終戦のための式典
獅子皇国と白狼王国の長きに渡る戦争が終わりを迎え、このことを知らしめるために、正式にユリウスとアンジェリカの婚姻を式典形式で執り行うこととなった。
当然ながら獅子皇国内でも「今更過ぎる」「どうして皇太子と皇太子妃の婚姻で大きく式典をしなかったのか」と批難の声も上がったが、結局は獅子皇国の民にもっともわかりやすい形で「もう戦争は終わった」と伝えるのに都合がいいということになったのだ。
まさか二度目の婚姻装束を着ることになるとは思っていなかったアンジェリカは、複雑な気分だったが。前のときは本当に隠れるように輿入れしたため、家族とは魔術師団と引き離されて会えなかったが、本当に久々に両親と一番上の姉に出会ったのだ。
「お父様、お母様……本当にご無沙汰しております」
「……本当に、本当にすまないね、今までひどいことをさせてしまって……」
アンジェリカの体がアルファになるように弄られてしまったことも、そのことを自白させなかったら魔術師団を解体させることもできなかっただろう国王は、アンジェリカの記憶にあるよりも髪が白く薄くなってしまっていた。ひとつ道を違えたら死んでしまってもおかしくないことをしていたのだから、それはそれは心労が祟ったのだろうと察することができた。
一番上の姉は、既に女王になるべく邁進しており、彼女の記憶にあるよりもずっと強そうに見えた。ドレス姿であっても、彼女の強さを損なうことはない。
「でもアンジェリカ、あなた本当に性が変わってしまったのね」
「……はい。第二の性が煩わしいと思ったことは、一度や二度じゃなくありますが……性衝動を抑える薬だって定期的に飲まないと駄目ですし、あまりにきつい薬ですと体に負荷がかかり過ぎるとユールに怒られますし……でも、番ができたことだけは、嬉しいことでした」
「そうなの……皇太子殿下、いい人? あなたをいじめてない?」
姉に気遣わしげに言われ、アンジェリカはふわりと笑った。
そういえばとアンジェリカは思う。彼女は第二次性徴の際にアルファだと発覚して以来、白狼王国で笑顔をつくれたことが一度もなかった。魔術師団からの仕込みは厳しいものだったし、知識のない者たちにさんざん彼女の第二の性を弄られてしまい、少しずつ削れていってしまった彼女は、笑う余力なんてなかったのだ。
「あの人のことはよくわかりません。ただ……あの人と番になってよかったと、そう思っています」
「そうなの……まあ、あなたの顔を見たら幸せなのはわかったから、それでいいわ」
アンジェリカはかつて、婚約者に口汚く罵られて別れてしまったことは、さすがに彼女も底意地が悪過ぎると思って口にすることができなかった。今が幸せならば、それでいいのだから。
やがて、式典へと向かう。
式典は神殿の大広間で執り行われる。神殿には獅子皇国の信者たちがそれぞれ並んで座り、バルコニーでアンジェリカとユリウスは並んで庭に入ってきた民に手を振るのだ。
アンジェリカが国王の手を取って行進した先には、正装に着替えたユリウスが立っていた。真っ白なドレスコートを着ている。彼の近くには騎士団が正装をして剣を構え、そこを通り抜けるのだ。護衛騎士であるカスパルもまた、正装をして剣のアーチの中に加わっていた。
アンジェリカは国王から手を離すと、ユリウスの腕を取って、神官長の待ち受ける大広間の祭壇へと向かう。神官たちは、信者と共に賛美歌を歌っている。その歌のシャワーを浴びながら、アンジェリカはユリウスの腕をキュッと掴んでいた。それを見て、ユリウスは薄く微笑んだ。
「柄にもなく緊張しているのか?」
「そりゃします……そもそも、私はこれだけ大勢の人から祝福されたことがありませんでしたから……民だって王侯貴族だって、三番目の扱いはそこまでよくはありませんから」
