閑話「神父から見たエクソシスト」
私は戸塚四郎。
山の斜面にある小さな町の教会で教会主を務める司祭でございます。
私の一家は古くよりカトリック派のクリスチャンで、代々教会主の立場を受け継いでおり、祖父が天に召された後、本来なら教会主の立場は父に受け継がれる予定だったのですが、父が当時就いていた仕事が辞められる状況になく、ミッション・スクールを卒業したばかりの私に仕事が回ってきた形となります。
日本では勢力の小さいキリスト教の聖職者ということで肩身の狭さを感じつつも、近隣のクリスチャンからの手助けもあり、少しづつではありますが仕事も板についていきました。
学校で学んだ知識を活かせることに、遣り甲斐を感じていたのもあるでしょう。
そんなこんなで、教会主の仕事を熟していた私でしたが、一つだけ上手くいかない仕事がありました。
それはエクソシズムです。
「神父様、どうにも私の娘には悪魔がとり憑いてしまったみたいで……。
幾つかの病院で診断してもらったのですが、どの症状にも当てはまらず……」
「そ、そうですか……わ、分かりました! 私の方でも調べてみましょう!」
エクソシスト。
それはかつてカトリック教会に存在した聖職位階の一つです。
中世ヨーロッパにおいて、カトリック教会には7つの聖職位階があったとされます。
「司祭、助祭、副助祭」を上三段とし、「侍祭、エクソシスト、読師、守門」を下四段。
しかし「第2バチカン公会議」以降、下四段は聖職位階からは外されてしまいました。
読師は「朗読奉仕者」となり、侍祭は「祭壇奉仕者」という一般信徒の職業に。
「エクソシスト」に関しては、一部の聖職者がエクソシズムを身に着ける程度に留め、専門的な職業としては扱われなくなりました。
また、上三段は「司教、司祭、助祭」となり、「副助祭」は下位聖職に変更されます。
科学が世界の謎を解き明かしていき、悪魔がより暗がりに身を潜めるようになった、そんな時代の変化も影響していたのかもしれません。
例に漏れず、私はエクソシズムを習得していませんでした。
悪魔という存在をそれほど信じてはおらず、実在はしたとしても、こんな時代です、私には縁のない存在だと。
また、通っていたミッション・スクールに悪魔を祓う方法を教えるエクソシストコースが存在しなかったのも原因の一つでしょう。
身近に頼れるエクソシストは一人もおらず、私自身エクソシストとしての素養はない。
それでも助けを求める人々の求めに応じ、上層部から送られてきた祓魔式の教本を読み進め、探り探り悪魔祓いに取り組んでいきます。
「神父様のお陰様で娘から悪魔は祓われ正気を取り戻しました!
ありがとうございます……!」
「い、いえいえ、聖職者として当然のことをしたまでです……」
悪魔祓いの依頼が訪れる頻度は1年に2度程度。
その9割以上は悪魔に憑かれているのではなく、何かしらの精神疾患を抱えていたため、私にもできる程度のカウンセリングを施した後、近くの精神科医を紹介すれば丸く収まることが殆どでした。
とはいえ極稀に本物の悪魔と遭遇することもあります。
今まで遭遇した悪魔は、力の弱い病魔や、インプといった小悪魔が大半だったため、どうにか私の力量でも祓うことができましたが……もし、ソロモン72柱に名を連ねるような大悪魔が現れた場合、私ではどうにもならないでしょう。
教会主となり苦節20年。
現在の年齢は38歳。
ストレスからか白髪や皺が増えてしまい、実年齢以上に老けて見えるようになりました。
お陰で38歳にしては教会主らしい貫禄を得られはしましたが……。
いずれ訪れるかもしれない破滅の瞬間に怯えながら日々を過ごしていました。
そんな時です。
「神父様、お力をお貸しいただけないでしょうか」
教会に二人の高校生が訪れました。
片方が荒木明くん、もう片方が柊小夜子さん。
なんと彼らは悪霊に遭遇したと言い、その除霊を手伝ってほしいと語ります。
悪霊の名称は「ドレカヴァク」
エクソシズムに詳しくない私でも、凶悪な悪霊として名前は知っていました。
遂に私の手に負えない問題が来てしまったのかと恐れおののきます。
とはいえ荒木君の話を聞いていくうちに、段々と希望が見えてきました。
まず前提として、ドレカヴァクは生前に洗礼を受けられず死んでしまった子供の悪霊です。
ならば洗礼を施すことによって、悪性を祓い正常な霊に戻し、天国に送ることができるのではないかと。
それが荒木君の考えた除霊方法でした。
死者に洗礼を施すというのは初めての試みでしたが、洗礼のやり方自体はミッション・スクールで学んでおり、これまで教会主として何度も実践しています。
荒木君が見出した活路を信じ、勇気を出して悪霊の洗礼に取り組みました。
「ありがとうございました神父様……!
