターに手招きをして呼び寄せる。


「シスター、彼女達を別室に案内してほしい。この教会が締まるまでは、私も席を外せないからね」


 クレストはシスターにそう指示し、クレアに向き直る。


「……と言うことで、申し訳ないです。後ほどお伺い致しますので、しばらくの間別室でくつろいで頂きたいのですが」

「構いませんよ。私たちは急いでいる訳ではないので、クレストさんの用事が終わるまで待っていますね!」


 クレアはお辞儀をすると、シスターに案内を頼んだ。

 呼び出された護衛の三人はクレアの元に集まり、シスターの案内に従いその場を後にする。


「……良い子だ。賢くて思慮しりょ深い。あの様な少女でも、こんなっているのか」


 少女の生き様に打たれ、心の中で涙を流すクレスト。

 やがて涙をぬぐい、彼は講壇の前へと戻って行った。


 クレア達は教会を出て通路を渡っている。

 通路の先には扉が見え、シスター達の寄宿舎きしゅくしゃに案内された。

 入ってすぐ右にある扉を開け、クレア達は中へと通される。

 部屋の中は如何いかにも事務所と言った内装で、折りたたみ式の机とパイプ椅子が山積みにされていた。

 シスターが机と椅子を設置しようとするのを見て、ロバートはすかさず手伝う。

 シスター達が設置を終えると、礼をした後に部屋を出た。


「もう少し遅くに来ても良かったのではないでしょうか?」


 クレアの隣に立っていた才華が話しかける。


「うーん……それもそうかも。まさか待つ羽目になるなんて思わなかったよ」


 クレアは苦笑いして答える。

 部屋を物色していた諏訪はを見つけ、引っ張り出す。


「おいおい、物騒なもん置いてやがるな」


 諏訪が手に持っていたのは木刀であった。

 中高生が修学旅行のお土産に買いそうな、どこにでもある普通の木刀である。


「刀……」


 才華の口から、そんな言葉がぽつりとこぼれる。

 その声に気付いた諏訪は才華の方へと振り向く。

 目が合った才華は、顔を横に逸らし避けた。


「なんだ、これが欲しいのか?」


 才華は再び横目で木刀を見るが、またもや目を逸らす。


「いらん」


 そう口では言うが、才華の視線は既に木刀へと釘付けになっていた。

 軽くため息を吐いた諏訪は、才華へと木刀を投げ渡す。


「じゃあその木刀お前が預かってろ。俺の邪魔になる」

「ふん。まぁ、お前が邪魔だと言うなら預かっておこうか」


 そう言った才華は、嬉々ききとして腰に木刀を差した。

 嬉しそうな才華を見て、諏訪は呆れてしまう。


 (めんどくせぇ女だな……)


