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  • 編集済

    扉を開いてみたら、予想以上に谷底が深いアドベンチャーワールドなのですね。
    書き始める前と、書き始めの頃を思い出しました。
    最初の二行はもうリライトをしていません。というのは、携帯のメモ帳に貼って持ち歩き、隙間時間に吐きそうになるほどリライトしていたから。
    (今の自分ではこれ以上できない)
    永遠に三行目を書く日が来ないかと思った。

    その時点でもう気が付いていました。たった二行なのに。大変な扉を開けてしまったって。

    書き始めて、普通の辞書だけでは無理だ。今までの表現という物がない文体では書けない、とすぐに気が付きました。
    なので、エイッと奮発して、てにをは辞典を買い、感情辞典を買い(そこまでするか、と自問自答した)、そして自分が書きたいくらいの文体硬度の小説を読んでみた。
    小説を読んでしまうと、文体を分解する以上に物語に入ってしまうので(作家力ですね)なかなかうまくいかない。でも、読み方が変わった小説もあった。

    ノートを買ってきてネタ帳にして、展開を考えて。
    そして第一部を書きあげて、そこからスタートしました。矛盾や展開の足りなさを修正するために、第一部をいったん全部書いた。
    書きながら連載、は自分はできない。

    本を読んだり、記事を見たり、何かを見たりする時に、ネタになりそうとワクワクする。

    ここまでは全く指南書も読まず、勝手に自分だけでやってしまった。多分こういうのがあったら良いかもとか。
    で、連載を始めてから指南書みたいなものを読み始めた。(文章読本はかつて読んだことがあるけれど、物語読本みたいなのは初めて)

    そしてリライトして苦しんでいる時に、千古不易さんのサイトに出会って、エイッと文章事典を買ってしまった……。

    他の余暇趣味を放り出して、お金を辞書に費やしてしまった……。
    お気楽に楽しく書くはずが、振り返ってみたら、あれ?修行みたいなことをしている(笑うしかない)。

    釣り竿は釣った経験がないと、釣り竿だと気付かなかった。

    下書きが終わったら、図書館に行って類語表現辞典と国語文法を眺めてこよう。

    この広大なアドベンチャーワールドにいるのも、扉に戻るのも、実は自由だ。
    けれど、たぶんもう少しこの空間にいると思う。

    もう少し頑張って書いてみる。ありがとうございます。
    長い文面にお付き合いいただき、ありがとうございました。

    追記、カクヨム投稿者がエタったり去ったりするのは、自分も別にいいと思っています。本音では。だって、そうしないと角川のサーバー負荷が大きくなる。


    作者からの返信

    https://www.filmart.co.jp/ruigojiten/

     お役立ちサイトです。色々な辞書がありますし、創作に役立つツールもあったりしますよ。

     私も辞書は毎年増えていますね、昔の辞書にしかない言葉だったりを探すのが趣味なのです。

     ともあれ。

     作品を書き上げてから投稿するのは賛成です、十二分に練ってからお披露目すべきです。

     私は書き慣れていますので連載の形をしてますが……一章、或いは一作を書き上げてから投稿した方が安定すると思います。

     連載はプロット管理や、それに伴う文章出力の均一さが求められますからね。取り敢えず書いて、後から整合性を確認するスタイルだと綻びが出ますから。

     それに負担も強いので、そのままのスタイルで大丈夫です。

     ささやかながらエールを送ってますよ。

     あ、なにかあれば近況ノートにでも質問して構いませんよ。なんなら、そちらの方が他の創作者と関われるので多角的なアドバイスやフォローが貰えるかなと。

     中々にガチな方ばかり私の近況ノートにいらっしゃるので、なにかあれば気負わずどうぞー


  • 編集済

    小説初心者あつまれーへの応援コメント

    お師匠様、質問していいでしょうか?
    (どんどんマニアックになっていくので長文になります。ごめんなさい)

     これから詳細を書きますが、大まかにいえば、「上達するにはたくさん書きなさい」という言葉があります。
     沢山書いた先には、何があるのでしょう? 