ようやく息子の魂が救われました……!」
結果として、悪霊は正常な霊に戻り、幼くして亡くなった子供の霊と、その母親を新たな信徒として迎え入れることに成功します。
「ふ、ふふふ……!」
この日の夜、私は年甲斐もなく興奮して眠れませんでした。
問題解決に導けたのはほぼほぼ荒木君のお陰ですが、こんな時代にドレカヴァクという凶悪な悪霊を祓い、死者と生者の両名を宣教にまで導けたのですから。
規模は違えど、これは聖ゲオルギウス様の竜祓い伝説のような、偉大なる聖人たちの成した宣教物語と要点に相違はありません。
聞くも涙、語るも涙する、儚くも美しい物語の一員になれた感動もあったのでしょう。
一生モノの自慢話が手に入りました。
今度の同窓会でかつての同級生に自慢しましょうか。
なんなら自伝でも書いて後世に残すのも面白いかもしれません。
なにより嬉しいのは、荒木くんと交流を持てた点です。
荒木くんは自らをにわかエクソシストと自称していましたが、あれほどの知識を持っていたのですから、どこかできちんとしたエクソシズムを学んでいたのでしょう。
もし今後、悪魔祓いの依頼が来た際は、積極的に彼を頼ることに決めました。
素人が半端な知識で悪魔祓いを続けるのは危険ですからね。
今まで悪魔祓いの依頼が来るたびに頭を抱えていましたが、これでようやく枕を高くして眠ることができそうです。
==
──20回。
それがここ一年少しで荒木くんと柊さんが遭遇した悪魔事件の回数でした。
私が十年に一度遭遇する程度だった本物の悪魔事件を、わずか一年間と少しで20回も見つけ出す柊さんの調査能力に、その大半を独力で解決した荒木君の解決能力。
これらは異様という言葉だけでは片付けられません。
悪魔事件が起き解決されるたびに、私は泡を食いながら報告書を書き、上司に当たる司教様に送っていたのですが、いつしか司教様を超えて教皇庁の重役たちの耳にまで届いたようで、荒木君は教皇庁から正式にエクソシスト代行として認められました。
あのカトリック教会の総本山が、教会の一員として強引に取り込むのではなく、エクソシスト代行証を贈るという前例の少ない手段を用いるほど、気を遣うべき相手と見做していたのです。
彼の異様さは教皇庁ですら認めるところでした。
特に秋から冬の終わりにかけての一季は凄まじかったです。
頻度もさることながら、遭遇した悪魔や悪霊は祓うのが困難な強力な相手ばかり。
諸悪の根源であったヴィイとの直接対決が行われた際は、現場に私もいましたが、まさしく最新の神話と言ってもいい光景でした。
とはいえその後日、荒木君は除霊中に怪我を負い入院してしまいます。
あの無敵のエクソシストである荒木君が入院するほどの大怪我を……当時の私は焦りながらも、ようやく見せた彼の人間らしい一面に、少しばかり親近感を覚えました。
とはいえ見舞いに行き、彼から話を聞いていくにつれ、その親近感は畏怖へと変わっていきます。
なにしろ、かの死の呪いを操る大悪霊デュラハンと戦い、完全浄化したというのですから。
交渉によって落としどころを見つけ出したわけではなく、追放したわけでもなく、浄化という手段を用いて危険を完全に取り除いたのです。
いったいどんな手段を用いたのかまるで想像ができませんでした。
更にはデュラハンを祓う過程で、『ラファエルの羽』という超一級の聖遺物を手に入れられたというのです。
当事者三人は示し合わせたように口を噤み、事件の詳細を語りませんでしたが、どのような手段で『ラファエルの羽』を入手したのかぐらいは、私にも容易に想像できました。
おそらく除霊の最中に荒木君が大怪我を負い、彼を憐れまれたラファエル様が降臨なさられ、治療のために『ラファエルの羽』を施したのでしょう。
すなわち荒木君は、かの大天使様が直接出向かれ救いの手を差し伸べるほど、目をかけられているということになるのかもしれません。
私はその事実に気づき、身震いしました。
今目の前にいる少年は、もしかすれば天に座す聖なる方々によって、何かしらの役割を与えられた存在なのではないかと。