 そう思った諏訪に対して、ロバートは心の中で親指を立てていた。

 不器用な彼の行動に、クレアとロバートも喜んでいたのである。

 二人の行動でなごやかになった空間に、突如警笛が鳴らされる。

 空腹を告げる音が、部屋の中で反響したのだ。

 その音の方に一同が顔を向ける。

 そこには顔を真っ赤にしてお腹を抑えるクレアの姿があった。


「あー……そういえば俺、昼飯食ってなかったな。ちょっと外で買ってくるわ」


 諏訪は気を使ってか、そう言い残し部屋を後にする。

 ロバートはお腹に手を当て、照れくさそうに手を挙げた。


「すみません、どうやら私のお腹が鳴ってしまったようです。お恥ずかしい限りです」


 そう言って、ロバートは照れくさそうに笑ってみせる。

 才華もそれに乗じ、ロバートを軽く小突いた。


 皆に気を使われ恥ずかしいクレアは席を立ち、今だ顔を赤くして二人の方を見る。


「ままま全くロバートは食いしん坊だなぁ! あ、そういえば私お手洗いに行きたかったんだ。ちょっと行ってくるね! 二人はここで待っていてね、絶対!」


 クレアはそう言い残し、颯爽とこの場を後にする。

 残された二人は「やれやれ」といった感じで首を振り、椅子に座ってクレアと諏訪の帰りを待つ事にした。



 クレアが個室から出て、蛇口を捻り手を洗う。


「もー……すっごく恥ずかしかった」


 クレアは手を拭き、鏡をみて身嗜みを整える。

 いつもと変わらない自分を見て、クレアの顔に笑顔が戻る。


「……よし、今日も可愛い私完成!」


 クレアは化粧室を後にし、廊下に出る。

 戻ろうとしたその時、来た道とは反対側の方でカタンッと物音がした。


「ん?」


 クレアが振り向くと、そこには獣の耳と尻尾を生やした亜人の少女がクレアの方へと向き、立ちすくんでいた。

 まるで想定していない人物と遭遇したかのように、亜人の少女は固まっていた。


「獣の耳と……尻尾。え、まさか亜人!?」


 クレアは初めて見た亜人に興奮し、早足で少女に近付く。

 驚いた少女は警戒し、身構える。

 クレアはそんなこともお構い無しに近付き、少女の手を握った。


「わー、初めまして! 私はクレアって言うの。貴女のお名前は?」


 少女は一言も発さず、クレアをじっと見つめる。

 クレアは好奇心を抑えられない少女の様に、少女が口を開くのをじっと待っていた。

 視線を合わせ続けられなかった少女は目を逸らし、ゆっくりと口を開いた。


「……ハク


 白と名乗った少女は、相変わらずクレアから視線を外していた。

 少女の名前を知ったクレアは嬉しくなり、ブンブンと腕を振って猛烈な握手を交わす。


「白って言うんだね! 私、亜人の子どもを見るのって初めてなんだ」


 白は「亜人」の言葉を聞き、ピクっと反応する。

 怯えた様な表情でクレアを見つめ、白はクレアに質問した。


「クレアは……亜人が怖くないの?」

「怖い? なんで?」


 クレアは手を離し、腕を開いて理由を説明し始める。


「私たち人間って、にはならないと思うんだよね」


 それを聞いた白は顔を上げ、クレアの顔をジッと見る。


「一人一人違うって事は、それはその人の個性なんだよ。それを『』ってだけで、迫害したり虐めたり。……そんな事ってあんまりだよ」


 そう言ったクレアの表情は曇り、何やら思い当たる節でもあるかのようだった。


「すごいね、クレアは。……そんな風に考えられるんだね」

「あー……そうだね。私自身もだし、亜人が差別されてる現状も本当は大嫌い」


 クレアは悔しそうに拳を握り、少し震えていた。

 そんな様子を見た白は、クレアに対して尊敬の念を抱いていた。

 白に対して本気で寄り添えるクレアを見た白は、手を伸ばし声をかける。


「あの、クレ……」


 白が言いかけたその時、背後からガラッと扉の開く音がする。

 クレアが振り返ると、そこには袋をぶら下げた諏訪が立っていた。


「諏訪! 帰ってきたんだね」

「よぉ、腹に入りそうなもんてきとうに買ってきたぞ」


 諏訪は扉を閉め、事務室へと戻るように手招きする。

 クレアは戻ろうと一歩踏み出した時、白の事を思い出し振り返る。


「そうだ、白も一緒に……」


 クレアが振り返ると、そこには白の姿はもう存在しなかった。

 初めからかのように、痕跡ひとつ残さず消えてしまった。

 クレアが立ち去った後を見ていると、諏訪は再び声をかける。


「何してんだ、冷めるぞ」

「今行く!」


 心残りがありつつも、クレアはその場を後にした。

 二人の別れを悲しむように、窓ガラスが風できしんで音をたてる。


 (またどこかで会えるかな)


 そんなことを思いながら、クレアは弁当を食べ始めた。

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