     まず、現状は第二部の下書きは、あと三十話くらい書いたら終わる。
     第二部を書いている時にこんな細部を書き始めてどうする? と思ったけれど、今は自分が書きたいから書く。
     後はリライトし続けることになる。(リライトは嫌いじゃない)
     このリライトは今書いている物をよくするためですが、それだけなくて次を書くための練習台にする。

     ここで問題が出て来て、それはリライト。

    ①表現技法を知らないと、リライトできない部分が残る。(こっちのほうがずっと多い)
     自分で書いたものを、自分でリライトするという事は、リライトする人の能力=書いた人の能力。
     宿題に、自分で「☓」を付けられない。
     リライトするときに表現技法の知識が要るのではないか。
     
     「無意識でおかしいな」と思わなかったら、どんなに楽なんだろう。

    ②小説を書くことの難度ってどれくらいなのか。賢くない人が書こうとすることが無謀なの?

    ③表現技法を知れば、もっと自由になれるの?
     あんな文豪と言われる人も苦悩していますよね? 
     小説家と言われるくらい技能と知識を知性を持った人でも、もしかしてずっと苦しいの?
     自己流でもずっと書いていたら、何かが変わるのかな。
     どんな人でも、たくさん書くことで解決するの?

     他人という読者は無視できるようになったけれど、自分という最初の読者は捨てられない。
     この読者がお気楽者だったらよかったのに。(でもそういう人は書かないかも)
    リライトはもう一人の自分。

     ①に関しては、まず語彙は自分が使ってきたものが小説では全く使えず、独自の表現がある(固唾を呑む、とか書くのは小説だけ)。
     これは徐々に増やしていくとして。
     下書きは一気書きするけれど、文法的な部分で感覚的に悩み始める。

     仕事で一時分かりやすく伝えるをしていたせいか、分かりやすい文章でふわっとした物語を無意識に書きたい気がする。
     形而上的な表現をしないようにしている気がする。

     例えば「Who knows?」(誰が知っているというのか)という言葉を書いてしまっていて、これ直訳に変えようと、誰も知らない、と書き直す。
     「Who doesn't know?」(誰が知らないだろうか)を、みんな知っている、と反語表現を止めて書き直しを勝手にしている。(調べたら修辞疑問文)
     これ関係代名詞的になって長い、平叙文に書き直そうとか。
     連体修飾語や連用修飾語を無意識に悩んでいたり(用語は忘れていたので調べた)、小説は論文や報告書より句読点が多いらしい(?)とか。

     無意識に悩んでいる自分がいる。
    (「現代文」の授業は、教科書を貰った初日に全部読んでしまって、適当に聞いていても感覚だけで乗り切れてしまったので、そういや国語文法があったよね? という奴です)

     あわわ、と思ったけれど、この小説は今の自分のリライトで、もう最後まで連載する。(性格的に締め切りがないと更新しない奴)
     下書きが終われば適当にリライト連載しながら(下書きがなくなれば時間ができる)、次を書くために国語の本を読もうと思う。(小学生か中学生くらいのでいいのかな)

     次に書く時は(もう三話と最後とプロットを持っている)、やっぱり一気書きして、そこから表現を気にしながらリライトしたい。
     けれど、自分の能力が高められるのかな?

    ②小説を書くことの難度ってどれくらいなの?
     
     リライトを繰り返したこともあるし、人からリライトをされた経験はある。日本語文はあまり添削は入らなかったけれど、英語文はかなり添削された(英語は苦手なのにやらされた)。
     でも人から手が入っても、結局は最後は自分の能力が必要だと思った。

     リライトの方法を読んでも最後は、結局は自分でリライトできるようにならなければいけない。

     小説を書くことの難度ってどれくらい? もしかして弁護士資格くらいの難度があるの? (怯える)

    ③物事を始める時、ゼロから積むときが一番辛い。それは知っている。一レベルになるまでが凄く停滞する。そして、三レベルくらいになったらまた停滞する。
     資格でも趣味でもそうだった。
     けれど難度がある。独学で到底できない、時間がかかるもの、何とかなるもの。どれも経験してきた。一を積むのに三年かかったものもあった。
     独学はペースが遅く、習うと早くなることもある。けれど、経験上では結局は本人だなと思う。

     だから、一を積むときには割と集中する。一になったら多少は自由になるから、そこからは割と自分のペースで続けていける。
     小説はたくさん書けば自由になれるの? もしかして、とんでもないものに足を踏み入れてしまったの?

