5話【異能犯罪者】
次の日。
異能対策室3rdの部屋には、燕をはじめ5人のメンバーがすでに揃っており、その前に比嘉が立っていた。午前の光が窓から差し込み、部屋の空気に微かな緊張感が漂っていた。
「それじゃあ、これからお前たちには“1級以上”の異能犯罪者が引き起こす事件に対応してもらう。それは理解しているな?」
比嘉の声は低く、鋭さが感じられた。
時陰が恐る恐る手を挙げ、少し躊躇しながら口を開いた。
「あの〜、私、OL生活が長かったので、正直に言うと異能犯罪者についてあまり詳しくないです。1級って、一体何ですか?」
その場にわずかな沈黙が走る。比嘉は一瞬、眉をひそめたが、すぐに燕に視線を送った。
「そこからか…分かった。王来王家、お前は班長なんだから、しっかり説明してやれ。これもお前の役目だ。」
燕は頷き、静かに席を立つ。手にしたペンがホワイトボードにカチリと音を立てて当たり、彼女はすぐにスムーズな筆さばきで説明を書き始めた。
「まず異能犯罪者とは何かから説明するね。」
燕は部屋の中央で自信を持って声を張った。彼女の目は真剣で、他のメンバーもその熱意に引き込まれる。
「異能犯罪者っていうのは、犯罪行為を行った異能者に対して使われる単語。よく偏見を持たれやすいんだけど、異能者自体は犯罪者じゃないの。異能者はS細胞に適合してしまった人だから、全員が全員異能を使って犯罪行為を行うわけではない。」
竜崎が腕を組んで考え込む姿勢を見せた。「OL暮らしが長いアンタでも、会社内に異能者は居たはずだ。」
時陰はハッとしたように目を見開き、「そう言えば、居たかも…」とつぶやいた。彼女の声には少しの戸惑いが混ざっている。周囲の視線が彼女に集まる。
「そう。異能者の中には、異能の力を社会に役立てようと使ってる方々も居る。」燕は続ける。
「異能戦争の十傑の人達や、そこに加担した人達の中にも異能者は居たらしいっすからね。」神室が声を重ね、その言葉に頷く者もいた。
「続けるよ。異能犯罪者はその犯罪行為によって階級が決められるの。」
燕はホワイトボードに視線を移しながら、メモを取り続けた。
「例えば、異能を使った強盗など、人への危害が少ないものは、程度にはよるけど第3級異能犯罪者に区分される。そこから、人や建造物などへの危害によって階級は第2級、準1級と上がっていく事になる。」
村崎が横から口を挟む。「準1級までは異能による危害、被害によって人が生きてる場合は、そのどれかに区分される。」
「そう。そして、異能によって人を殺した場合、その異能者は第1級異能犯罪者として区分される。」燕の言葉は、部屋の空気を一層引き締めた。
「なるほど、私達が任務に当たるのはその第1級異能犯罪者が関わる事件って事ですね?」時陰の声に、緊張感が漂う。
「そういう事。人の命を奪う力を持った人間に対するチーム。それがこのCSチーム。」燕の表情は変わらないが、彼女の内心には覚悟が満ちていた。
「ちょっと質問なんすけど、その階級決めってどう決まるんすか?いきなりこの異能者は第1級、この異能者は第3級って決めるのは無理っすよね?」神室が質問を投げかける。
「良い質問ね。」燕はその期待に応えようと、さらに説明を続けた。
「そこは通常の犯罪事件に対してと同じで、事件現場の確認をし、そこから浮上する犯人像をプロファイルして追う。そして、通常の犯罪事件と違うのは、相手が異能犯罪者なため、実力による交戦が必須になる。」
「なるほどっすね。実力行使、そのために俺が呼ばれたって事なんすね…!」神室は拳を叩きつけ、熱意を示した。
その瞬間、竜崎が彼を見て尋ねる。「お前、まだ若いよな?ここに来る前は何してたんだ?」
「俺っすか?地下格闘場って知ってます?最近できたばっかの。」神室は自信満々に答える。
「あ〜、新橋の地下格闘場の事か?お前、あんなところから出てきたのか。」竜崎は驚きとともに興味を示した。
「まぁやる事なかったっすからねぇ。けど、俺はそこの大会の決勝進出者っすよ!」
「優勝じゃないのね。」村崎が嫌味を交えた一言を投げかけた。
「うるせぇ」とだけ神室は返した。
「けど、班長?ここまで技術が進歩してたり、異能犯罪者以外の異能者もいるなら、事件を未然に防ぐ事だって出来るんじゃないんですか?」神室が再び真剣な表情に戻った。
「最もな意見ね。」燕は頷きながら、比嘉に視線を移した。「確かに私もそれは考えた…比嘉さん、その辺どうなんでしょうか?」
「ん?そうだな…結論から言うと防ぐことは可能だな。」比嘉が言葉を選びながら答える。
「だが、それだとそいつはどれだけ罪を乗っけても準1級までしか階級は付かない。異能者に対する法律上、それ以上付ける事は出来ない。」彼の口調には冷静さが漂っていた。
