26話【静寂】
多摩市の山岳地帯。
ファーのついた黒いコートを羽織った大男・佐田原王芭が無言で歩く。
その隣には、無造作に伸びた天パ頭を揺らしながら笑みを浮かべる男――海上陸。
そしてその後ろを、部下である垂水怠美と円角うゆが並んでついていた。
その道中、閑寂の中人の話し声が微かに聞こえてきた。
「この声…他の部隊の奴らだな?」
佐田原の声に、垂水が耳を澄ませた。
「ありゃりゃ、この魅惑の声は宮代姐と」
「お姉ちゃん」
うゆが無垢な声で呟き、垂水と共に音の方へ身を寄せる。
「先越されたねこれは」
海上が肩をすくめ、呆れたように吐き出した。
声のする方角へと歩を進めると、そこに広がる光景が一変する。
地面一面に広がるドス黒い血の池。鉄の匂いが風と混ざり、空気を濃く染めていた。
その中央に立つのは、両手に肉と血で濡れた斧を上品に構える女――円角みゆ。
まるで真紅のドレスに包まれたようなその姿は、フランス人形が狂気の舞を終えた直後のような優雅さと異様さを併せ持っていた。
「お姉ちゃん、真っ赤」
「あら?うゆ、それに皆様」
「相変わらずスプラッターな姿だね」
海上が軽口を叩く。
「アンタ達遅いから、アタイらで情報は抜き取ったから」
「…そうかよ。まぁなんでもいいさ」
佐田原はみゆの傍へ歩み寄り、血の匂いをものともせず問う。
「…お前、異能使ったんだよな?」
「はい、そうでございます王芭さん」
「ならこれでも生きてんだよな?」
佐田原の視線の先、血溜まりの中央で両膝をつき、全身の裂傷部から血を流し、頭を割られた男――榊昴が跪いていた。脳髄が露わになり、息も絶え絶えのまま、それでも確かに“生きている”。
「えぇ、
みゆの言葉を、佐田原は無造作に遮った。
「よぉ、榊。聞きてぇ事がある。真能連盟のトップってのは誰だ?」
榊は虚ろな目を揺らしながら、口をパクパクと動かす。
そして漏れ出した声は、もはや人の言葉ではなかった。
「イタイ…イタイ…イタイ…タスケテ…イタイ…イタイ…イタイ…タスケテ…イタイ」
「申し訳ありません、尋問が少々効きすぎてしまい…壊れてしまいました」
「…はぁ〜…情報は抜き取ったって言ったな?」
佐田原は宮代に視線を向ける。
「えぇ、そうよ。真能連盟のトップ――教祖に当たる人間は“キザナ”って名前らしいわ」
「キザナ?それだけか?」
「えぇ。彼、思ったほど真能連盟内での地位は高くないみたいね」
「榊昴は導師の地位だったはずだけど…それでも?」
海上の問いに、宮代は迷いなく答えた。
「教祖はその一個上。司祭の地位からお目に掛かれるんだってさ」
「なるほどな…じゃあ例のあれはどうなんだ?」
「はにゃ?例のあれってなんだっけ?」
垂水が隣のうゆに視線を向ける。
「うゆ、知らない」
「“カルペ・ディエム”…ですね」
みゆが静かに言葉を挟む。
「残念ながら“カルペ・ディエム”なんてのは知らないと言われてしまいました…」
「収穫無しか…」
「隊長、そろそろ陽が上がります」
戌亥がみゆの耳元で低く囁く。
「取れる情報は取り終わりました。本所に戻りましょう、皆様」
みゆはそう言って斧を戌亥に渡した。
「こいつ、どうする佐田原さん?処理するか?」
海上が榊を見下ろしながら問う。
「うゆが食べる?」
「それとも事務局に引き渡すか?」
うゆを制止し、海上が言った。
「それもいいけど、どう上に報告するわけ?事務局襲撃の実行犯を異能対策室に黙って引き渡すなんて、黙ってないと思うけど」
返ってきた宮代の言葉は冷静で、現実的であり、海上達は言葉を噤んだ。
「いや、この場で処理だ。任せる」
佐田原が短く言い放つ。その声には、迷いがなかった。
「なら、いつも通り私に任せてもらいたい」
戌亥が名乗り出ると、佐田原は小さく頷く。
「そうか、わかった」
佐田原達は戌亥に任せ、その場を後にした。
「戌亥、それでは任せましたよ」
みゆが最後にそう言い残し、凄惨な痕が残る道を静かに去っていく。
「はい、隊長」
戌亥はゆっくりと榊の前に立ち、目を閉じた。
「ごめん」
その一言と同時に、振り抜かれた刃は榊の首をすり抜け、その瞬間彼の瞳からは光が消え失せた。
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日が明け、次の日の昼過ぎ。
異能対策室本部。
室内にはすでに燕含む面々が揃っていた。
「全員揃ったな」
揃った時点で比嘉が口を開いた。
「単刀直入に言う。榊昴の調査はここで終わりだ」
「随分と急だな」
「どういうことですか?」
燕が冷静に聞いた。
「…今朝多摩市で行方がわからなくなった」
「行方不明ってわけか?」
比嘉は竜崎の質問に何も言わなかった。
「もしかして【No Trace】ですか?」
燕の質問が空気を張り詰めた。
「あぁ。奴らが動いた以上、そこに俺たちが手出し出来ることは何も無い…」
「だから打ち切りってか?納得できるかよ?」
「納得できる、できないの話じゃねぇんだ。そこの行動に俺たちは干渉できないんだ…それが異能対策室と【No Trace】の決まりなんだ」
沈黙が流れた後、燕が口を開いた。
「だとしても私は素直に首を縦には振れません!」
「だったらッ!」
比嘉が強く声を返した。
「だったら、お前達が榊を引っ張ってこい…」
比嘉の言葉に燕は返す言葉も無かった。
「出来なかったからこの結果なんだ…」
沈黙の後、1人部屋を比嘉を見送るも空気が変わることは無かった。
榊昴の調査は自然と何もなかったかのように終わりを迎えた。
それを認識した一同は異能対策室と【No Trace】の関係に疑問を抱きながらも自分達の弱さを改めて知った。
擬似能力を持ってしても何も出来ない自分に。
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