そんな彼の隣に侍う彼女はいったい何者なのかと。
いったい彼らは、ラファエル様からどのようなお言葉を受け取ったのでしょうか。
……彼らが口を噤む理由が、少しだけ理解できた気がしました。
これ以上考えるのが怖くなり、私は思考を止めました。
荒木君や柊さんと交流を持ってから、数々の悪魔事件を知る立場になりましたが、所詮私は一介の司祭に過ぎません。
真相を解き明かすのは司教様や枢機卿猊下、教皇猊下にお任せするべきでしょう。
予想が外れているならば、それはそれで構いません。
なにしろ荒木君や柊さんが素晴らしい能力を持っていることには変わりはないのですから。
柊さんの異様な情報収集能力に、荒木君の卓越した問題解決能力。
実に素晴らしいタッグです、彼らがいる限りこの町周辺の平和は守られることでしょう。
これで十分ではありませんか。
藪をつついて蛇……というのはキリスト教的に不敬ですが、私の手に負えないような問題に自分から触れに行くつもりはありません。
とはいえ……今後について考えるうえで、一つ不安な要素がありました。
それはデュラハンに襲われ荒木君たちに救われた少女が、教会に通い詰めるようになったことです。
「神父様、今日も聖書の内容を教えてもらってもいいでしょうか?」
「う、うん、そうだね、では昨日の続きから解説するとしよう」
彼女の名前は佐久間すず、皆からはすずちゃんと呼ばれています。
とても不憫な生い立ちであり、彼女の今まで送って来た人生を考えれば、こうして笑顔を浮かべて日々を平和に過ごせるのは、奇跡のようなものでしょう。
助け出してくれた荒木君や柊さんには感謝してもしきれません。
勤勉に教会へと通いつめ、聖書について学んでくれる彼女の姿勢もまた、教会主としては喜ばしいものでした。
「ふふ、これで完成です!
いやー思っていた通りでした! やっぱりすずちゃんにはこの髪留めが似合いますね!
先輩もそう思いませんか?」
「……まあ、いいんじゃねえの?」
「うッ! の、脳がッ!
先輩……私の前で私より若い子の見た目を褒めないでもらってもいいですかね?」
「言わせたのお前だろうが」
とはいえ、どうにも柊さんはすずちゃんを妙に警戒している様子でした。
荒木君と柊さんは、今となってはこの町の平和を維持するためには必要不可欠な存在です。
もし痴話喧嘩などで二人が仲違いするようなことがあれば……。
最悪の事態を想像し頭を抱えました。
どんな事情があれ、他者の色恋に外野が口を挟む権利がないのは分かっています。
しかし私はどうしても気になってしまい、恐る恐るすずちゃんに話を伺ってみました。
「私も明お兄さんや小夜子お姉さんのような、かっこいいエクソシストになりたくて……。
やっぱり、こういう下心から教会に通うのは、駄目、ですよね……?」
「い、いいや、そんなことはないとも!
是非ともお二人のような素晴らしいエクソシストを目指してほしい!」
ああ……よかった。
彼女の荒木君に向けた感情は、ヒーローに対する純粋な憧れだったようです。
私はほっと胸を撫でおろしました。
実を言うと私は小中高、ミッションスクール含めて一貫して男子校通いでした。
そのため恋愛の機微に詳しくはなく、おそらくこの年頃の少女なら異性に興味を抱くものなのだろうと勝手に想像していました。
とはいえやはりそれは杞憂だったようです。
まだ中学にも上がっていない小学生の子供が、恋愛に関心など持つ筈もありませんでした。
思えば私の小学生時代も、身近では恋愛のれの字も話題に上がってきませんでしたから。
しかし……そんな風に納得したのも束の間。
教会の庭先で行われていたすずちゃんと信徒の内緒話を、偶然耳にしてしまいます。
「……お、おっぱいってどうやったら大きくできるんでしょうか」
この時、いつかの酒の席で友人から聞いた「どれだけ幼くても女は女」という言葉が脳裏を過りました。
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