第6話 難読和歌のアナグラム

 聖徳太子が外国語を理解していた、というのは、当時、東洋と西洋の交流があった証拠もあるので、あながち嘘ではないかもしれない。しかし、自分が気になっているのは、そういうことではなかった。

「未来を見て、外国のことを知ったのではないか。」

 現代では、地球上のすべての国々は、他の国との関わりあって成立している。聖徳太子が未来を見たなら、この時代の国々と、その言葉を見た可能性は大いにある。

 そして、額田王も。同じように他の国々を、外国語を、さらには外国の文字をも、知っていたかもしれない。


 どうしても、ローマ字に直した和歌が気になってしまう。頭では、絶対ありえない、とわかってはいても、心のどこかで、もしかしたら、と思っている。信じたい自分がいる。


 検索した。

「額田王 ローマ字」

 AIによる概要

 額田王(ぬかたのおおきみ、Nukata no Okimi)です。


 最近はトップにAIの回答が出るのか。まあ、内容については想定内。こんなものだろう。

 再検索。

「額田王 ローマ字知ってた」

 額田王はローマ字を知りませんでした。

 理由は以下の通りです。…


 AIにしては珍しく、はっきり言い切ったな。この回答は意外だった。知らない可能性が高い、ぐらいで返ってくると思っていたけど。

 その他の検索結果も、額田王がローマ字を知っていたいう話は見つけられない。


「検索では引っかからない。AIによる回答は否定…。」

 やはり、額田王がローマ字を知っていたというのは無理があるか。


 少し仕事をした後、いいことを思いついた。SNSで同志を探そう。SNSは、悪意あるウソや煽りの類も多いが、そこから真実に向かうきっかけの言葉が見つかるかもしれない。

「額田王の歌をローマ字で書いたら、やたらとAとIが出てきて何かの陰謀かと思った。」

 最初なので、冗談ぽくしてみた。#額田王 #AI #陰謀 をつけて投稿。


 すぐに返信は来るはずがない。わかっているのに、つい画面を見てしまう。書類作りを続けようとするが、集中できない。

「まず、落ち着いて、寝るか。」

 残りの書類を取り急ぎ書き終えて、スマホを見た。

 …寝るつもりだったのに。どうにも気になってしまう。


 ダラダラしながら見ていると、一件返信が来た。

「ないわーw。」

 そうだよね、普通は。


 …しばらくして、さらに、いくつか返信。

「予言とか、そういうことを投稿するのは、やめた方がいいと思いますよ。#予言」

 ああ、わかる。そういう言い回しで、不安をあおる人いるよな。アカウント名は、「莫囂@」か。詳しい人かもしれないな。


「ホントだ。AIいっぱい。組み替えたらなんか秘密の言葉になったり?#陰謀」

 組み替えたら?その発想はなかった。

 やり方を考えてみる。手で全部書いて一文字ずつ切り取るか…。めんどくさいな。

「AIって、アナグラムできるんだろうか?」

 試しに、額田王の別の歌で試してみよう。

「簾動かし秋の風吹く」をローマ字にしてアナグラムを作って、と打つ。

 返答は、

「いいね、やってみる!まずローマ字(ヘボン式で小書きせずに読みどおり)にして、それを使った**アナグラム(語順を入れ替えた詩的な例)**をいくつか出すね。…」

 おお、行けるのか?

「日本語読みの分かち書き: sudare / ugokashi / aki / no / kaze / fuku

単語レベルのアナグラム

1. aki no kaze fuku sudare ugokashi

— 秋の風が吹く、簾動かし。…」

 せっかくローマ字にしたのに、日本語の単語ごとに入れ替えてる。

 だけど、この様子なら最初からローマ字を入れてアナグラムにするように言えば、なんとかなるかもしれない。

 いつしか、寝ようという気持ちは無くなっていた。


 様々、試行錯誤した結果。

「s u d a r e u g o k a s h i a k i n o k a z e f u k u (すだれうごかしあきのかぜふく)」

のアナグラムは、

「f u r e a i s u k o s h i d a k e k a z o k u n a g u(ふれあいすこしだけ。家族なぐ)」


「ふれあい、少しだけ…?」

 