「そうか」
賛美歌を歌う神官たちの中には、ベアトリスも混ざっているようだった。やがて、長い廊下を歩き、祭壇の前に到着した。
神官は延々と神話に書かれた一節を読み上げてから、ふたりのほうを見た。
「汝、獅子皇国の皇太子ユリウス、白狼王国よりいでし王女アンジェリカを永久に愛することを誓うか?」
「誓おう。共に地が割れて天が裂け、三界が砕け散っても共にいることを誓おう」
「結構。汝、白狼王国の王女アンジェリカ。獅子皇国で待ちし皇太子ユリウスを永久に愛することを誓うか?」
「誓いましょう。共に世界樹が折れ、黄昏の刻が訪れようと、共にいることを誓いましょう」
神話の一節をなぞらえ、神官長との問答を済ませた後、「結構」と神官長は頷いた。
「それでは、誓いの口付けを」
「アンジェリカ」
ユリウスにベールを捲られ、アンジェリカは彼と目を合わせた。
日頃ギラギラとしている金色の瞳は、今日はひどく穏やかな色をしていた。それにアンジェリカは安心しきって、目を閉じて唇を尖らせた。
ユリウスは彼女の腰をかき抱くと、その唇を自分のもので塞いだのだった。
****
神殿での式典が終わり、バルコニーでの挨拶も済ませたあと、やっとふたりは後宮へと戻ってきた。アンジェリカにとっては、本当に久々の帰還であった。
放置されてもっと中庭は見苦しくなっているのではないかと思ったがそんなことはなく、アンジェリカが塔に連れて行かれて幽閉生活を送っている間も、下働きの者たちの手によって庭は綺麗な現状を維持していた。
「ユリウス、ここで庭の手入れをしてくださった方々に、くれぐれも粗相のないようにしてね」
「わかっている。貴様の顔が歪むところは見たくなかったからな。ところで、そろそろ確認しておきたかったんだが」
「はい?」
今日一日は疲れ果て、既に二度目の初夜も済ませたのだから、今晩は泥のように眠りたかったのだが、意外とお盛んなユリウスはそれでは満足できないんだろうかとアンジェリカは身を竦めたところで、ユリウスは意外なことを言い出した。
「あと十日足らずで発情期に入ると思うが……次は避妊薬を飲むのか?」
番は発情期に入った場合、避妊をしない限りは必ず子を宿す。アルファの存在を人工的に産み出してしまった白狼王国であったとしても、その知識は常識として国の隅々にまで渡っていた。
アンジェリカは意図がわかり、少しだけ顔を赤くして俯いた。
「……ユールに頼んで、避妊薬はキャンセルしておこうと思います」
「そうか。そうなんだな。つまりは……そういうことだな」
途端にあからさまに喜び出したユリウスに、アンジェリカは恥ずかしさのあまりペチコンと胸板を押しのけてしまった。
「ユリウス、あんまり子供みたいにはしゃがないで。それはあまりにも大人げないわ」
「大人げなくて悪かったな。俺からしてみれば、ひとつ手を誤ったらもう二度とアンジェリカに心を開いてもらえないと必死だったんだ。焦がれた時間をなんとか取り戻そうとする純真を信じてほしいんだが」
「もう! すぐそういうことを言うんですから!」
「だが、さすがに今日はしない。せめて湯浴みくらいは一緒にしたいが。どうだ?」
そういえば、幽閉生活で唯一の不満点は、温泉に入れないことだった。アンジェリカは温泉を見ると、小さく首を縦に振った。
「私も温泉に入りたいです。ただ、本当におかしな真似はしないでくださいね」
「おかしな真似とは具体的には?」
「もう、不埒なことをなさらないでくださいと言っているんです」
「不埒な真似とは?」
「からかわないでください」
とぼけているのか真面目ぶっているのかわからないまま、アンジェリカはユリウスと共に後宮内の温泉へと向かっていった。
