第3話 逃亡

店から逃げ出したクレア達は廊下に立っており、どのように下に降りるかを考えていた。


「ここ二十階かー、三階までなら窓から逃げるのにね」

「三階でも無理ですよ。非常階段で降ります」


才華は非常階段に通じる扉を蹴りで破壊し、下へと通じる長い階段が現れた。

 才華はクレアを抱えたまま、一足飛びで降りて行く。

 その際にクレアは、携帯を取り出して器用に電話を始めた。


「もしもしスーちゃん?西地区の二十階建てビルまで迎えに来てくれない?襲われてるの」

『あー……了解。すぐに向かう』

「なるはやでよろしくね!」


 クレアが電話を切ると、才華がクレアに電話の内容を聞く。


「師匠ですか?」


 才華は四星を師匠を呼び、クレアは答える。


「うん。スーちゃんなら程度で着くんじゃないかな」


 車より速く着くと言うクレア。

 その言葉に疑いもせず、才華はクレアを信じて降っていった。

 現在はビルの十三階。

 地上まで後少しの所で、上から足音が響くのが聞こえてくる。


「上から追っ手が来たね」


自身で走っていない為か、才華を信頼しているのか。

どちらにせよ、クレアは呑気にそう呟いていた。

 少し降りる速度を上げた才華は、軽快に駆け下りて行く。


「クレア。一階に降りても、待ち構えられている可能性が高いよね」

「うーんそうだよね。どうしようかな」

「入口から師匠が暴れてくれれば、脱出も容易なのですがね」


 迎えに来る四星の援護を期待しつつ、残り六階。

 才華の速さに着いてこられて居ないのか、上階からは足音がどんどんと遠ざかって行くのが分かる。

 一階、二階と降って行き……ついには地上一階に辿り着いた二人。

 才華はクレアを降ろしソッと聞き耳を立てるが、扉の向こうからは物音がしない。


「向こうから物音がしない」


 才華がそう言うと、クレアは喜びの声を上げた。


「って事は……スーちゃんが蹴散らしたって事かな!」


 楽観的なクレアに対して、才華は拍子抜けする。

 ポンっとクレアの肩を叩き、自身の後ろへと身体を動かす。


「私が先に出ます。クレアは私の後に続いて飛び出してください」


 武器のたぐいを持ち込めていない才華は、自身の身体のみでどこまで守り切れるか、不安で仕方なかった。

 そんな心配をする才華を見たクレアは、落ち着かせるように才華に一言伝える。


「才華なら出来るよ」


 全幅の信頼を寄せるクレアを見て、才華は奮起した。

 決意が固まり、いざ扉を解放。

 しかし、彼女が見た先の光景は想像とは違うものだった。


「おう才華に姫。拳銃構えて立ってたんだけど、こいつら敵か?」


 そこにはなんと、ミガワリ屋にいた四星がたたずんでいた。

 才華達が一階に辿り着くまでの間に、ビルに到着し敵を制圧していたのである。


「師匠!」


 才華がそう叫んでホールに出ると、クレアも続いて飛び出してきた。


「スーちゃん、早かったね!」

「まぁな」


 クレアは才華の隣をすり抜け、四星に抱きついてハグをする。

 四星もそれに返し、二人で抱き合っていた。


「ここまでは歩いてきたの?」


 しばらくの抱擁ほうようを終えた後、クレアは顔を上げて四星の顔を見る。


「その方がだろ?」


 四星がそう言うと、クレアはムスッとする。


「私達はスーちゃんみたいにんだからね!」

「そうです師匠。私たちは師匠の異能が使えないのですから」


 才華がそう言うと、四星は困った様に頭を搔く。


んだけどなぁ……」


 お互いがやり取りしている中、後ろから階段を駆け降りる音が聞こえてくる。

 それに気付いた才華は、急いでここを離れるように指示する。


「早くこの場から離れましょう!上から追っ手が近付いて来てるんです!」

「よし、とりあえず外に出るか」


 クレア達は頷き、ビルを後にした。

 後ろからは男の声が聞こえるが、そんな事には構っていられない。

 一旦はミガワリ屋を目指しながらも、目的もなく彼女達は走り続けていた。


「師匠。私たちはともかく、クレアは体力的にも厳しいです」


 既にヘトヘトなクレアは「大丈夫だよー」と明らかに無理している様子で、二人に心配かけまいと気丈に振舞っていた。

 四星は二人に「心配するな」と言わんばかりに親指を立てる。


「既に移動手段は用意してある」


 そう言った途端、三人の横に一台の車が並んでくる。

 助手席の窓が開き、運転席からは赤髪で帽子を被った一人の女性が三人を見ていた。


「三人とも早く乗って!」


 停車した車に、四星は扉を開け乗るように指示をする。

 迷っている暇などなく、才華とクレアの二人は後部座席へと乗り込んだ。

 四星が助手席に座った後、運転手の女性はアクセルを踏み込む。


「シートベルトはしてよね、変な事で捕まりたくないんだから」

「どうせ見えないよ」


 そう言われた四星は、彼女の忠告を適当にあしらった。

 状況が飲み込めない二人に対して、四星が顔を向けて説明を始める。


「状況が分からない二人に説明する。運転してるコイツが知り合いの秋山楓あきやまかえでだ。さっき電話して来てもらった」


 自己紹介を受けた楓は、左手で後ろの二人に手を振った。


「というか楓、なんでお前が来たんだ?運転させるなら桃華とうかはなでも良かっただろ」

「寝てるわよ!私が起きてたから来たの、文句ある?」

 

 少し怒った口調でそう返された四星は焦っていた。

 二人のやり取りが落ち着き、才華は四星に一つ質問をする。


「師匠、我々はどちらに向かうのでしょうか?」


 そう聞いた四星は、いつも通りといった感じで答える。


「店だよ、ミガワリ屋。あそこに戻りさえすれば全て安全だ。というわけで楓、ミガワリ屋方面まで走ってくれ。近くの区域まで辿り着けば、連中は手出し出来ない。余っ程の馬鹿じゃなければな」


