Crazy for you

moonlight

思いがけない出会い

(あーあ…)

21時。バイト帰りの電車の中で円山 咲は何度目かのため息をついた。

(ほんとなら今頃Mスタを見てる頃だったのに…KITANO BLUEの楽曲披露リアタイしたかった。テレビ初登場だったし)

KITANO BLUEとは、最近話題の男性3人組バンドだ。シンセサイザー担当のJIN、ドラム担当のSHO、そしてバンドのリーダーでギター担当のKC。ボーカルは3人でパート分けして歌うスタイルを取っている。彼らの音楽に触れる事が、咲にとってここ最近の癒しになっていた。

そんなKITANO BLUEが人気音楽番組に出るとネットニュースで報じられ、録画予約は勿論その他の予定も調整し、リアタイできるように万全な対策をして過ごしていたのだが、店長命令で急なシフト追加を余儀なくされてしまい、少しの時間で良いはずが結局締めまでやらざるを得なくなってしまった。バイト先の微妙な力関係や人間関係が胸によぎって、苦いものが広がる。仕方ないと思いながらも、切り分けるのはなかなか難しい。

ずっと考え込んでいても仕方ないと思い、咲は気を取り直してSNSを開いた。やはり思った通り、KITANO BLUEのテレビ出演がトレンド入りしている。彼らのこだわりが詰まった音楽やライブパフォーマンスをたたえる言葉がタイムラインに溢れていた。

(3人ともすごいなぁ。…家帰ったら即効で録画見よ)

電車が最寄り駅に到着し、慌てて降りる。駐輪場に走り込み、慌てて自転車を引き取って家路を急いだ。


…バイトのことはぼちぼち考えればいい。

理不尽な事がずっと続くなら辞める選択肢もある。

バイト先の世界だけで生きてるんじゃない。

私にはもっと大切なものがある。

夢中になれる人たちがいる。


モヤモヤしていた咲の表情は自然と柔らかくなっていた。

そして翌日。

昨夜帰宅して最低限の家事と身の回りを整えてから録画を再生し、彼らの音楽の世界観にどっぷり浸って過ごした夜は最高だった。そこからの今なので若干寝不足気味ではあるものの、幸せな余韻はまだまだ胸に残っていた。

「円山さんってKITANO BLUE好きなの?」

突然の呼び掛けに驚いて振り向くと、同じゼミの男子学生・高宮仁が立っていた。授業中はそこそこ話す機会があるが、プライベートの事で話しかけられたのは今回が初めてだった。

「えっ、よく分かったね」

「だって、円山さんがバッグに付けてるキーホルダー、1stアルバムの初回限定盤のグッズでしょ。俺も同じの持ってるんだ」

仁はほら、と自らのキーホルダーを指差す。ギターのピックをかたどったターコイズブルーのアクリル板に「KITANO BLUE JIN」の文字が印刷されている。

「このキーホルダーめっちゃ可愛いよね。高宮くん、JINのファンなの? なんか普段のファッションとか、JINの雰囲気に似てるなって思ってた。デニムコーデとか」

「お、なかなか鋭いね。KITANO BLUEを好きになった入り口はJINだったんだけど、今は3人とも好き。箱推し?っていうのかな。円山さんは?」

「私も同じく箱推し。JINのソロパートの歌声に惹かれて、そこからはまって…昨日のMスタもめっちゃ良かったよね。バイト終わりに録画見てもうめっちゃテンション上がって…モヤモヤしてたこととか全部忘れちゃった」

大学で同じ趣味の人を見つけたのが初めてで、咲は思わず前のめりになってしまう。

ふと仁の顔を見ると、若干きょとんとした感じでこちらを見ていた。

「あ、ごめんね…一方的に語っちゃって。身近にKITANO BLUEの話できる人いなくて…実は、高宮くんが初めてなんだ」

咲は恥ずかしくなりポツポツと語る。いくら好きとは言え、いきなりハイテンションで来られたら相手も嫌がるだろうと思い、どうしてもうつむき加減になってしまう。…やらかした。

「そうなんだ、俺も一緒。…てかさっきのテンションどこ行ったの?」

仁はいたずらっぽく笑っている。落ち着いた雰囲気の中に気さくさや無邪気さが見え隠れするのにドキドキして、咲は自分の顔が熱くなるのを感じた。

「や、急に申し訳ないなって…恥ずかしい」

「そんな、恥ずかしがらなくてもいいじゃん。円山さんって落ち着いた雰囲気でお姉さんっぽいイメージが強かったから、新しい一面が見れて嬉しかったよ。俺はすごくいいと思う」

「…ありがとう」

仁の素直な言葉は咲の心に真っ直ぐ響いた。自分の想いをを茶化さずに、自然と受け入れて共感してくれた事が嬉しかった。

「まさか、同じ大学で同じ趣味の人に出会えるなんてね。しかも身近な所で。…そうだ、この後時間ある?」

「うん、大丈夫だよ」

「じゃあ、カフェテリアでお茶でもしながら話そうよ。Mスタの感想とか聞きたい」

「私でよかったら…是非」

「ふふ、ありがと。これからよろしくね。…行こっか」

仁はニコニコ笑っている。彼の笑顔を見て、咲も自然と笑顔になっていた。

「うん、こちらこそよろしく」

バッグに付けていたターコイズブルーのキーホルダーが跳ねるように揺れた。

今後のふたりがどうなっていくのかはまた、これからのお楽しみ。


…好きなものに夢中な、きみに夢中。


to be continued…











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