 学校で遊ぶ約束をしない子どもたち。

 彼女といても、スマホを見ている彼氏。

 告白の通知を待つ恋。

 

 まるで、直接のふれあいが減った現代の世界を見ていたかのようだ。額田王にとっては、1000年以上も先の現代を…。

 最後の、家族なぐは?多少無理に読めば、家族がなくなる、と読めるんじゃないか…。


 予言、という言葉が頭の中に浮かぶ。

 軍師として望まれた額田王。その能力は、

「未来を知る力!?」

 根拠はまだ薄いが、自分の中では確信に近いものを感じていた。



 次の朝は、何かふらつく感じがしたので、熱を測った。熱もないし喉や腹も痛くない。感染症予防のため、不調の時は休むよう言われてはいるが、はっきりとした症状が出ていないのに休むのは気が引ける。

 しばらく迷ったが、とりあえず出勤することにした。何か症状が出たら帰ろう。念の為マスクと体温計を鞄に入れた。


「センセー、予言やって。」

「先生は先生で、予言者じゃない。」

 教室に笑いが起こった。

「だって、国語つまんないもん。」

「わかる、けど、受験に真剣に取り組んでる人もいるから、面白くなくても授業としてはやっとかなきゃ。」

「ちょっとでいいからさあ、話してよ。」

 今日はなんだかしつこい感じがする。体調が悪いせいかあまり乗り気にもならない。こんなときは、誤魔化そう。

「はいはい、例の額田王の歌だけど、重大な秘密が隠されてるかもしれない。」

 メモノートを開く音がいくつか聞こえた。

「どんな秘密?」

「…調査中だ。ということで、はい、授業に入るよ。」

 その後は、教科書の通りに、面白くない授業を進めた。

 

 授業後、いよいよ体調が悪くなったので、持ってきた体温計で熱を測ると、

「37.5…。」

 微熱だが、感染症の初めかもしれない。生徒にうつすのは嫌だな。

 休暇申請をするとき、副校長が近づいてきて、

「先生、帰る時にすまないが、ちょっと話いいかな。」

 副校長から呼ばれるときは、大抵良くないことだ。生徒のことではなく、保護者がらみの。

「いや、保護者から電話が来て。授業中に関係ない話をするって。予言とか。」

「はい。」

「生徒のモチベ上げるのに話するのもいいけど、ほどほどにしといて。」

「はい。」

「授業遅れてたりはしないんでしょ?」

「はい。」

 はい、しか言ってないな。特に問題のある返事ではないけれど、少し感じが悪いかもしれない。何が一言言ってみようか。

「あの、保護者のお名前は…。名乗りましたか?」

「あ、何だったかな。言ってたと思うけど、ちょっと待てよ…。」

 副校長ともあろう人が、保護者の名前を忘れるなんておかしい。そう思ったが、追求する気力はもうなかった。

「あ、別にいいです。分かれば、ぐらいのことで…。」

「そうか、じゃあ、ま、そういうことで。帰るところ、悪かったね。体調しっかり治してね。」

「はい、すみませんでした。失礼します。」

「お大事に。」

 

 帰宅したら、熱が上がったのか、緊張の糸が切れたのか、すぐに寝た。

 起きた時には、もう暗くなっていた。頭が痛い。

「薬ぐらい飲めばよかったな。」

 市販薬を探して、飲んだ。体温は37.5℃。明日も続くようなら、検査しに行こう。


 もう一度寝ようと思ったが、一度起きてしまうとなかなか眠れない。スマホを見てみる。SNSを開いた。

「あれ?」

「額田王の歌をローマ字で…」という投稿がない。その他の日常やゲームなどの投稿は全て見ることができる。

 サーバーの方で不具合が出ているのか。そう思い、いろいろ調べてみたが、情報はなさそうだ。続けているうちに薬が効いたのか、いつのまにか再び寝ていた。


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