     小説を書こうとは、今まで思わなかった。とても無理で、読むものだと思っていたから。

     でも、ふと書き始めてしまったら、滅茶苦茶楽しい。
     楽しくて、考えもせず、そのまま走り始めてしまった。

     物語り自体を「書く」ことが苦しいわけじゃない。
     ボロボロになってリライトした経験があるから、カクヨムでのリライトは軽い軽い。
     けれど、書くと自分に何かが凄く足りないと気付いてしまうことが苦しい。
     気付かないで書けたら、楽なのに。

    (純文学を書くわけでも、商業作家になることも目指していないのに、楽しく書けるようになりたいのに、最初の読者(自分目線)が無意識の違和感を持ちやがる←(# ゚Д゚))

     沢山書けば自由になるの? 賢くない人が書こうとすることが無謀なの? 技法を追及してしまったら、書くことが嫌いになったする?

     小説を楽しく書くには、この「無意識でおかしいな」を無視できないといけないのかな。
     それとも自己流でもずっと書いていたら、何かが変わるのかな。
     どんな人でも、たくさん書くことで解決するの?

    作者からの返信


     とてもシンプルですが、小説にしろ絵にしろ、創作は自己客観視との付き合いです。私のリライト教室ではその自己診断能力、客観視を培う為にありました。

     この表現はどうだろうか? この言葉に置き換えるべきか? そもそも展開の提示順序に捻りを加えるべきか?

     と、皆さん悩んでいます。私もそうです。ただ、確かに。

     書けば書くほどに辞書をひいて手にした一時的な飾りも、確かな語彙として馴染みますし、組み立ては上手くなります。

     筋肉をつけるには破壊からの再生と言いますしね。

     私は毎日一万文字のノルマを課してはいます。手書き原稿の時もあれば、PCの時もありますけど。何故書くのか、私の場合は語彙力の維持もあります。

     使わない筋肉は衰えますからね。辞書を読む、書いて馴染ませる、指が覚える。脳味噌が字に最適化される。

     書いていれば、取り敢えずはこうした効果は得られます。でも必ずしも書けばトレーニングになる訳ではないので、考えるのが大事です。


    Q
    表現技法を知らないと、リライトできない部分が残る。


    A
    客観視、作家の成長次第です。色々触れて、考えれば鍛えられます。実際、リライト教室を見て振り返る力が増してはいませんか。

    鍛えられつつある証拠です。客観視出来れば、自立する事が可能ですからね。

     持論ですが。魚より竿を与えよ、なんなら竿の作り方を教えるべき。さすれば魚好きは漁師になれるさ。みたいな話です。



    Q
    小説を書くことの難度ってどれくらいなのか。賢くない人が書こうとすることが無謀なの?

    A
    上手く嘘を積み重ねて、騙さねばならない。これは矛盾や綻びがあると破局するもんで、それをしないように注意を払うのは大変ではありましょう。

    単なる賢さは引き合いにはならないと思いますが、考えて悩んで工夫する賢さを持てないと難しいでしょう。ただ、目指すべき道によります。先ずは形にする、納得が出来なかったらどうすれば良いか考える、それが賢さです。

     知識は武器ですが、賢さは酸素ですから。



    Q
    表現技法を知れば、もっと自由になれるの?

    A
    私も独学ですが、知識があれば手段にはなり得ます。選択肢を増やす方法は幾つもありますが、勉強や感銘、発見に疑問など、そうした経験が選択肢を増やすと思います。

     例えば『考える』を書く際の表現方法は千差万別でしょう。

    『顎に手を添えた』

    『顎髭を弄り、思考に沈む』

    『唇を指先でとんとん叩く』

    『目は斜め上、空に向く』

    『頭の中に分け入り、脳を弄った』

    『息を緩く流す。目は景色を捉えずに、ぼんやりとしていた』

    『考える』

     などなど、ぱっと浮かぶ表現はまだまだありますが。こうした表現の幅は好みもありますし、意図した効果を与える為の武器ではあります。

     選択肢が多い程に悩みは増えますけれど、それが成長なんですからね。

     沢山書け、沢山読め。これはかなり言葉足らずな指南です。

     構造を理解しよう、文章を解体しよう、どんな意図がありどんな効果があるのか。展開や、並び、句読点の位置の理由。とか、考えて理解するのが大事です。

     そして理解した知識を、書いて血肉にする。それが作家としての成長ですね。感覚派か、理論派か、これによって話はややこしくなりますけども。

  •  こんにちは。

     読んでくださったんですね。ありがとうございます。(泣く)

     自分が今思っていることは、
    ①自分が作った人物を、思い描いたエンディングで成仏させること(?)
    ②書き終えましたと、ここに報告しようという目標を立てたこと
    です。

