第4話 難読和歌、額田王
朝の打ち合わせが終わった。
今朝の連絡は、教育相談結果の提出期限と、来年度の入学予定者数についてだった。生徒に特別伝えることはない。
来年度入学者数は、今年をさらに下回る予定らしい。ここ数年、どんどん入学者数は減っている。そういえば、いつかのニュースでも、子どもの数が今年も最低を更新した、なんてことを言っていた。こっちも毎年下がり続けている。
ちょうどチャイムが鳴ったので、朝のホームルームに向かった。
放課後、教育相談の時間になった。教育相談は、生徒と一対一で話す時間で、目的は大きく二つ。進路希望調査といじめ発見だ。
進路については、直接その話をしても平気な生徒も多い。けれども、いじめ関係となると話は違う。慎重に取り扱わないと、後で大変なことにもなりかねない。個室で行うため、パワハラ、セクハラにならないように、言動、座る位置まで、細かく気を配らなければならない。普段の授業の何倍も気疲れする。
「最近、学校どう?」
まずは当たり障りのない話題から入るのが常だ。
「普通。」
想定内の返事。まあ、自分でもこんな抽象的な聞かれ方すれば、多分同じように答えるだろう。
「友達と仲良くしてる?」
あえて個人名は出さない。そうすれば、生徒も個人名を出さなくていいということがわかる。イジメがあった場合には、その方が話しやすいだろう。
「彼氏と別れた。」
…あ、やばっちいのキタ。セクハラ案件に引っかかるから、深くは突っ込めない。けれどもスルーするわけにもいかない。
「アイツ、アタシといてもスマホばっかり見てるんだよね。」
話を続けてくれるので、頷きながら聞きに徹する。
「もーつまんないから、別れた。」
「そっか。」
それ以上の言葉を返すのは危険だ。話を変えるか。個人的な話をしてくれてるから、イジメについてもはっきり聞いても大丈夫っぽいな。
「最近、クラスでいじめられてる人とかいない?SNSとかでブロックとか。最近はあまりそういうのないのかな。」
「えー、彼氏ブロックしたけど、仲間内ではないかな。」
「それじゃあ、次に進路聞いちゃおう。どこらへん狙い?」
そんなふうに、その日は四人から話を聞いた。重大案件は今日はなかった。
彼氏と別れた、か。時代が変わっても、そういうのはあまり変わらないな。変わったのは別れた理由か。彼女といるのにスマホばっかり見る、というのは、自分たちが若い頃はちょっと考えられなかった。そもそもスマホが、というかケータイすらなかった。
自分たちの時代は、とにかくモテたくて、カッコつけて、イキがっていた。
彼氏彼女できたら、もう嬉しくて、他のことなんか頭になかった。待ち合わせして、手を繋いで、一緒に下校。一人でいるとすぐに
「別れた?」とか言われて…。ああ、懐かしい青春の日々。
だけど、そう言われれば、今の若い子たちは、彼氏彼女と一緒に下校していない気がする。待ち合わせをしている様子も、あまり目にすることがない。
「今の子たち、スマホで連絡が取れるから、わざわざ学校で約束しないんですよ。」
隣の席の先生に話を聞いたら、そんな返事が返ってきた。
「そういうもんですかね。私なんか…。」
その後、カップルの話から若い頃の話、若い頃の話から流行ったゲーム機の話と、話題は次々変わり、
「少子化でゲーム機も売れなくなってるんですかね。」
と、いう話題になった。
「子どもが減ってるといえば、来年も生徒の数減りますね。」
「このままだと、再来年あたり学級数減るかも。」
「子ども増やして、っていうわけにもいきませんから、仕方ないですかね。」
「少し前の政治家が、それ言っちゃって、謝ってましたよね」
「あったあった。」
この先生は同世代なので、昔話がしやすい。その日は退勤近くまで話し込んでしまった。
スマホを見て彼女の相手をしない彼氏。
スマホで連絡して待ち合わせ。
「なんでもスマホか。」
ともすれば、現実の人間を相手にすることよりも優先されるスマホ。かくいう自分自身も、気がつけばスマホの画面を見ている。
「他の人って、スマホで何してるんだろ。」
生徒たちは、動画を見ることが多い。TikTok、YOUTUBE…、授業中、話題にあがったASMR動画も人気ジャンルだ。
それからSNS。生徒に限らず、大人も多くの時間をこれに浪費している。
よく知りもしない、自分に直接関係ない話題に批判コメントを殺到させ、炎上させることも多い。書いている方は正しいことをして何が悪いという気持ちなのだろうが。タチが悪い。
自分はどうだろう?最近のスマホ使用といえば、例の難読歌解読だ。YouTube動画やSNS、ブログを検索し、AIを使って…
いじめアンケートの結果、相談する相手としてAIをあげる生徒がいた。自分もAIに色々聞きながら自分の考察を補完していった。
ASMR、YOUtube、AI…?
『莫囂圓隣歌』に、全て書かれている…?
そんな、まさか。そう思ったが、一度気になってしまったら、やはり調べてしまう。あり得ない、そう思いながら。
歌には、AIのことなど、これっぽっちも詠まれていない。そこで、詠み手「額田王」について、調べてみた。聖徳太子は未来を知る力を持っていたと言われている。もしも、彼女も同じ能力を持っていたとしたら。
額田王。生没年未詳なのは、都合の悪い出自か、実在の人物ではないのか…。
大海人皇子と結婚した後、その兄の中大兄皇子の妃になったといわれる。正式な記録はないが、『万葉集』4-488に「近江天皇」を想う歌があり、この「近江天皇」が中大兄皇子であることが根拠とされる。
天皇とその弟の間に三角関係があった、というこの説。
「異世界転生の小説かよ。」
…『転生したら旦那の兄のイケメン皇子に愛される額田王でした』
バカバカしくて、ちょっとよだれ出た。クビになったら書いてみよう。
「待てよ、この説が正しいなら。」
中大兄皇子が弟の妻を欲しがった理由は何だろう。
好みの女性だったから?皇子だから取り巻く女性は多いだろうに、わざわざ弟と争う必要はない気もする。
高貴な血筋とか、権力のある家柄だったから?それなら、生没年の記録がはっきりしているはずだ。
「必要とされる人材だったということか。」
中大兄皇子は、実質最高権力者だった。政治、戦のリーダーだった中大兄皇子に必要な人材とは、一体なんだろう。
戦が強い?額田王にそのイメージはないな。
情報?いつの世もその先を予測する時に必要だ。忍者やスパイみたいな諜報活動…。それもイメージないな。
いや、まてよ。情報。今のことを探るのではなく、未来を知ることができる人物なら?予測ではなく、正しい結果が分かるのであれば、権力者がなんとしても手に入れたい人物として十分な条件じゃないか?
何とかその根拠を求めて、検索したり、AIと対話したりしたが、有力な情報は結局見出せないまま、夜は更けた。
「『莫囂圓隣歌』以外の歌も、調べてみるか。」
ムキになって、その夜も、遅くなってしまった。
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