第二章 第三話

新しい転校生の彩花と仲良くなる中で、わたしは、すぐに知られたくない壁にぶつかった。彩花は、明るくて、周りの子たちよりもずっと「普通の子」に近い。だからこそ、わたしは彩花を失いたくなかったし、わたしの「普通じゃない部分」を、彩花に悟られたくなかった。

休み時間、彩花がわたしに、まっすぐな目で尋ねてきた。

「亜矢ちゃん、そのキーホルダー、どうしてそんなに大事なの?いつもギュッて握ってるでしょ?」

わたしは、心臓が跳ねるのを感じた。これが、わたしが過去のトラウマから逃れられない証拠だなんて、絶対に言えない。わたしは、何とか誤魔化そうと、「えっと、これはね、ママがお守りだって言ってるから」と、曖昧に答えた。

彩花は、それ以上は聞いてこなかったけれど、今度は、もっと核心に触れる質問をしてきた。

「ねぇ、亜矢ちゃんはどうしてこの学校に来たの?前の学校で何かあったの?」

わたしは口に出すのが辛くて、口ごもってしまう。彩花の目は、悪意があるわけではない。ただ、純粋に知りたがっているだけなのはわかる。それでも、わたしが「いじめられて、不登校になって、系列中学の進学もできなくなって、ここに逃げてきた」なんて、言えない。

それを言った瞬間、彩花はわたしを「普通じゃない子」だと認識し、離れて行ってしまう気がして怖い。

わたしは、まだ平気じゃないのに、彩花にそれを言えないせいで、母との別室登校を辞めないとならなくなった。

新学期が始まって、わたしは母に送ってもらい、校門で彩花と合流して、授業に出ることになった。この学校が前の学校と違って、「登校しない自由」があっても、学校に母が居ないのが怖い。空き部屋という逃げ場を失った教室は、わたしにとって、常に緊張の場だ。


けれど、それでも、彩花に「一人じゃ学校に入れない子」だと知られたくない。わたしは、登校中、必死で笑顔を作った。

わたしは、普通じゃないことを隠せているか不安だ。彩花の澄んだ目は、わたしの中の嘘や、隠し事を、すべて見透かしているように思えてしまう。

新学年が始まってからあまりにも長い時間が経ったと思ったのに、まだ四月だということにわたしは絶望した。まだ、この緊張が始まったばかりなのだ。そして四月が半ばになった今日、学年で遠足が企画されていることが発表される。

「遠足か……」

わたしは、知らせを聞いた瞬間、心底、行きたくないと思った。毎日の授業もわたしにとっては苦痛だ。空き教室という逃げ場を失った今、教室にいる時間は、すべて耐える時間に変わってしまっている。

遠足は、学校という枠を超え、みんなと関わらないといけない行事だ。グループ行動、バスの中での会話、自由時間の過ごし方。そのぜんぶが、わたしにとって、監視と評価の場になるのだと思う。わたしが少しでも「普通の子」らしくない行動を取れば、すぐに彩花や他の生徒たちに気づかれてしまう。

行きたくない。普通の授業よりももっと嫌だ。

わたしは、遠足のしおりを握りしめながら、絶望的な気持ちになった。みんな普通じゃない子ばかりの特例校の中では、彩花ほど普通に近い子はいない。だからこそ、わたしは彩花といるのが辛いのに、彩花がほかの子に取られるのが怖かった。彩花は、わたしにとって、「普通への切符」に見えているからだ。

そんな風に彩花への執着を強めていると、ふたりで歩いている時、同じクラスの菜摘が、こちらに近づいてくる。彼女は、ずかずかとわたしたちの中に割り込んできた。

「彩花ちゃん、ねぇ、さっきの課題、どうやったの?」

わたしは、三人組になって、わたしがはじかれて、また一人になる気がして、怖くなる。これは、前の学校でも、遠足でも、いつも繰り返されてきたパターンだ。

彩花は彼女と意気投合して、わたしの入る隙間はなくなって、わたしは絶望した。彩花は、菜摘と顔を寄せ合って楽しそうに話している。わたしは、二人の後ろを、何も話せずに歩き続けた。わたしはまた、「三人目のいらない子」になったのだ。


けれど、遠足が終わると、菜摘はわたし達に近寄らなかった。わたしは、ほっと胸をなでおろしたけれど、四月の後半、別のクラスの転校生の女子、美沙子と、前からいる子、桜が、わたしたちに近寄ってきた。

美沙子は明るく、普通の子に近いから、彩花と気が合うかもしれない。取られるかもしれない。前からいる桜は暗くて、わたしは、彩花を取られたくないと思った。桜は、いつも静かで、教室の隅にいることが多い生徒だ。

取られるのが怖くて、わたしは彩花から離れられない。

けれどだんだん、二人がわたしたちの関係に侵入してきた。昼休みも、放課後も、わたしたちのそばにいることが増えた。四人組なんて、すぐに崩壊するのだろう。わたしは、また、このグループの中で、誰がはじき出されるのだろうかと、怯え始めた。そして、その「誰か」が、いつもわたしだったことを、嫌でも知っていた。

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