「でも、比嘉監視官!それだとそいつが出所してきた時に異能を使ってまたーー」時陰の声には不安が滲んでいる。
その言葉に被せるように比嘉は続ける。「そうだな。だから警察上層部はそれに対する特殊な処置を対応している。少しずつではあるがな。」
「特殊な処置?」神室が食いつく。
「まぁあんまり俺も詳しくは知らねぇが、なんとかはしてるらしいぜ。」
「フワってしてるな。」村崎が不満を漏らす。
「仕方ねぇのさ。俺ですら聞かせてもらえてないことは山程ある。」比嘉は肩をすくめ、王来王家に視線を戻した。「王来王家、続けろ。」
「じゃあ、話を戻すわね。」燕が気を取り直して話し始める。
「神室さんは、第1級異能犯罪者と交戦する事にワクワクしてるのかもしれないけど、異能者に対するここの仕事内容はちゃんと知ってるのかしら?」
「どう言う意味っすか?班長。」神室が首を傾げる。
「…準1級以下の異能犯罪者は迅速な逮捕命令であり、可能な限り殺害を禁ずるとされる。これが準1級以下の異能犯罪者に対する警察庁及び警視庁からの命令よ。」燕の声は厳しさを帯びていた。
そのまま彼女は続ける。「そして、第1級以上の異能犯罪者は始末命令ものであり、現れ次第迅速な対応かつ逮捕、もしくは殺害命令となっている。これが第1級以上に対する命令。」
「殺害…命令。」時陰はその言葉に少し顔を引き攣らせた。
「もしくはって事は、可能な限り逮捕が優先って事っすよね?なら、そこまでならない様に動けばいい話じゃないんすか?」神室が食い下がる。
「神室の言い分は分かる。だが、お前は気づいていないな?」竜崎が鋭い目を向ける。
「第1級以上…つまりその上の階級があるのを忘れるなよ?」
「竜崎さんの言うとおり、階級は全部で6段階あるの。下から第3級、第2級、準1級、第1級。その上にあるのが準特級異能犯罪者…大量殺人事件や猟奇殺人事件を起こした異能者がここに区分される。」燕が冷静に説明を続ける。
「厄介な事件ばっかって事だよな。」竜崎が呟く。
「そうだな。それにこれ以外でも明らかな異能による未解決の殺人事件とかも、犯人は準特級異能犯罪者に区分される。理由は簡単で、捜査を難航させる異能を持っていると判断されるからだ。」比嘉が情報を補足する。
「CSチームはそれらを相手にしていくの。覚悟は出来てる?」燕の言葉には強い決意が込められていた。しかし、その期待とは裏腹に、4人の表情は始まりからずっと変わらなかった。焦りもなく、真剣な眼差しの中に既に覚悟が決まっていた。
「ここに配属された時点で、俺のやる事は決まってるっすよ。」神室が冷静に答える。
「なら安心ね。」燕は微笑み、彼らの心の準備を感じ取った。
「けど、班長。もう一段階あるんですよね?」神室が少し疑念を抱えた表情で尋ねる。「全部で6段階の階級って言いますけど、もう一つが不明ですが…」
燕は一瞬思考を巡らせ、ゆっくりと頷いた。「そうね、6段階目の階級は特級異能犯罪者。私自身もそこまで詳しくは知らないけれど、比嘉さん、特級異能犯罪者とはどういう人物なの?」
比嘉は腕を組み、考え込むようにしてから口を開いた。「そうだな…まず世の中には、殺人より罪が重いものが二つある。その一つが通貨偽造罪だが、もう一つは何か知ってるか?」
村崎がゆっくり手を挙げ、静かな自信を漂わせる。「内乱罪、つまり国家転覆。」
「正解だ。」比嘉は村崎を見て、頷いた。
「そう、国家転覆を狙う者に特級異能犯罪者という区分が付けられる。」
時陰が驚いた様子で口を開く。
「国家転覆…そんな人、ここ16年でいるんですか?」
比嘉はゆっくりとした口調で答えた。
「1人居た。異能戦争を起こした首謀者。」
「あの戦争の!…けど居たと言うと?」
時陰の声には不安が滲んでいた。
「あぁ、そいつはあの戦争から生き延びて北海道に逃げた。その後、北海道を一つの国にしやがった。つまり日本の法律が適用されない…特級異能犯罪者に区分できる…ってところだな。」
竜崎が深く考え込みながら言った。
「つまり今は特級異能犯罪者ってのはいないってわけか。」
その言葉に、時陰は少しホッとしたように息を吐いた。だが、その安堵は長く続かなかった。
「ただ、特級異能犯罪者は今は居ないが、もし今後出てくる場合の話をしとく。」比嘉は真剣な眼差しを向けた。「特級異能犯罪者に対する命令は、迅速なる殺害命令だ。逮捕よりも殺害するのが適切となる…その時は覚悟しとけよ。」
その言葉が室内に響くと、緊張感が一層高まった。仲間たちの顔は引き締まり、まるでその重みが彼らの肩にのしかかるようだった。
緊張感の漂う空気を一瞬で壊すように、燕がふと口を開いた。
「まとめると、私たちCSチームは第1級と準特級の異能犯罪事件に対応するチームということよ。覚えたかしら、時陰さん?」