     小説なるものを書くことは楽しいけれど、思った以上に孤独だな、ということ。
     千古不易さんのサイトを読んでいなかったら、潰れていたかもしれません。

     お師匠様(勝手に押しかけ弟子に? ご不快でなければ見逃してください)のお陰です。
    (*よほど心が動かないと自分から動かないので、基本は読みROM専門です。今回は引き寄せられ、迷いを吹き飛ばして頂いた)

     書き始めてから、どうやって書くのかを調べていくと必ず出てくるのが、「読者のために」書きなさい、という言葉。
     これ、まともに捉えたら、潰れる。
     よく考えたら、読者がいないんだもん。
     
     素人が、自分で自分のリライトをする、ってとても難しい。
     方法が分からないから。
     誤字脱字も何度読んでも、見逃すし。

    (かといって、経験も少ないのにガンガン指摘されたら、素人は潰れちゃう)

     今回経験したことを、小説風に脚色して書いてみたらどうなるのかな? (それなら二人称を使うか?)
     と思って、書き上げて投稿したら、応援してくださった。

     自分はサイトをずっと持っているけれど(小説じゃない、書くことでもない。ついでに誰も来ないw)、その経験上消すことはしないので、それを使いました。

     その時に気が付いた知識で書き上げて、リライトする。何回も。(いつ終わればいいのか、分からないけれど)
     まだまだ先だけれど連載を書き上げて、そして次の作品の準備をする。ちょっと読む時間も作りたいな。その時は作文読本も読もう。

     お師匠様、ありがとうございます。

     いつか、私も筆を止める日が来るのかな。
     でも、ココで何かを経験できる。この時を大事にする。

    作者からの返信


     師匠とはまた過分な評価ですが、糧になれたなら本望です。

     私としましてはブラザーみたいに、フランクな関係でありたいものですけど。

     

     なによりも『書きたい』を大事になさってください。無理をせず、どうあっても。締め切りはないし、重責もない。最初の読者は己なんですからね。

     エタっても、まあ、良いじゃないかと。ただ、書きたいなら書けば良い。私は『書きたい』と『書かねばならぬ』気持ちでこそ筆を取ります。

     読まれたい、より書きたい。この『世界』が『確かに実在する』のを書きたい。あの子の体温や息遣いを、文字にしたい。そして、書き終えたら読み返す。

     それが私の楽しみなんですよね。

     あ、因みに私はかなりピンピンしてますので安心してくださいまし。書きたい、や、書かねばならぬ、とならないと『公開する作品』はなくなるかも知れませんけども。

     そりゃあ仕方がない、書く必要がないと流石に。習作は書かねばならないのでコンスタントに出力してますけども。

     そう、近況の内容に反してかなり頑強で孤高な精神性をしてますのでご安心くださいませー。


     ともあれ。

     作品の中で困った事とかあったら気楽に声掛けしてくださいまし、基本暇人なのでお手伝いしますとも。

     それなりに大概のジャンルを知りつつ言語化も可能な理論派の人間なので、色々答えられるかなと。

  • 自由間接話法で、一つ過去形文なのに、主語者と語り手の二人の視点があると、専門家が書いているのですが、意味が分かりません。
    語り手が物語を語るという距離を取る、って何なのか? (語り手の視点とは何)

    三人称一元視点という言葉を書き始める前に初めて知ったのですが(三人称と一人称、神視点は知っていました)、自由間接話法と何が違うのでしょうか? 同じ?
    賢くないので、分かりやすご教示いただけますでしょうか?(コラムを読んでいても日本語が難しいです。すみません)

    それから「寂れた」というのは主観で、「錆びた」というのが客観という事ですよね。
    錆びた物を寂れたと感じるか、美しいと感じるかは、その人次第。
    もう少し主観と客観を区別することを意識した方が良いと、なんとなく分かりました。
    しかし、内的描写と外的描写の組み合わせ、という事を初めて知りました。「修飾」には書き手の主観が入るけれどそれはただの客観的「描写」という事なのでしょうか。
    セリフも描写も全部難しいです。内的描写と外的描写の区別がついていないと思います。

    作者からの返信


     おや、さっきぶりです。更に詳しく解説致します。

     が、先に一つ。

     これらの技法は正直Web小説では基本は使用されていません。読書の負担が大きく、Web読者層とミスマッチしているのです。万人向けではないものの、刺されば血飛沫が上がるものになります。