「わかったわ」と一言了承した楓は、ミガワリ屋のある東地区へと向かっていった。

 車を走らせている間、車内はラジオの音だけが鳴り響いている。

 沈黙に耐えられなくなった楓が、四星達に話しかける。


「ねぇ、さっきの『近くまで行けば大丈夫』ってどういう意味?」

「あぁその事か」


 四星は姿勢を変えて、楓に説明する。


「ミガワリ屋ってのはな、店主である姫ありきの店なんだよ。知ってるだろ?姫の異能」

「知ってるわ、有名よ。『生死を操る』よね?にも載ってる超有名人」


 ブラックリストの言葉を聞いたクレアは、少し反応を見せる。

 楓はそれに気付かず、四星と話し込んでいた。


「……そうだ。その重要人物が路地裏とは言え堂々と店開けると思うか?」

「そんなの無理よ。そんな事したら政府が黙っていないわ」

「その通り。なら何故店を構えられるのか?それは『政府と契約している』からだ」


 その言葉を聞き、楓は驚く。

 クレアは政府と契約し、店を構えていたのである。

 それを聞いた楓は、一つの答えが考え付いた。


「……もしかして、政府がミガワリ屋周辺地区を監視しながら護っているとでも?」

「正解だ」


 四星は拍手を送る。

 納得した様子の楓は、肩を落として緊張が解けた。

 前の緩和した空気とは裏腹に、後ろの空気はどんよりとしていた。

 二人のやり取りを聞いていたクレアが、機嫌を悪くしていたからである。


「クレア、大丈夫か?」


 才華がそう声をかけると、我慢の限界なのかクレアは一言物申した。


「私は嫌だけどね」


 それを聞いた楓はびっくりして、ハンドルが少し左右に揺れた。

 四星はそれを聞いても、一切動揺していなかった。

 まるで彼女の言葉の意味を理解しているかのように。


「な、何が嫌なの?」


 楓は困惑しながらも、クレアのその言葉の真意を知ろうとする。

 クレアは隠すことなく、楓にその意味を説明し始めた。


「私はこの商売嫌い。毎日監視されているし、まともに外にも出歩けない。私がの異能力者でこんなモノを授かって、良い迷惑だよ!」


 クレアがそう熱意を込めて叫ぶ。

 三人はそれを静かに受け止めて、再び話し始めるのを待った。


「私本当は普通の学校に通いたいし、友達を作って遊びたい。人の生き死にだって、出来れば関わりたくないもん……」

「クレアさん……」

「だからね、私は思ったの。ミガワリ屋で資金を集め、そのお金で政府に近付き、ブラックリストから名前を消してもらうの!」


 クレアの壮大な計画が、今ここで明かされた。

 楓はあまりにも無謀な計画に、唖然とする。

 ブラックリストから免除されたものは今までに誰もいず、例外も存在しなかった。

 リストから名前が消える条件、それは『本人の死亡』による存在の抹消のみである。


「け、結構無茶な計画ですね」

「そうだね、正直かなり無茶な計画だと思う。でも、私はやり遂げたいんだ。私に着いてきてくれている二人のためにも」


