宇宙的制限付き通信の恋愛事情

霧島 高

第1話 プロローグ

 Faster Than Light光よりも速く

 

 それはかつて人類の夢であり、実現不可能とまで言われ、SFサイエンスフィクションの中だけの技術だった。

 だけども、西暦4089年(日本国の初等教育では「ようやく4089」と語呂合わせで覚えさせられる)のこと、オーストラリア出身のジョウジ博士の発見は世界を震撼させた。

 ジョージ博士ではなくジョウジ博士である。GeougeではなくJorgeでもなくJougeである。ジョウゲではないらしい。

 ともかく日本の教科書的にはジョウジ博士と書かれる彼は、宇宙塵デブリの研究者だった。西暦2000年頃に始まった宇宙開発は、人類誕生の地である地球テラの属する太陽ソル系内に様々なごみ、つまりデブリを残している。このデブリの効率的な回収方法を研究するのが彼の本来の仕事であった。

 要するに地味な研究である。

 つまり回収する方法はすでに確立されており、コストもそれほどかかっていなかったため、もはやこれ以上の効率化はほぼ不要であった。

 だけども、人類は本当に彼に感謝しなければならないだろう。

 彼の趣味のような研究が、まったく別の発見に繋がったのだから。

 あるときジョウジ博士は、太陽からおよそ20光分の位置において、つまり火星軌道と木星軌道の間において、かつて火星を探索しようとして失敗したと無人探査船を対象に回収実験をしようとしていた。

 平均時速0.1光時の宇宙船スペースシップにて月基地ルナベースを出発してからおよそ3時間後のこと、目標のデブリの位置を確かめようと探査波を照射した彼の宇宙船は、なぜかそこにあるはずのデブリを見つけられず、その反射波を得られなかったためエラーを通知する。

 ジョウジ博士は計器類の異常ではないことを確かめたうえで、探査波を再度発生させるものの結果は同じ。

 この時、彼は何を思ったのだろうか。

 彼はデブリのことは放置して、この現象の謎を解こうとした。

 探査波の強度を上げてみたり、周波数帯を変えてみたりと様々な実験を行った。

 そして奇跡は起きる。ほんの1時間ほどで彼は偶然にもそれを発見してしまう。

 現在それはジョウジ波あるいはジョウジエネルギーと呼ばれている。その特殊な電磁波を照射したところ、それは起きた。


 宇宙の抜け道ワームホールの発見


 かつて西暦2000年より少し前のころからSFの世界では、光速の壁を突破し別の星系へ行く方法、すなわちFTL航法を実現するためのいくつかの方法が提唱された。もちろん空想フィクションなのだから技術的な裏打ちはないけれども。様々なFTL航法のうち、よく小説やゲーム、あるいは映像作品で使われたものを大別すると次のようなものだった。

 一つは、亜空間航法。すなわちこの現実世界とは違う異次元空間に何らかの方法で遷移し、その異次元空間内を移動することで光速の壁を突破しようとするもの。たいていは隣の星系ぐらいまでしか行けないなどの制約を設けていた。もちろん空想なのだから、そんな制約のないものもあったが、制約があったほうが物語は面白くなることが多い。

 一つは、跳躍航法。特殊なエンジンによって、一気に光速を超えてしまおうというもの。特殊なエンジンが一体何なのか、というのがSFにおける科学の醍醐味である。たいていは跳躍距離がエンジンにつぎ込んだエネルギーの量の何乗かに比例する。そして、充分なエネルギーが残っていないと帰ってこれない。さらに相対性理論に基づけば、光速を超えてしまうということは、ウラシマ効果エフェクトと呼ばれる未来へタイムスリップしてしまう現象により、跳躍者からすれば周囲だけが時間が先に進んでしまうという副作用が起きるとされることもあった。

 そして、ワームホール航法。これこそがジョウジ博士の発見したもの、すなわち【ゲート】とほぼ同じFTL航法である。航法と言っていいのかすこし疑問はあるが、便宜上そのように呼ぶ。ワームホール航法はあらかじめ決められた2点間の位置を繋ぎ、その2点間を自由に行き来できるようになるものだ。西暦2000年頃、子ども向けのマンガあるいはアニメにおいて、弱気な主人公を助けるネコ型ロボットが出していた、なんたらドアと呼ばれていたものを想像すると良い。あのドアがではなく、きめられた場所にしかないと思えばいいのだ。え? 知らないって? あの有名なSF作品を?

