しゃべる生首とわたし

鷹見津さくら

檸檬としゃべる生首とわたし

 これは檸檬ですか?

 はい、これは檸檬です。


 などという英語の教科書のような問答が頭を駆け巡る。小雨が降っているような気がして、手のひらをひっくり返して上にしたのが不味かった。

 ぼとん、という水の詰まった袋が落下したような音と共にわたしの手のひらには小さな塊が落ちてきたのである。


 思わず、手のひらを凝視する。

 塊と目が合った。


 日本語は間違ってないし、わたしの頭は多分正常。塊と目が合ったという表現は間違いのないものである。うん、そう。多分。

 塊は黄色い。なので、一瞬分からなかったのだけれど、確かに瞳があった。黒目と白目。わたしの顔に嵌め込まれたそれと同じやつ。そういったものとわたしの瞳は、見つめ合っていた。

 ぱっと目を逸らす。

 いやいやいや、おかしい。小さな手のひらサイズの生首が、わたしの手のひらぴったりに収まっているということをわたしの脳みそは教えてくれる。頭は正常、と先ほどは思ったけれど、そうじゃないかも。手のひらサイズの生首ってなんだ。そんなサイズの生首があるってことは、そんなサイズの体もどこかにあるということで、真っ黄色なのと合わせれば妖精さんだったりするのかも――なんて現実逃避を一秒ぐらい味わってから。


 多分、檸檬の見間違いだな。

 そう思った。


 つい数日前までは、世の中はハロウィン気分で浮かれていたのだ。これは多分、精巧に作られた檸檬のコスプレである。何処かで飾られていたものが、ぽろりと転がり落ちてわたしの手のひらにダイブしたのだろう。


 これは檸檬ですか?

 はい、これは檸檬です。


 オーケー、オーケー。


「もうし」


 あーあー、聞こえない。


「そこのあなた」


 視界の端ぎりぎりに手のひらの上の檸檬を捉える。

 喋ってるなぁ。


「もうし」


 人でないものは、同じ言葉を連続で繰り返せないらしい。嘘が本当か分からないけれど、どうやら本当っぽかった。

 だって、檸檬色の生首は、首から上しかないのに喋っている。本来ならば、明瞭な言語など話せる筈もないというのに。


「わたくしとおはなししませんか」


 手のひらを思い切り振って、生首を引き剥がしたいけど、体は全く動かなかった。動くのは、首の上だけ。

 首の下が動けない人間と首から上しかない生首ってどちらの方が、自由なのだろうかと思いながらわたしは唇を湿らせた。


「ああ、おはなししてくれるんですね。ありがとう」


 無邪気に笑う生首を改めて見ると、全然檸檬には見えない。この生首がわたしとのお喋りに飽きてくれるのはいつになることだろう。


 これは檸檬ですか?

 いいえ、生首です。

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