     エンタメより、純文学の系譜技術になるので……ちょっとややこしくなりますし長文になります。また、えっと分からない例え話とかするかも知れませんが……。


    では早速。


    1
    自由間接話法と三人称一元視点の違い

     
     三人称一元視点は『特定のキャラクターの肩越しにカメラを置く』手法です。
    対して自由間接話法は『カメラをキャラクターの脳内に埋め込む』手法だと思ってください。

    次に『カメラ』について。
     これは語り手に限らず、読者の視点も含めたものです。これは正直深く考えず【人称により語り手《カメラ》が変化する】とだけ覚えて大丈夫です。


     例を挙げましょう。
    【客観】彼は錆びたバッジを指で触った。
    【一元】彼は錆びたバッジを指で触れ、感触にひやりとした。
    【自由間接】ひやりとしたバッジ、指腹に伝わった僅かな凹凸は錆びであった。

     三つ目、主語がないでしょう。
     でも誰の感覚か分かります。語り手の地の色と、キャラの意識が『溶けて』混ざり合う。これが自由間接話法です。読者のカメラがキャラクターに同調させられてしまうんですよね。

     寂れた(主観)
     錆びた(客観)

     概ねは正解です。
    『寂れた』と書くと、それは作者の説明、客観になります。
    『錆びた』と書けば、それはキャラクターの主観になり『得』ます。

     読者は、事実を提示されて初めて『あぁ、寂しいな』と、自分の感情として生み出せるんですが。

     これは言葉の選び方だけの問題ではなく、描写とはなにか? の本質にあります。

    と言うのも。

     内的描写と外的描写の組み合わせは心の震え(内的)を物理的な動き(外的)で翻訳する作業でして。これが先ず大前提、これさえ出来れば問題はないのです。

    『悲しい(外的)』と書かずに『指先で紅茶の縁をなぞる(内的)』と書く。
    なぜ、動作や物を描写するのか?

    落ち着かないから?

    誰かの不在を埋めたいから?

     この『なぜ』を読者に推測させる余白=【行間】こそが、『描写』なんです。

     難しく考えなくていいんです。
     『カメラに感情を映さない』事から始めてみてください。

     無機質なカメラが、何を、どう映すか。その『映し方』にこそ、あなたの主観(作家性)が宿ります。


     なぞと、〆ては分からんので。

     三人称限定視点と自由間接話法の違いを更に深掘りしましょう。

     この二つの違い
    三人称限定視点は
    『キャラクターが受けた全て、客観的事実をカメラで写すもの』

     同時に、一人のキャラクターだけに固定されます。

     簡単な例え話にすると「Aは〇〇だと『思った』」

     キャラクターの感情を語り手が客観的に記述する、この【壁】があります。

     しかし、自由間接話法は違います。地の文そのもの、語り手にキャラクターの思考回路、思想を混入させるんです。

     そして、自由間接話法は三人称【限定】【神視点】の縛りがない点です。どちらでも使えます。問題は使い方を誤れば人称ブレになる所でしょうね。


     詳しくは私が書いている【リライト教室】 参加作品名『魔王の呪いを解く旅へ』

     にて、解説してもおります。

     より実践的な解説、サポートをしていますので、是非そちらを読んでください。かなり描写の理解が深まりますし、リライト教室全編を読むと糧になれるかと思います。

  • こんにちは。
    企画でご一緒してたんですね、というか主催者で。拙作ではなんだか頓珍漢なレスをつけてしまってすみませんでした。
    ところで、こちらは基礎といいつつ高度なことを述べられていますね。しかも純文学寄りだと思います。
    当方は100%感覚派(印象派?)でして、理論はさっぱりです。「地の文」とか「視点」とかの話はカクヨムに来て初めて知りました。某所で「異化」の説明を読んで、ちんぷんかんぷんだったのですが、本稿で少し分かった気がします。ありがたいです。
    それではまた。

    作者からの返信


     ある意味、情報密度とか行間の壁を前にすると必要になるものですよね。

     私は理論百なんで言語化ばかりしてますね苦笑

     糧になれたら本望です

  • 思うのですが、書いた小説の誤字脱字を指摘されるのはこちらの誤りなので別に良いのです。
    しかし、どこぞの自主企画の読み合いイベントで企画主さまが「読みにくい文章については批判する場合もある」みたいなことを書かれておりまして、一瞬「?」となったことがあります。
    小説の書き方にある程度のテクニックの必要なことは承知の上ですが、だからといって他人の小説に野次を飛ばす(考えすぎかもしれませんが)のはどうかと思う今日このごろです。
    なんといってもカクヨムはあくまでSNSなので、交流する際には指摘や野次にかたむくのではなく、お手直しくらいの助言や感想であれば相手側も怖がらなくて済むのになぁと思います。
    辛口コメント希望と言って、小説にストイックな方はいいかもしれませんが。なんせ私は他の方の小説の粗探しはしたくはないし、多少の粗があっても口には出さない小心者でして……(それはそれで相手側も困るのかな)。
    どうなんだろう。。。
    長々と失礼しました。