 さてジョウジ博士が発見した【ゲート】は、残念ながらドアが付いているわけではない。それはジョウジ波を照射することでワームホールとして機能するようになる。観測上は真っ黒、というか電磁波が吸収されるので観測できないと言ったほうが正しい。

 だけどブラックホールのように重力に吸い込まれるわけでもない。そんな不思議な空間がそこに生まれていた。

 ところで、ジョウジ博士はたいそう向こう見ずであった。

 だから彼は宇宙船を、様々な警告を無視して、ジョウジ波(もちろんそのときはそんな名前ではないが便宜上)によって活性化したその不思議な空間に突っ込ませた。いや、ほんと、他にも方法があっただろうに。探査ロボットを送り込むとかいろいろ。

 ともかく彼を乗せた宇宙船は数秒も経たずして、先ほどとは別の位置にいた。宇宙船の自動分析装置が星々の位置を解析し、その位置を割り出そうとしたが失敗したため、結論として太陽系の属する天の川銀河ミルキーウェイギャラクシーとはものすごく離れた全く別の銀河にある未発見の星系に到達したと判断された。

 世紀の大発見である。

 ジョウジ博士は興奮しただろう。ワームホールを抜けた先で、ありとあらゆることを試しただろう。

 そして一時間後、ワームホールは閉じてしまう。

 これに彼は大変焦った。なぜなら、ジョウジ波を照射しても再度ワームホールは開くことはなかったから。ただそこに特異点があることだけはわかったから。そしてこのままだと当然彼は帰ることもできないし、そうなるとこの発見を伝えることもできない。

 興奮はどこへやら、彼は絶望の淵にいた。

 けれども諦めることはできない。そもそも同じことをしてワームホールが開かないなら発見とはいえないのだ。なんとかしてもう一度同じことを起こさないといけない。

 だから彼は同じことを繰り返した。最初からやり直した。またいろいろな強度と周波数を試した。

 だけど成功しない。だからすることにした。寝ればまた冷静に考えられるだろう。

 そして彼が目覚めると、正確には宇宙船の機能により目覚めさせられると、ワームホールは開いていた。寝ている間も電磁波を照射するよう自動化していたからだ。

 一も二もなく、歓喜した彼は、宇宙船を飛び込ませた。ワームホールが開いたのは、閉じてからおよそ20時間後のことだった。 

 帰還したジョウジ博士の発見が世界に伝わると、もちろん最初は信じられないという意見が多数あったが、宇宙船に残された記録は嘘をつかないわけだったし、もちろん追実験も行われ、それが証明されれば誰しもが彼を褒め称えた。

 さらには、その称賛が冷めやらぬうちに、太陽ソル系には多数の【ゲート】が存在することが数々の研究者により発見された。

 しかも、その数は人類国家の数よりも多かったのである。

 なぜこのことがこれまで見過ごされてきたのか。それは単純な理由があり、【ゲート】がとても小さかったからに他ならないし、その位置のほとんどが太陽より40光分より離れた位置、すなわち木星軌道よりも外側で、比較的未探査の領域だったこともある。

 ジョウジ博士が発見した【ゲート】は太陽からおよそ20光分の位置だったが、これはとても珍しいどころか、現在において見つかっている【ゲート】のうち、太陽から最も近いものだったのだ。彼は幸運過ぎた。かといって、そのあと彼に悲運が起きたわけでもなく、とても長生きした。余談だが、当然ながら遺族は彼の脳を保存することを拒否した。


 さて真の宇宙開拓時代がここに始まった。

 人類はソルどころかミルキーウェイも超えて羽ばたく。

 西暦4118年(くどいようだが日本の初等教育課程では「よいひや」と覚えさせられる)、太陽系内から108個の星系を経由した先にて、居住可能惑星が発見される。

 ――といっても、他国の管理ゲートの先ではすでに見つかっていたから人類初ではないのだけれども。

 ともかく、その惑星が属する星系はアマテラス星系と名付けられ、日本国にとって待望の居住可能惑星である第四惑星はコノハナサクヤと名付けられた。命名の由来についてはとやかくいうまい。

 大規模な惑星改造テラフォーミングは行われず、小規模な生態系の改造こそ行われたが、実にお手軽な惑星だった。およそ十年後には希望者による移住が開始され、惑星コノハナサクヤは発展していく。

 けれどもその陰では実に大きな問題があった。

 その問題は結局、Faster Than Light光よりも速く にある。

 【ゲート】は確かに、ワームホールによるFTL航法を実現した。

 だけど【ゲート】は電磁波を吸収してしまう。ジョウジ波も含めすべての電磁波は反射されることなく吸収され、そしてワームホールの向こう側には伝達しない。その理由はいまだわかっていない。

 要するに、通信波をワームホールの向こう側に送ることはできない。


 だから、FTLは実現していなかった。

 

 これはそんな問題に悩まされる人々のうちの、わずか一組の男女の物語である。

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