 クレアにそう言われた二人は、無言で肯定する。

 自分よりも幼い少女が、無謀とも言える夢に向かって走っている姿を見た楓は、いても立ってもいられなくなりつい言葉を漏らしてしまう。


「わ、私で良ければまた手伝います。四星だけじゃなくて、私も頼ってくれていいんですよ?」


 それを聞いたクレアは先程までの態度とは違い、大喜びで楓の肩を掴んだ。


「ありがとう楓ちゃん!」

「あぁ!きゅ、急に掴まれるとびっくりしますから!」


 反応が愛らしい楓は、クレアの計画メンバーの一人として数えられてしまった。

 それか幸か不幸かは、本人達が決めることである。


「そ、それにしても……クレアさん達は三人しかいなんですか?」


 楓の質問に、クレアはキョトンとする。


「そうだけど、どうして?」

「もう少し、護衛の方を増やしてみてはいかがですか?今日はたまたま私が対応できましたけど、他に控えた方がいらっしゃればもっと楽になりませんか?」


 クレアはしばらく考えた後「確かに!」と納得した。

 彼女の言う通り今回は偶然秋山楓が対応出来たが、今後彼女が対応できるかと言えば『はい』とは言いきれなかった。

 才華や四星も「それが良い」と楓の意見を肯定していた。


「……店に戻ったらしてみようかな」

「その方がよろしいかと」


 楓は(契約?)と疑問に思ったが、それ以上言及はしなかった。


 

 車を走らせて二十数分、ミガワリ屋の付近に車は到着した。

 幸い追っ手は着いてきておらず、彼女たちを見失ったようだった。

 三人を降ろした楓は、再び窓を開けて三人に別れの挨拶をする。


「じゃあね四星にクレアちゃん、それに護衛の人!」

「才華です」


 護衛の人と呼ばれた才華が、すかさず名乗る。

「あっ」と反応した楓は、あたふたした。

 一々反応する楓を見て、才華も少し笑ってしまう。


「おい楓、気を付けて帰れよ」

「言われたくても気をつけて帰るわ」


 そう言い残し、楓を載せた車は去っていった。

 取り残された三人は見送った後、ミガワリ屋がある路地裏へと入っていく。

 少し歩き、店の前に立った四星は鍵を取り出す。

 ガチャりとドアを開け、三人は店内に入る。

 やっと戻ってきた安心感で、才華はようやく落ち着きを取り戻した。


「いつも大変な護衛ばかりごめんね才華」


 クレアが才華に対して謝ると、才華は首を振って否定する。


「そんな!……これもですから」

「そうだよね」

 

 才華は(しまった!)と自身の失言に気付く。

 必死に弁明しようと、才華は身振り手振りで説明する。

 そんな才華を見て、クレアはクスりと笑った。


「……さて、明日は新しい護衛をしないとね」


 クレア達は頷き、その場を後にする。

 夜も更に深くなり、静けさを増す。

 先程の喧騒は何処かへと消え、いつもと変わらぬ監視された日常へと戻って行った。

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