日頃ならば世話役としてユールやハンナ、カスパルがかかりっきりなのだが、今はユールとカスパルには別任務が与えられているため、しばらくは別行動になる。ハンナは普通に後宮にいるはずだが、今頃はふたりの寝台のメイキングに努めているから温泉までで出会うことはないだろう。
婚姻装束を脱ぎ、タオルだけを巻いて露天風呂へと向かう。ユリウスもまた、アンジェリカと共に長い髪をひとつに束ねると、そのまま露天風呂へと向かったのだ。洗い場で湯を少しかけてから、中に浸かる。既に初夏にまで暦は回っているが、それでも夜になれば少し冷え込んでくるため、温泉の湯が非常に体に心地いい。そこそこ楽しかったはずの塔での生活だったが、それでも知らず知らずの間に疲れていたらしい。アンジェリカは「はふう……」と息をしていたら、隣でユリウスも息を吐いて湯に浸かっていた。
「ユリウスもお疲れでしたか?」
「ああ……被害を最小限に治めなかったら戦争は終結しなかったからな」
「……一応確認していいですか。我が祖国と獅子皇国、結局戦争の原因は……」
「たしかベアトリス曰く、アンジェリカは我が国の神話を読んでいたと確認しているが」
「……はい。元々は獅子皇国が白狼王国の番制度を真似ていた歴史があると書かれていましたが。でもこちら神話ですから、歪曲してますよね?」
「だいたいは正しい。元々、白狼王国が番制度を復活させようとしたのも、我が国に突発性のアルファである我が父が誕生したのも、遠い歴史が関連している。本来、番制度なんて強い血脈の維持管理なんて、皇族や王族でなかったらまず無理だが、それらを人工的に産み出そうとしていた者が、国家間を渡って存在していた」
「そんな……無茶苦茶な」
「ああ、無茶苦茶なんだ。彼らは神話やそれぞれの国の成り立ちなんてどうでもよく、時には魔術や加護すら捻じ伏せる番制度による運命の番に特に固執し、それらを人工的に産み出して維持管理しようとしていた。だが、人道的にもだが、魔力的にも、血脈的にもそれらは阻止しなければならなかった」
「……人道的にはまだわかりますが。魔力的や、血脈的というのは……?」
アンジェリカがついっとユリウスの隣に座ると、ユリウスは彼女のまろい腰に手を回して自身に寄せた。
「番を人工的に産み出そうとしたら、魔力コストがかかり過ぎる。世界中からマナをむやみに搾取して回ったら……我が国はまだ魔術の恩恵が薄いから問題ないだろうが、それでもマナの恩恵を受けている白狼王国や諸外国に迷惑がかかる。そしてそれらの血は管理しようとすればブルーブラッドになりかねない」
ブルーブラッド。
かつては近親同士で婚姻を繰り返した高貴な血筋という意味を持っていたが、近親同士で婚姻を繰り返し続けた結果、魔力的にも心身的にも近くなり過ぎた結果、心身を壊してしまった貴族は後を絶たなかった。今はどの国も近親婚はいずれ破滅すると見なして、全面的に禁止している。
番制度を維持管理しようとすれば、かつての禁則に近付きかねないのだ。
「……理屈はわかりました。ですが、それと戦争は?」
「彼らが非人道的手段を使っているという証拠がなかったら、彼らから権限を没収することもできなかった。それが白狼王国が乗っ取られたこと、我が国と白狼王国の戦争に繋がる。王族間では停戦条例を持ち込む最中でも、何度も彼らの行っている実験の証拠とを掴もうとしたが、なかなか厳しかった。アンジェリカに出会わなかったら、どうにもならなかったんだ」
アンジェリカには、正直難しい話はあまりわからなかったが。彼のスケールの大きい行動のおかげで、アンジェリカは助かったということだけはなんとか飲み込めた。
彼に髪を撫でられながら、アンジェリカは彼に頬を寄せる。
この温度が、今後の生活を思わせたのだ。
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