    追伸
    御作、物書きの上でとても為になる内容でした。

    作者からの返信


     そうですね、そのお気持ち理解できます。

     実際、私がカクヨムに訪れて辺りを見渡して一ヶ月ちょっと。

     カクヨムは作者、読者の交流が盛んで距離が近いですよね。魅力でもあり、こうした悩みにも繋がるのだと思います。

    そうしたお気持ちが分かる一方、件の方のスタンスも理解できます。私とか、そう言った趣旨のイベントには前向きに参加するタイプではありますからね。

    これはですね、考え方の違いなのかなと。

     ああした、文章の是正や違和感を言語化するような意見は貴重なもので、同時に作者に優しく厳しいものではあります。

     と言うのも

     ウェブ小説は参加が容易だからこそ、様々なスタンスの作者が存在します。

     編集者がいないから、そうした厳しい意見が欲しい人。作品の質を問いたい方と、そうではない方。

    そうした違いだとは思いますね。

     件のイベントは前者なのかなと、私は考えています。

  • 物書きとしての経歴などへの応援コメント

    半月良いですよね。
    まさか二十代とは思いませんでした笑

    作者からの返信


     半月、あれは……いい……。語る言葉を減らしたくなるくらい。


     
    私もそろそろ、新鮮さがなくなりそうではあります。瀬戸際ですねー。

     大体……思い出す限りは……皆さんは意外って言います。多分、ほら、私って頭でっかちだからかなあと。ふへへ

  • これはすごい!ためになります!

    作者からの返信


    初心者向け、ではない自覚はありますが糧になれたなら本望です。

     この創作論ではよくある『経験』とか『センス』とか、そう言った安易な言葉に逃げずに作者様方の中にふっとい軸をぶち込む気構えで挑んでおります。

     指南とはやはり、自立を目指してこそだと私は考えておりますので!

     次回は長文の良し悪しか、更にマニアックな技術を言語化しようと愚考しております。

     お楽しみを〜

  • 物書きとしての経歴などへの応援コメント

    コメント失礼致します。

    安吾の堕落論や桜庭一樹のゴシックシリーズなど、私も好きで読んでいたので、勝手ながら親近感を覚えました。

    作者からの返信


     おや、堕落論を通るとは珍しい。これもまたなにかの縁ですね。

  • 物書きとしての経歴などへの応援コメント

    コメント失礼いたします。

    『読むもの』や、また『感銘を受けるもの』は様々ですよね。
    ジャンルや”枠組み”に捉われず面白いものを面白いと感じられる感性は素晴らしいと思います。
    ”評価されたものが素晴らしいもの”というのは、当然、間違いだとは思いませんし、その要因にも頷けるものが多いです。
    同時に”そのすべてが万人に合うのか?”という疑問も感じていたりしました。

    割と自由に自身の感性が表現できるようになった昨今、自分だけしか感じないのでは? という面白さの発見や、共感してもらえたら嬉しいかな? という些細な承認欲求などが動力源となり、こうしたWEB上での読み書きを行っているのでは? と、作品を拝読し感じたりしました。

    ”評価される面白さ”に感銘を受けながら、”評価されてはいない”面白さを見つけ出していく。なんて楽しみ方をWEB上でしていたりはしますね笑

    なんとも纏まりませんが、作品を拝読しながらそんな事を考えさせていただきました。
    どうも有難うございましたm(__)m

    作者からの返信


     そうですね、私は気儘に手に取った作品を読む、のが趣味ですので。その時々で全く違う考えを浮かべるのが大好きです。

     活字が好きで、紙の、こう重さが好きな人間だったりします。普段から本ばかり読んでいるからあんまりこちら側の作品を読むいとまがないものの、特に偏見とかないのです。

     唯、その、飽きはちょっとあったのも事実。こちらこそとても面白かったです。活字に感謝を! なによりあなたへ感謝を!