異世界ギルドマスターは現代日本でコンプライアンスを学ぶ

ましろとおすみ

第1話 ギルドマスター、不法侵入で拘束される⁈

―異世界の常識と日本の常識

太陽がアスファルトの照り返しでギラギラと眩しく、思わず目を細める。


シグルド=アガートは、額の汗を拭きながら、目の前の建物を考えた。


『白銀の導き手』


昨日、人目を避けて設置した看板は、かつて異世界でA級ギルドとして名を馳せた故郷の証だ。シグルドがこの「日本」という世界に転移して一週間。彼はこの世界の生き方を嫌というほど学んだ。


この世界では、力や剣技よりも、『金』が必要だった。


金貨は「通用しない」。仕方なく《鑑定》スキルで換金性の高い装飾品を見つけ、リサイクルショップで少額の『円』に変え、古着と保存食と交換した。


そして、衣食住の「住」。


シャッターが下りたままの空き店舗にふと目が留まった。シグルドは《鑑定》スキルで店舗を見た。「誰もが放置し、管理の痕跡が途絶えている」と鑑定結果が出た。 「管理されていない場所は、利用価値のある者が利用するもの」これは異世界では常識だ。ジグルドはようやく見つけた住処にほっと胸をなでおろした。


彼は勝手にシャッターをこじ開け、掃除を始めた。 ここを拠点とし、ギルドを創設して活動すれば、すぐにでも『円』を手に入れることができると確信していた。


しかし、彼の異世界の常識は、この国の『法律』という名の壁に当たることとなる。


彼は、ギルドの証である看板を、店の壁に取り付けようとしていた。


「よし。これで我がギルドの活動再開だ。」


その時だった。


「おい、あんた!」


横から、甲高い声が飛んできた。


「何を勝手に人の敷地内で作業している! そこは私の父から相続した建物だ!不法侵入だぞ!」


シグルドは毅然と胸を張った。


「ここの所有者殿か。しかし、この建物は放置され、管理もされていなかった。故に、ここは我の活動拠点とさせてもらう。我は不当な要求はしない。ここで稼いだ金で、いずれこの建物を買おう。」


男性は真っ赤になって怒鳴った。


「不当な要求はしない?買う?勝手に人の建物にあがって、何を言ってるんだ! その見た目、お前日本人じゃないな?この国では 放置されてようが、勝手に人建物を使っていいわけがないんだよ!いますぐ出ていけ!」


シグルドは首を傾げた。 異世界では、利用しない土地や建物は無能の証とされた。


「利用価値があるのに使わない方が問題ではないか? 我はここを再興させようとしているのだぞ!」


問答の最中、シグルドの足元に、男性が置いていたのか工具箱があった。 シグルドは、男の話を無視して看板を固定するために、中からドライバーを拝借した。


「失敬。看板固定に拝借するぞ。」


男性は絶句した。


「あ、あんた、今の話聞いていたか⁈ 出ていけと言ってるんだ! もしかして空き巣なのか?? 警察だ!現行犯逮捕だ!」


―警察に捕まるギルドマスター

数分後。


ウー、ウー、ウー……


サイレンが聞こえる中、シグルドは警察官に両腕を捕らわれ、パトカーに乗せられた。警察署に来ても、シグルドは抵抗しなかった。


「なぜ我を捕らえる? 私は誰にも危害を加えていない。ただ、放置された物を利用しただけだ!」


警察署で、シグルドは繰り返しそう主張した。 しかし、彼の言葉は「日本の法律を知らない、身元不明の外国人」による、稚拙な言い訳としてしか受け取られなかった。


「はいはい、身分を証明できるものは? パスポートは? 在留カードは?」


「ない。我は異世界より来た。白銀の導き手のギルドマスターだ。」


当然、この説明は通じない。 警察官は「ふざけるな」と一蹴し、状況は膠着した。


「もう、それじゃあ、住居侵入罪、窃盗罪の現行犯での拘束になりますね。必要であれば弁護士を呼びますように。」


シグルドは絶望した。力も知識も通用しないこの世界で、自分は『犯罪者』として隔離されるのか。


その時、警察署の受付に、一人の女性が現れた。


「私、八木沢行政書士事務所の八木沢楓と申します。近所の商店街にて、こちらの身元不明の外国人の通訳兼仲裁を依頼されました。」


彼女こそ、シグルドが後に『知識の師』と仰ぐことになる、新米の行政書士だった。


楓はシグルドの目の前に座った。


「シグルドさん。よろしいでしょうか。私があなたを助けるためには、あなたの行動の理由を知る必要があります。なぜ、空き店舗に勝手に侵入し、看板を取り付けようとしていたのか、教えてくれませんか?」


シグルドは楓の鋭い眼差しに、警察官とは違う、知的な圧力を感じた。


「我は、放置された物は『誰でも利用できる資源』だと信じていた。そして、一時的に間借りして、『円』を稼ぎ、後々買いとるつもりだったんだ!」


楓は、持っていた書類ケースを置き正面からシグルドを見すえた。


「はい。その考え方は、この国では通用しません。」


「まず、『放置された物=誰でも使える』という考え方は、日本の法律では私有財産権を侵害します。放置された建物も、所有者の権利があります。これは居住侵犯です。」


「そして、『一時的に借りるだけ』も通用しません。他人の物を無断で自分の目的のために使うことは窃盗罪に該当します。買うつもりだったとあっても、行為の犯罪性は消えません。」


シグルドは、自分の正義が、この国のルールによって一刀両断されるのを感じた。


「では、我はどうすれば……。」


楓は警察官の方を見て、冷静に続けた。


「彼の行動は、異国の常識と、この国の法律に対する無知によるものです。幸い、被害は軽微です。彼は身元不明であり、国外退去になる可能性もあります。ここは、温情的な釈放と、私が身元引受けを行うという形で、事態の収拾を図れませんか?」


楓の論理的な主張と、警察の「これ以上、身元不明の外国人相手に時間をかけたくない」という思いが合致した。 そのため、シグルドは、警察による厳重注意と、楓の身元引受けを条件に解放されたのだった。

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