秋を探した。互いが大切になった。 だからふたりは、社会の敵になった。

西暦三〇一六年、秋は禁止されました。
秋に関わる物事は秘匿され、その国から消えたのです。

主人公の向井実は禁止資料室で働く公務員。
業務は秋に関連する情報とその媒体を整理し保管すること。
その部署にAI搭載のアンドロイド、ユイが配属されることから物語は動き出します。

不条理な状況でこそ、より鮮やかに描き出される心情があります。
あり得ない世界を描くことこそ、SF小説の意義。
センス・オブ・ワンダーの躍動する舞台なのです。

ジョージ・オーエンの〝1984〟や
レイ・ブラッドベリの〝華氏451〟
近年で、あげるなら〝PSYCHO−PASS〟
これらに連なるディストピア小説である本作。

物語を読み進む者は、言うに言われない郷愁や哀切に迫られることでしょう。
その世界になくなっていたのは、きっと秋だけじゃない。
そう感じられたとき読む者の胸に切なさが寄せてくるのです。

〝俺に感情を返してくれたんだな〟

本作の主人公、向井実の言葉が読了後も心に残りました。

言うに言われない気持ちに浸るひととき。
そんな時間に連れていってくれる作品です。
もしもあなたが物語のなかで受け取る悲しみを厭わない方なら──本作はお勧めです。

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