突然話を振られた時陰は、少し驚いた表情で燕を見つめたが、すぐに背筋を伸ばして返事をした。「はい!覚えました!」
その瞬間、竜崎が面倒くさそうに大きな伸びをしながら言った。「やっと終わったか。それで、比嘉監視官、俺たちはいつ動けばいいんだ?」
その無愛想な態度に、時陰は不満げに眉を顰める。
「漸くって、言い方悪くないですか?」
竜崎は軽く鼻で笑って肩をすくめた。「どこぞのOL上がりが、異能者のことなんか何も知らないからじゃないのか?」
その言葉に、時陰はすぐに反論することができず、俯いてしまった。「そ、それはそうですけど…」
竜崎の無神経な言い方に明らかに萎縮する時陰。その様子を見て、神室がすぐにフォローに入る。「俺も全然知らないっすから、大丈夫っすよ、時陰さん!気にしないでください!」
神室の明るい笑い声が場の緊張を少し和らげたが、その楽観的な態度に村崎は冷ややかに一瞥を送り、淡々と言い放った。「貴方はもっと危機感を持った方がいい。」
村崎の鋭い指摘に、神室は苦笑いを浮かべ、頭を掻いた。「はは、村崎さん、手厳しいっすね。」
燕はその一連のやり取りを、ただ黙って見つめていた。彼女の視線は冷静で、まるで状況を分析するかのようだった。その姿を見た比嘉は、少し考え込んだ表情を浮かべてから、はぁっと大きく息を吐いた。
そして、部屋にこもっていた緊張感を一気に振り払うかのように、声を張り上げた。「さて、最初の任務について話をする。異能犯罪に関する他の説明は、必要な時に随時行うから、今は頭に詰め込むことはない。」
そう言うと、比嘉は手元の資料をパラリとめくり、テーブルの上に広げた。そして、燕をはじめとした5人にそれぞれの資料を手渡していく。その資料は厚みがあり、重要な任務を物語るかのように、黒いゴムバンドで留められていた。
「これが、君たちの最初の任務だ。」比嘉の声は重みを持ち、全員がその言葉に引き寄せられるように資料に目を落とした。
燕は資料を受け取り、表紙をそっと開く。紙からは新しい印刷の匂いが漂い、彼女の指先に微かな緊張が走った。目の前には、これから直面する異能犯罪の全貌が描かれている。
「今回の任務は、見てもらうと分かるがここ数週間で発生した連続異能犯罪に関するものだ。」比嘉が静かに言うと、部屋の空気が一段と重くなった。
時陰は、手元の資料を開きつつ眉間にしわを寄せた。白黒で印刷された数枚の写真が目に入る。そこに映るのは、大型商業施設であろう建物内の一部、そして斬り刻まれたかの様な裂傷の後が点々と広がる現場。その中に見え隠れする血痕が、惨劇の一端を物語っていた。
「これは…、被害現場ですか?」時陰が恐る恐る口を開いた。
比嘉は無言で頷き、資料の次のページを指差す。「今確認されている異能犯罪は、都内で三件、全て大型商業施設がターゲットにされている。」
「凄いなこの痕は…竜巻の異能か?」
比嘉は目を細め、竜崎をじっと見据えた。「その可能性は否定できない。だが、現時点では何も分かっていない。
犯人の目的も手口も、ほとんど何も分かっていない。ただ、ひとつだけ確かなことがある。」
比嘉の言葉に、全員の視線が彼に集まる。部屋の空気が、まるで凍りついたかのように静まり返った。
「次の攻撃が近い。」
燕は、資料の隅に映った小さな日付に気づき、わずかに目を細めた。そこには、犯行が行われた日付が時系列で記されていた。どれも1週間おきに発生している。直感が警鐘を鳴らす。「つまり、次のターゲットが明日、ということね。」
「その通りだ。」比嘉が静かに頷く。「お前たちCSチームには、その次のターゲットがどこなのか、そして犯人が誰なのかを突き止める任務を与える。」
燕は資料を閉じ、鋭い視線を比嘉に向けた。「次の場所は絞れているのですか?」
「いくつかの候補はあるが、確定はしていない。」
比嘉は手元のデバイスを操作し、ホログラムを展開させた。都内の地図が浮かび上がり、いくつかの場所に赤いマーカーが示された。「候補地は全て、これまでの犯行現場と似た規模の商業施設だ。次のターゲットを予測するために、これまでのパターンを分析する必要がある。」
竜崎が苛立たしげに頭を掻いた。「つまり、手がかりがほとんど無い状態で捜索しろってわけか。ハズレを引いたら何もないってことだな。」
「でも動かなければ、次の犠牲者が出る。」村崎が冷静に言い放った。「犯人が何を企んでいるかは分からない、
でもこれ以上の被害を出すわけにもいかない。」
「…了解しました。」燕は一瞬思案するように黙り込んだ後、静かに息を整えた。
「皆、これが私たちの最初の任務よ。準備を整えながら担当エリアを決めましょう。時間がないわ。」
燕の一言に一瞬の静寂が室内を支配した。
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